第75回 一般文芸の扉 円城塔賞に向けて

 ※この記事は宮内悠介「ラウリ・クースクを探して」のネタバレを含みます。

 

 カクヨムWeb小説短編賞2023に今年のみ円城塔えんじょうとう賞が開設されます。一般文芸ジャンルの短編に絞った賞で選ばれると野性時代に掲載されるそうです。面白い試みだと思います。一方で一般文芸というジャンルがライトノベルやエンタメ作品に対してどのように評価軸が違うのかも興味深いところですよね。では一般文芸の場合、その評価軸はどこにあるのでしょうか。このことは実際に円城塔氏の発言に寄れば、


「お話の構造と単語の選び方でも何でも良い。文章のレイヤーなのでいろいろある。単語のレイヤーがあって文章のレイヤーがあって、セクションのレイヤーがあって、あらすじのレイヤーがある。それぞれが相互作用して発想していくなかで各レイヤーがぴったりと合ってくるといい」


 という視点を話しています。こういう視点をまず持つことが重要だと思います。では実際に長編小説を例にしてみましょうか。作品は宮内悠介「ラウリ・クースクを探して」です。あらすじを例示します。()内の数字はページ番号です。


 ラウリ・クースクの伝記を書くという序文。通訳兼ガイドのヴェリョとともにボフニャ村に訪れた私。

 1977年、ラウリは生まれる。子どもの頃から数字に異様な熱意を示す子どもだった。ラウリの転機は五歳の時。父が勤め先の壊れたコンピューターを持ってきたときだった。それを修理してプログラムを呪文といって父はラウリに教えた。六歳の冬、ラウリは最初のプログラムを組んだ。雪の降るプログラムだ。ヴェリョが村の食堂でウォッカを注文した。ラウリが生まれた1977年は秘密警察のいる時代で反ソ連を訴えると捕まった。抵抗運動はあった。森の兄弟というパルチザンだ。ラウリは学校に入学した。うきうきしていたが勉強にはついていけなかった。アーロンにいじめられた。居場所がなくなり、不良神父のいる教会に入った。そこでレコードで初めて音楽を聴いた。ロシア語を勉強しなさいと母に言われた。翌日のアーロンのいじめは激しくなった。その日も教会へ行ったが母にはとくに言われなかった。ところでホルゲル先生は嫌な叱り方をするので生徒の間で有名だった。そしてラウリにとって忘れられない三年生の新学期が訪れた。コンピューターの授業だ。情報科学の一環として小学校にも複数のコンピューターがあったのだ。ラウリが作ったプログラムゲームは生徒の間で人気になった。ホルゲル先生に怪しまれ、家にコンピューターがあるのかと尋ねられるが、嘘をついて誤魔化した。先生は嘘を知っているが、見過ごすことにした。そしてコンピューター室を放課後に自由に使って良いと言われた。その代わりにロシア語も勉強するように言われた。この時代、KUVTはソ連に8ビット機を輸入する戦略でソビエト国内に来たものだった。ラウリが三年生になった年、チェルノブイリ原発事故が起こり、ゴルバチョフ書記長によってペレストロイカとともに言論の自由化、民主化が推し進められる。情報科学じょうほうかがくの授業によってラウリはロシア語の勉強も頑張った。父は複雑だったようだ。不良神父のリホもロシア語をやめろと言ったがラウリを追い出そうとはしなかった。(34)

