第107回 売れるマインド

 ★の数があれば評価の数さえあれば書籍化されるわけではないということは多くの人が頷くと思います。しかし実際★500以上あれば編集会議が持たれているらしいという噂はありますが。本連載を追っている読者層から見ても、評価の数=書籍化という単純な図式が存在するわけではないというのが共通の認識のようです。


 本来ならばターゲット層の決定とタイトルや内容の決定は順々に決めていくものですが、ウェブでは、というか私個人のなかではそうも言ってはいられないらしく、形から入った結果や連載を続けている過程でそういう事実が輪郭を持ってきた気がします。


 評価の数と書籍化の相関はあるとは思いますが、それ以外にも膨大な量の評価されているのにも関わらず書籍化されない、謂わば埋もれている作品があるでしょう。そのこと自体に疑問は持ちません。投入されている資源がそもそも弱かったり、足りていなかったりしているのでしょう。カクヨムもそれだけ増強しているとは思いますし、現場の声を聞くと反省点も常に生まれているらしいです。本屋大賞を受賞した「同志少女よ、敵を撃て」はカクヨムで連載されていながら書籍化はされませんでした。そのことをカクヨムのスタッフは反省をしていると聞きます。


 売れるものを考えるときパッと思いつくのはマーケットがどのようになっているかという視点でしょうか。売っているものを見て、書くものを決めるというようなものですね。なぜそういうことが意味を持つのかというと二匹目のドジョウは出版社にとって欲しいからでしょう。成功したものの後釜で良いものの例えではないですが、そういう二番手、三番手を用意してラインナップを揃える商品はあります。例えばその理由なのかはわかりませんが、よく出るのがブレンドである喫茶店ならば、それに対して、ほかの銘柄の豆を使ったすこし値段の違うコーヒーやアメリカンなど商品のラインナップを揃えるために置いてありますよね。前にアパレルのお話をしたとき、捨て色という概念をお話ししたと思いますが、そういうのもカテゴリーに入ると思います。


 作家は作りたい物を作るのが基本ですが、書籍化という目標を掲げたならば、いったんそれを脇に置くことも考える必要があります。なぜなら出版社は大衆に売れるものを考えるわけですから、売れる直感や売りたいと思うマインドはぜひとも持っていたほうが良いわけです。たとえば何かの催しをやるとき、イメージビジュアルやポスターを用意するように、売れるように考えて書くことは重要だと感じます。そのために費用がかかるなら、十分にかけて、腕を振るいましょう。


 2010年代に入って、英米SFではケン・リュウ「紙の動物園」が流行りました。内容は中華系移民の家族の哀切を描いた小説です。カテゴリーとしてはマイノリティ文学に入る作品ですが、こういう作品が流行る背景は何なのだろうと考えることはあります。ひとつは普通の在り方の飽和が逆説的に浮かび上がります。マイノリティに対してマジョリティがある、そういう対比のうえでマイノリティが出てきた、売れているということはマジョリティな在り方が飽和してきた段階に来てしまったのだなと考えられます。マイノリティを受け入れ、ダイバーシティを重要視する国際的な流れを無視できないわけですね。21世紀的なヴィジョンを持っているとも言えます。


 ただマイノリティ文学が売れるというわけでもないと思います。これも逆説的です。評論家や書評家に推薦してもらうことや試し読みをしてもらう、それも売れるマインドを持ってこそでしょう。


 なぜこういう話をしたかと言えば新文芸にリーチする十代を取り巻く環境が急速に変わってきているからです。顕著な例としてアメリカのDCコミックスではスーパーマンが同性愛者設定が追加されたことも記憶に新しいです。多様性を受け入れた社会とは聞こえがいいですが、多様性とは自由を受けいれて新しい不自由を取り込むことです。人類のミッションとしては早すぎることかもしれません。ボーカロイドのMVにも多様性を盛り込んだ作品が珍しくありません。十代にとっても厳しい時代の幕開けかも知れません。それは普通の在り方の更新に他ならないからです。


 またそのような形に逆照射する形で青春的なものの移り変わりもあるでしょう。ジェネレーションギャップもあると思います。それは十代に対する眼差しが新しい世界からの来訪者を待つことに変わるからでしょう。

 かつて1980年代に語られた「新人類」世代というものがあります。画一的社会に迎合し無気力傾向にある若者のことをアイロニーを込めて語ったのです。これは広告代理店が作り出した空気感、もっと言えば幻想なのでしょう。現代は新しい時代といまが混ざり合った混迷の時代になったとも言えます。ただ、作家は少し大きなことを考えなければならないのかもしれません。たとえば「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」などでしょう。

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