第65回 創作者向けエッセイ(3)
創作をしていると嫉妬という感情と否応なく付き合うことになります。今回は嫉妬に焦点を当てたお話です。
私は工芸高校にいました。私の在籍していた科は印刷科を前身とした科です。カタカナ語でなんだかわからないので書きませんが、もとは
同級生にYさんという女性がいました。
彼女はこの科で教えられるすべての技術に精通した人でした。いわゆる天才肌の人間です。美術的な造形力もすばらしかったです。もともとイラストや絵が好きなひとたちが集まるクラスで一際その才能は輝いていました。三年生の頃にはDTP検定の一級も彼女は持っていました。
出会った高校一年生の四月。なんとなく変わったひとがいるな? と思っていました。面白いひとというのが初対面での印象でした。女性の多いクラスで身長の高い目立った女性でした。
創作の授業がはじまると、だんだん私は周りと比べて自分の才能が並で努力を重ねないと、どうにもならないことに気がつき始めます。それに比べてみんな才能に恵まれていました。どのような方向性を目指せばいいのかも知らない。焦りと迷い。私は素人だったのです。交友関係も狭く、友人も作ろうとしませんでした。
高校二年生の春、私はだんだんと自分を追い込むようになります。図書館に籠もり、専門の雑誌を読んだりしていました。そのとき目標としたのがYさんでした。Yさんをライバルや
夏休みに入ると文化祭の展示などと合わせてたくさんの課題が出ます。写真、年賀状イラスト、コンペ用のポスター……などなど。そのなかに文化祭のプログラム・ポスター・記念バッジのデザインという課題があります。その課題はかならず全校生徒が提出しなければいけないものでした。これは全校生徒に向けたある種のコンテストで選ばれると全校生徒に顔がきくようになる魔法のパスポートだったのです。なので毎回気合いの入った作品が選ばれていました。私も去年は記念バッジのデザイン案を選ぶのですが、落選していました。今年は同じものを選んでも仕方がありません。夏休みも後半になってプログラムデザインの課題に挑みました。
文化祭のテーマは昭和レトロでした。それに合わせたデザイン案を考えます。そしてレトロ風のタイポグラフィを配置したサクマドロップスの缶風のデザインを真似した作品を提出しました。赤い水玉模様をあしらった可愛いデザインでした。
コンテストでは審査員という各クラスから選ばれた委員が選考します。かれらの目が最終候補作を選ぶのです。
二学期のはじまった最初の週だったと思います。クラスの審査員をしているAくんに声をかけられました。聞けば私の作品が好評だといいます。嘘だろうと思いましたが、最終候補作に私の作品があったのです。
私の世界はそこで変わりました。
周りの反応が変わり、応援してくれるひとが増えました。一目置かれ、教師の態度も変わりました。全能感に浸りながら、私はすばらしい達成感を味わっていました。それはきっとすべて、Yさんをライバルにしたことが大きかったのです。Yさんから見れば私はウザ絡みしてくる同級生に過ぎなかったでしょう。彼女はCMの授業でタロットカードを貸してくれました。認められた気がしましたが、彼女はやっぱり変わったひとでした。
高校三年生になった五月ごろ、同級生たちの進路の話をよく聞くようになります。美術大学に進学して技術やセンスを磨きたいひと、学問を究めたいひと、いろいろでした。Yさんも多くの生徒がそうしたように、進学して、自分の世界を広げていくのだろうと私は思っていたのです。
しかし、彼女の答えは違いました。就職を選んだのです。べつに就職が悪いとは思いません。でもそれだけの才能があればもっと上を目指すだろうと私は思っていました。彼女は自分の腕を使ってお金を稼ぐ世界に行きました。大手新聞社の新聞部のDTPオペレーターになったのです。
Yさんのことが私はわかりませんでした。でもわかることは、私が無意識に彼女にかけていた期待でした。私はたぶん同じ創作の世界で
大学生になり、一度か二度ほど、同窓会で会ったあと、Yさんとはそれきりになりました。
大人になって10年、別の友人からYさんが会社を辞めたという話を聞きました。
新聞社をあっけなく――――。
立つ鳥跡を濁さずという言葉が当てはまるのでしょうね。私は気になって彼女がどこへ行ったのか尋ねました。
友人は言いました。彼女は遠くの街で人形師をやっているそうです。彼女がふたたび創作の世界で生きていることは意外でした。私も学生時代と比べてちょっぴり歳をとったので、もう彼女になにかを言うことはありません。かけている期待もすっかり無くなっていました。
私の嫉妬も空に消えました。創作者としての格の違いを見せられたからかもしれません。そうじゃない。なにより私の嫉妬は嬉しさに変わりました。楽しみにしたいことがひとつ増えたのです。
嫉妬という感情はさまざまな感情から成り立っています。その感情ひとつひとつとじっくりと向き合いましょう。宝石のような感情もなかにはあるはずです。
私はきょうも連載を書いています。それは負けないためなのかもしれません。でも楽しみを持っています。たくさんの創作者が思い思いのうつくしい文章を綴ることを目指して、私は筆をとります。
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