 ホルゲル先生はタルトゥの大学にラウリのことを知らせた。これに反応したのがライライ教授だった。ライライ教授はラウリのもとに訪れ、プログラムの教科書を置いていった。当時のことを女性教諭から聞くわたし。いまであれば胸を張ってラウリに勉強しなさいと言えたのに、と言われる。アーロンが休んだ日、ラウリらは森に行ってパルチザンの遺骨いこつを探した。ラウリは友達に共産主義少年団きょうさんしゅぎしょうねんだんに入りたいか問われ、入りたいと言った。父にやっとのことでその気持ちを伝えたラウリ。実際には共産主義少年団には入れなかった。ラウリの父がシベリアにいたからだ。アーロンは共産主義少年団に入った。自慢げにしていた。そのころのラウリのゲームに鉄くず集めというゲームがある。ホルゲル先生はKUVTコンペティションにこの作品に送った。これは当時教師のあいだでも流行したという。当時の西側諸国ではすでにスペースインベーダーが存在していたが。長い冬に入り、ラウリのプログラムへの熱は増していった。ところでホルゲル先生には悩みがあった。プログラムの授業をみんなが学習してくれないことでそれをラウリに相談した。ラウリは教科書を作った。そのころコンペティションの結果が明らかになる。ラウリは三等だ。そしてラウリにとってメダル以上のものを与えた。イヴァンという少年の存在だ。(50)イヴァンの存在を父に話したら、激昂された。私にラウリのタルトゥ行きを福音だったと当時の教師は語る。ラウリはタルトゥの中学校行きを希望したが、両親は反対だった。ホルゲル先生が説得してラウリはタルトゥの中学校に入ることになった。リホに別れを告げる。リホはラウリにこれからどうするかと問う。モスクワの大学に行くと言った。リホは子ども時代にパルチザンと仲が良かったこと、そして彼らの居場所を知らない大人に告げて、彼らがいなくなってしまったことを告げる。リホは無知は罪なことだと言った。まっすぐしたたかに生きろ――。

 三角ブランコの公園でラウリはプログラムを考え込んでいると知らない子どもに声をかけられる。彼がイヴァンだった。(63)ふたりは同じ中学校に行くことにした。

 同年、エストニア人民戦線じんみんせんせんの発足。革命は後戻りできないところまで来ていた。

 タルトゥの寮でラウリはウルマスに出会う。ウルマスは音楽好きな少年でラウリを案内する。ウルマスはギターを弾く。過激な歌詞に面食らってしまう。下の階にイヴァンがいるというのでラウリは喜んで向かった。二人は食事をとった。ラウリは幸せな気持ちで食事をした。ふたりでプログラミングの話をした。ウルマスは異星人の会話だと茶々を入れつつもラウリに友達がいて良かったと言った。ラウリは編入生だったためクラスで浮いていた。同じ編入生のイヴァンは違った。ラウリは恐れを感じたが、イヴァンはいつも通り話しかけてくれた。情報科学の授業が始まるとふたりは人気者になった。自由にコンピューターを使ってよいと言われた。

 二人には新しい友達ができた。カーテャだ。船の絵を描いた。イヴァンはそんなにすごいのかと言った。ラウリは誰が見ても分かるので違和感を覚えた。イヴァンはカーテャに船の絵を動かしてみないかと誘った。イヴァンはカーテャの絵を動かしてゲームを作ってしまった。カーテャは喜んだ。ほかにも絵があると言い、それならとイヴァンがカーテャを誘った。三人は親友になった。

 タルトゥの観光に出かけた三人はカーテャの案内でタルトゥ大学へ行った。そのあと天使の橋と悪魔の橋へ行き、悪魔の橋でイヴァンは「三人がいつまでも一緒にいられるように」と言った。ラウリは打たれたようになってしまった。居場所があるということだった。カーテャは夏になったら別荘に行こうと言った。ラウリは心中でモスクワの大学へ行けるようにと祈った。

 この年の11月。KUVTコンペティションでラウリとイヴァンともに作品を提出している。ラウリは重力というゲームを作っていた。イヴァンはこれをとても気に入っていたが、一等に入賞したのはイヴァン作だった。一等の賞品のKUVT本体でラウリとイヴァンの技術は加速した。

 このころ、革命の機運きうんは高まり、エストニア民族独立党みんぞくどくりつとうが生まれた。ソ連によって軍事的に革命を止められる可能性はあったが、なによりも熱狂があった。翌年の3月、選挙でエストニア人民戦線の支援を受けた候補者が圧勝した。5月にはバルト議員会議がタリンで開かれ、エストニア、ラトヴィア、リトアニアが閣僚かくりょうレベルで連携れんけいするバルト評議会が発足した。1989年8月23日。二〇〇万人もの人々が手をつないで三国の都市を結び、600キロメートルの人間の鎖を作った。歴史のうねりはラウリの喉元に迫ってきていた。(79)

 三人は七年生になった。イヴァンとラウリの技術は互いに共有された。コンペティションでラウリが二等を取り、イヴァンが一等を取った。そのころ、ベルリンの壁は崩壊した。ラウリは憂鬱ゆううつだった。モスクワの大学に行きたいこと、体制が崩れることへの不安をカーテャに告げた。彼女はなにか言いたげだった。三人でいることがラウリにとって幸せだった。ラウリはイヴァンにラブレターを書いた。それをウルマスに読まれてしまった。ウルマスにこれは渡さない方がいいと言われた。ところがラウリはイヴァンにそれを渡してしまった。イヴァンは手紙を返したものの、お守りの水晶の欠片をラウリに渡した。

