第3話素直じゃない4年目の彼女

 昼食を終えて洗濯物をベランダに干した後、俺達は再びだらっとした時間を過ごしていた。

 夏樹は漫画をベッドの上で読んでいて、俺はパソコンでFPSのゲームをしている。

 若年層に絶大な人気を誇るFPSというゲームジャンルは勝てば嬉しい。

 そして、負けたら悔しい。

 絶賛5連敗中な俺は悔しさでしかめっ面になっていた。


「……ふぅ」

 まあ、俺は悔しいからって暴力的に机をバンと叩くような男ではない。

 とはいえ、熱くなり過ぎている気もするので、ちょっとクールダウンを挟もう。

 パソコンデスクの前から離れ、俺はベッドで漫画を読んでいる夏樹へ近づく。


「なに?」


「ゲームで負けて悔しいから慰めてくれ」


「面倒だから無理」

 付き合って1~2年目の頃は何か俺が落ち込めば『大丈夫?』と心配してくれ、3年目は『はいはい』とちょっとは心配してくれた。

 でも、4年目は『面倒だから無理』とガチ目に面倒くさそうにあしらわれる。

 時の流れとは残酷だ……。

 などと思いながらも、ゲームで負け続けて傷心気味な俺は癒しを求めて夏樹の方へ近づいていく。


「うざい」


「……すみません」

 本当にちょっと嫌そうだったので、俺は夏樹からそっと離れた。

 まあ、強引に行っても怒られないんだろうけどさ。


「奥手なのはどこに行ったんだか……」

 夏樹にぼそっと言われたその一言を聞き、俺は苦笑いしてしまった。

 今でこそ俺は夏樹にいきなり触れられるが……昔はそうじゃない。

 一々、触ってもいい? と聞いたり、夏樹の顔色をうかがっていたのだ。


「いや、今もお前に奥手とか俺、相当にヤバい奴だろ」


「ぷっ……」

 顔こそ見えないが、夏樹は間違いなく笑っている。

 たぶん、俺が奥手で今も『さ、触って平気?』なんてわざわざ聞いてくる姿でも想像してしまったのだろう。

 さてと、彼女の可愛い所も見れたし、ゲームを再開しよう。

 今度こそは勝てる……はずだ!



 1時間後。



「また負けた……これで7連敗だ……」

 連敗記録を更新してしまった。

 ゲーミングチェアに体を投げるようにもたれかかり、俺は天を仰ぎ見る。

 そんな風に茫然としていたら、夏樹が俺の顔をのぞき込んできた。


「明日、サークルの飲み会があるけど行って来るから」


「ん、なんで俺に言ったんだ?」


「終電を逃したら泊めて貰おうと思って」


「まあ、それならいいけど。にしても、気を付けろよ?」


「……心配しすぎでしょ」


「あー、素直にありがとうって言ったらどうだ?」


「……はいはい、ありがとうございます」

 夏樹は仏頂面で俺に言った。相手の感情を逆なでするかのような態度ではあるがムカつきはしない。

 だって、人に注意されたとき、絶対に自分が悪いのにムカッとするシーンは往々にしてあるのだから。


「ま、本当に酔いがヤバそうだったら電話しろ。迎えに行くから……」

 俺と夏樹は3カ月前の4月に20歳になったばかりである。

 飲み会の経験は浅く、まだまだお酒の許容範囲もイマイチわかっていない。

 夏樹が酔いに酔ってしまい、俺の見知らぬ男に送り狼されそうになるのを想像するとゾッとしてしまう。


「……そういうとこ本当にうざい」

 うざいと言われたが、夏樹は口元に手を当てやや頬を赤らめている。

 4年も一緒に居れば、これが何を意味するのか普通に分かる。

 ちょっとキュンとしちゃって自分が嬉しがっている姿を、俺に見せるのが恥ずかしくて隠そうとしているってことくらいはな。


「悪かったな。もう心配しない」


「別に心配するなって言ってないんだけど……」

 4年目になっても、まだクールで素っ気ない彼女。

 それがまあ、なんだかおもしろくておかしいわけで俺はニヤニヤしてしまう。


「あいよ」


「……はぁ。洗濯物取り込んでくる」

 俺に笑われ気まずくなった夏樹はベランダに干した服を取り込みにいく。

 その後ろ姿を見て、俺は思った。

 こういう夏樹のちょっと面倒くさいとこって、もうちょっと一緒に居たらまどろっこしく感じるようになるのかなぁ、と。

 なんて風に考えていたら、洗濯物をベランダから回収してきた夏樹は、俺が貸した服を脱いだ。

 そして、着てきた服に着替え始めるかと思いきや……。


「結局、今日はしないんだ」

 夏樹のきめ細やかで華奢な手が、俺の頬に優しく触れてくる。

 別にしなくていいと思ってたんだけどなぁ……。


  ※


 気が付けば夜。 

 今日はバイトもなかったので、本当にゆったりとダラダラとした時間を過ごした。

 外は依然として暑いが昼間よりは遥かにマシになっている。


「そろそろ帰る」

 俺の部屋に遊びに来ていた夏樹は着替えながらそう言った。

 

「駅まで送ってくか?」


「良いよ気にしなくて。普通にもっと遅い時間に外を一人で歩いてるし」


「それもそうか」


「過剰なお節介は面倒。だから、お見送りはいい」


「そういうことならしょうがない。あー、明日の飲み会はくれぐれも飲み過ぎないようにな」


「……ま、気を付けとく。着替えも終わったし行くね」

 夏樹はやや早歩きで俺の部屋を去って行ことする。

 いや、駅まで送らないとはいえ玄関先までは送るか……。

 玄関で靴を履いてる夏樹に俺は一応声を掛けておく。


「家についたら簡単なので良いから連絡くれよ」

 俺がそういうと、夏樹が俺の頬に軽くキスをした。

 去り際にキスなんて珍しいな。


「終電逃したら泊めてよ?」


「報酬は先払いってわけか」


「そういうこと」

 夏樹は玄関を開けて、俺の部屋から去って行く。

 俺はわざわざ部屋の外に出て、アパートの廊下から夏樹が帰っていく姿を見送る。

 ただ、そんな俺の行動はお見通しだったのだろう。

 アパートの玄関口から出た夏樹は、すぐに振り向いて俺の方を見てくる。


「バレたか……」

 俺は苦笑いしながら手を振った。

 すると、夏樹は恥ずかしいから手を振ってくるなと仏頂面になった。

 これ以上手を振っていたら怒られそうだ。

 手を振るのをやめ、駅に向かって歩く夏樹をボーっと眺めがら俺は小言を漏らす。



「あいつ、明日も来るんだろうなぁ……」



 酔っぱらった姿で、俺の部屋にやってくる夏樹を想像するのは容易いことだ。



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