第72回「書けない」から脱出するためのヒント

 作家にとって「書けない」という状況はつらいものです。これは文章以外でも絵画だとか写真、あらゆる芸術分野に存在するものですね。書けない、描けない、あるいは撮れないなど、トラウマが引き金になっているケースも存在します。作家にとってトラウマが存在することを認めること自体も難しいですよね。書けないという状況には、ほかにもインプット不足やロジカルに考えられていないことなどの原因があるようです。


 ところで、私の場合は学校を卒業して大学進学後にそうしたトラウマで作品が制作できなかった時期があります。モチベーションややる気が充分あるのに、真っ白な紙を前にすると何も出来なくなってしまう。そのようなことが何回もあり、課題に向き合えない時期がありました。当時の指導教官にそのことを伝えて、少し楽にはなりましたが、そのあとも数年ほど何も作れなかった時期がありました。


 人間の脳は10代から20代のあいだは未成熟な時期だと考えられています。そのような時期に、完璧を目指さなくて良いよと指針を出してくれる存在はいませんでした。クリエーションでどこに向かえばいいのかわからない。こういった時期は辛く、長い時間が必要になりました。何が求められているのか、どのように応えればいいのか、そうした状況の理解には知識が欠かせません。作家という人間は放っておけば、ただ物を生み出し続けられるわけではありません。芸術を見るとか映画を見るとか、小説を読むとか、自分自身を豊かな存在に耕していくことが重要です。勉強をなぜするのかと若い人は言いますが、それが答えでしょうね。

 

 作家は常に「あなたは誰?」という問いを問いかけられ続けるものです。その問いの上で創作を続けて私が何者なのかを知ります。学生時代、よく言われたのは「わからない」の一言でした。そうして誰にも特に理解されずに過ごした時間は孤独でした。しかし、いま過去を変えようとは思いません。先日、母校の作品展示会に出かけました。学生の作品展示を見ながら、過去の自分と重ねつつ、作品を見ていました。追体験ですね。私は何がしたかったのか? それは「自分を試したかった」と今ならはっきりと言えます。思えば、その思いは確かに実を結ぶ瞬間がたくさんありました。

 

 当時の交友関係が決して上手くいったわけではありませんでしたが、いまならそんな経験を輝きに変えられます。そうして、もしも当時の傷ついた自分になにか伝えられることがあるとしたら、ひとつの助言をするでしょう。

 作品の制作はそれを見せてもいい相手を選ぶこと。あなたの作品をけなしたりする人間とは付き合わないこと。

 あなたの作品を乾いた毛布で取り扱ってくれる人間を見つけましょう。まずはそうした仲間を集めるところからスタートしてみましょう。書けないところから書いてもいいと思える瞬間は得難えがたい経験です。

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