 革命の機運が高まるとイヴァンにとって辛い季節になった。夏休みに入るとカーテャの別荘に行くことが実現する。カーテャの父親はエストニア人民戦線の幹部だった。別荘での記憶はきれいな思い出になった。ボフニャ村の取材を終えて、わたしはヴェリョとともにタルトゥへ向かった。ラウリ達の通った学校はまだある。街にはまだソビエト時代の痕跡こんせきが残る。

 ラウリ達が別荘に訪れた一九九〇年の夏、すでにエストニア人民戦線が選挙で圧勝し、独立への制度的な動きがあった。反動もある。エストニア国内のロシア人である。かれらはインテルフロントと呼ばれた。この年の五月にはインテルフロントが暴徒になって最高議会に侵入して未遂に終わる事件があった。ソビエト中央ではエリツィンがロシア・ソビエト社会主義連邦共和国の主権宣言をした。

 秋になり、彼らはKUVTに打ち込んだ。イヴァンはこの年、エストニアの三色旗に見えるゲーム自機を使って失格になった。なぜそうしたことに気づかなかったのかはわからない。このころから三人はぎくしゃくしてきた。エストニアの独立のためにカーテャがプログラムチームから外れるようになったからだ。クラスは独立派とインテルフロント派と様子見派に分かれた。現実が袋小路になるほどKUVTの熱は増した。

 そしてソ連軍がバルト諸国に派遣される日が来た。リトアニアで血の日曜日事件が起こった。エストニアにもソ連軍の魔の手がかかるが、エストニアは難を逃れた。が危機は続く。一般人への軍の暴力だ。血の日曜日事件はラウリたちにも及ぶ。イヴァンの帰国だ。ラウリはミニゲームをイヴァンに送った。ラウリは一人でいる時間が増え、そこに独立派とインテルフロント派が近づいた。カーテャとヴィタリーが近づいてきた。カーテャはラウリを誘わなかった。ラウリはヴィタリーを拒んだ。つぎのコンペティションを楽しみにしていたラウリはコンペティションが中止になったと聞いて落胆した。ラウリはヴィタリーを探してインテルフロント派に属した。

 つぎの日曜日インテルフロントのデモがあり、そこに誘われた。そうしてデモに参加した。翌日登校すると皆の様子が変わっていた。ヴィタリーから昨日のデモでけが人が出てそのひとりがカーテャだった。ラウリは自分を責めた。血の日曜日事件以降、街は荒れ果てていた。ラウリは三人で歩いた公園にいた。イヴァンの幻が三人でずっといられるようにと言った。カーテャやイヴァンの声がよみがえる。

 一九九一年八月、モスクワでクーデターが起こる。クーデターは失敗し、エリツィンはバルト三国の独立を承認した。(119)

 高校を出てからタリンの紡績ぼうせき工場で働くラウリ。同僚はアーロンとネーメの二人だ。アーロンと飲む約束をする。エストニアが独立したのはラウリが中学生の時だ。インテルフロント派の学生に居場所はなく、カーテャとも疎遠そえんになった。KUVTは止めた。イヴァンとの文通は止めてしまった。大学への進学を望んだ両親とは違い、ラウリは首都タリンの工場に勤めることになった。勤め先でアーロンがいることを知ったラウリは嫌な予感がしたが、アーロンは尊大な感じではなく、おどおどしていた。アーロンは昔は良かったと言った。ラウリは流した。アーロンはチェキストと呼ばれていて蔑まれているようだ。アーロンによれば共産主義少年団ピオネール時代にKGBに仲間を売った。そのことをどこかで話してしまったらしい。ラウリはインテルフロント派について仲間を失ったことを話し、二人の間に暗い友情が芽生えた。アーロンはカラヤマにある家にラウリを誘った。アーロンは貯金をして商売をするつもりらしい。

 現在ラウリ達のいた工場は場所を移していた。タリンの郊外だ。工場への取材は断られそうになったが、ヴェリョがうまくやってくれた。工場長のネーメが作業工程を説明して、ラウリのいた当時のことを語ってくれた。ラウリは無口で黙々と作業を続けていたという。友人は同僚のアーロンでよくネーメもいっしょにカラヤマ地区で飲みに行ったという。(130)

 ラウリがアーロンを誘った。ウルマスがDJをしているクラブだ。ヘルギという女性に声をかけられた。もうすでにアーロンはどこかへ行ってしまった。ヘルギの部屋へ案内された。インテルフロント側についたものが全員成功できなかったというわけではない。アレクサンドルに仕事を一緒にしないかと誘われたことがある。アレクサンドルはその後、心臓発作しんぞうほっさで死んだ。

 このことを私に話してくれたのはヘルギだった。ヘルギはラウリのことを弟みたいだと言った。この時期のラウリを気にかけていたのはアレクサンドルだけではない。ライライ教授もそうだ。教授はラウリにこの国の未来のためにプログラマーとして働くように誘った。ラウリは夢が心の底で輝いたように思えたが、それが地続きとは思えなかった。教授はデータ大使館構想をラウリに伝えた。そうしてプログラミング教室の場所と時間をラウリに教えた。アーロンはクラブを気に入り、マリーという恋人ができたらしい。アーロンはマリー、ラウリ、ヘルギで動物園へ行こうと誘った。ところがマリーは来なかった。

 ヘルギによればラウリは隠者のような暮らしをしていたという。(150)

 アーロンが仕事中に鼻血を出すようになってから彼は仕事を休むようになった。ネーメがラウリに様子を見てきて欲しいと言った。ラウリがアーロンの部屋に着くと警戒したアーロンが出迎えた。彼の部屋は荒れていてアーロンはコカインを吸ってからラウリと共にバーへ出かけた。三人の柄の悪そうな男達がアーロンに挨拶した。マリーはどうしたと聞いても答えない。三人とアーロンはポーカーを始めた。アーロンは貯金をすべてポーカーに使い込んでいるようだった。それを指摘すると怒った。

 翌日アーロンは出勤してきた。ネーメがかばいきれないと言ったが、アーロンはそうする必要は無いと言った。ネーメはラウリに尋ねたが、ラウリはわからなかった。アーロンは解雇された。ネーメもアーロンのことが気になっていた。退勤後にネーメとラウリはアーロンを探しにソーマというホステスバーへ出かけた。

 一昨日のことだ。ホステスの話ではアーロンは心配するくらい羽振りが良かった。ラウリはアーロンがポーカーをしていた店が気になったのでふたりで探しに行った。店にはあの日と同じで三人の男がいた。一昨日アーロンが来たらしい。退職金をポーカーにつぎ込んだらしい。三人にそれでも友達かよとラウリは言った。アーロンの消息は途絶えてしまった。

 ラウリの取材をする私にはラウリの他にもうひとつ取材対象がいた。カーテャ・ケレス。車椅子を使うデザイナーだ。カーテャ・ケレスの行方はわからなかった。ある雑誌の取材記事だけが頼りだった。雑誌の出版社に問い合わせることにした。編集者は退職してライターのみの連絡先のみがわかるらしい。通訳に感謝しろと言われた。通訳がロシア人だったら教えなかったと言われた。

 アーロンは見つからない。初夏のある日、ラウリの部屋に二人組の警察が来た。アーロンのことでというのでついて行くとアーロンの部屋だった。アーロンが自殺していた。その場で固まるラウリ。警察官にラウリが呼ばれた理由を聞くと、ラウリ宛の遺書いしょがあった。それを読んだ。ラウリは泣いた。アーロンがポーカーをしていた店に行く。あの三人がいた。アーロンの死を伝えて傷つけようとした。三人は神妙な顔つきになった。いいやつだったと言った。ラウリはコカインをやらせろと言った。三人はそうさせなかった。してはいけない人間を彼らは見ているのだ。ビールを煽り、酔っ払ってヘルギを訪ねた。押し倒す。ヘルギが抵抗してラウリを止めた。アーロンは戻らない。ヘルギはラウリを慰めた。アーロンはラウリの心の中にいる。そのことがラウリの頭の中でライライ教授の話と重なった。情報空間に不死の国を作ること。(170)ラウリはライライ教授の教室を訪ねる。そこでは五年計画で情報化に向けて計画が行われている。モデルケースとして子ども達にプログラムを教える教室にラウリは招かれた。そこで使われていたのはラウリが子どもの時に作った教科書だった。子どもの頃のことが蘇る。ラウリはこの教室で働くことを選んだ。カーテャ・ケレスの取材は、編集長から教わった連絡先を通じて行われる。どんな話をするのかとヴェリョに問われる。わからない、と私。カーテャ・ケレスは私に言った。「ようこそ、いらっしゃい、イヴァン」

 カーテャの車椅子姿は気の毒ではあったが、同情はしなかった。独立の覚悟による怪我だったからだ。カーテャのライフストーリーに耳を傾ける。カーテャはいまの人生に満足している。ラウリのことをどう思っているか尋ねた。隠者のような暮らしをしているラウリのことを彼女は許してない。ラウリはもっとプログラミングをするべきだった。自分の人生を生きるべきだった。あれは優しさではなく傲慢だ。

 ラウリが二十二歳のとき、子ども達にプログラムを教える授業と中高年にインターネットを教える授業を持った。そして情報技術大学へ通った。夜間コースで学びながら講師を続けた。eIDカードの普及ふきゅうで国民生活が徐々に豊かになると、ラウリはこのeIDカードにセキュリティの脆弱性ぜいじゃくせいがあると思い、論文を書いた。この論文が目に留まりガードタイム社にラウリは入社した。2007年、ラウリは30歳になっていた。(184)ライライ教授を訪ねたわたしはラウリがブロックチェーンに関わっていたと聞く。ラウリの居場所をライライ教授に聞いてもわからなかった。ガードタイム社にいると聞いてわたしは取材を取り付けようと考えた。(195)ラウリはガードタイム社でブロックチェーンの仕事をしている。そこに取材がロシア人の代理で来る。相手がイヴァンだと知ったラウリは驚く。ラウリはライライ教授宛てにイヴァンと会ったら三角ブランコで待っていると伝えて欲しいと書いた。

 ボフニャ村の教会でリホと再会した。そして三角ブランコの林に来た。着信が来て出社命令だった。

 わたしがラウリのいる三角ブランコの前に行くと彼はいなかった。代わりに水晶が置いてあった。タルトゥ時代にラウリに渡したものでこうして返ってきてしまったということはラウリは私に会いたくないということかと思ってしまう。何か事情があったのか。不安を口にするとヴェリョがそうではないと言った。ガードタイム社はセキュリティが厳しいからスパイだと思われて、ラウリは不思議な提案をしたのだと分かった。

 イヴァンは彼だと分かるようにラウリに封書を送ってきた。

 わたしたちはラウリから手紙を待つ間、エストニアを観光してまわった。ラウリからの手紙は思いも寄らぬものだった。(215)マレットと名乗る女性記者からの依頼だ。エストニアにはいまだ民族問題がある。彼女は民族統合の象徴としてイヴァンとラウリの再会を記事にしたいというものだった。

 二人は再会してハグした。この取材は保険だった。二人きりで話す。イヴァンはラウリのことを取材したかったことをラウリに告白した。そして原稿の直しを彼にしてほしいと依頼した。ラウリはこれまでの違和感からイヴァンが一色覚であることに気づき伝えた。そして二人ならプログラムもできたのにと言った。イヴァンにとってプログラムは青春の煌めきでしかなった。気づくとカーテャ・ケレスがそこにいた。気まずかった。カーテャと言葉を交わすうちにラウリはカーテャへの罪悪感は傲慢だと気づいた。カーテャとラウリ、イヴァンは乾杯した。

 私はラウリを記録に残す。そしてデータに残す。データは不死だ。(終)


 この作品でよく指摘されているのはブロックチェーンの構造と伝記小説の形態構造の類似です。つまりブロックチェーンから発想して文章全体の構造を見たとき、それがと噛み合っているという評価です。つまり単語のレイヤーと文章構造のレイヤーの合致という複雑なポイントが評価されています。

 一方でお話という視点から見てもノンフィクションとしてなんでもないその人を描写し、小説にするという行為自体がデータという不死の国にその人を永遠に残すという、単語とあらすじの多重の構造を持っています。

 よく文章というものは並べ立てるものだと言われています。どのように並べ立てるかはその人のセンスにも寄りますが、ある程度対策を立てられます。単語から想定する場合と、あらすじから想定する場合、文章から想定する場合、これをヒントに一般文芸にも臨んでいただきたいと思います。

 ちなみに円城塔賞はタグをつけて参加なのもややこしいポイントですね。

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