第56回 私が★500を手放した理由

 かれこれ4年前のことです。カクヨムWeb小説短編賞2019にエントリーしました。そこで私は「イデア・ワン」という作品を投稿しました。イデア・ワンという思考を肩代わりしてくれる機械に人々がのめり込み、自分の宇宙と社会を失ってしまうストーリーです。SF作品とはいえ、中盤は冷たいものが背筋を伝うホラー的な面白さがある作品です。じつは公募に落ちた作品で、ほかに持って行きようがなく、再チャレンジのつもりでカクヨムの短編賞に応募しました。


 カクヨムWeb小説短編賞はカクヨムWeb小説コンテストに併設される形のエンタメ短編のコンテストです。カクヨムコン自体が日本最大級の小説コンテストであることもあり、私にはチャンスも訪れないだろうと思っていました。

 今もそうですが、カクヨムコンには読者選考というものがありました。この読者選考、じつは曲者で当時は作者のあいだでも作者選考と揶揄やゆされるくらいには読者がいなくて有名だったのです。もちろんそのはずで年末年始の忙しい時期に重なるカクヨムコンはカクヨムの来場ユーザーだって少ないことは誰だって予想できますよね。


 なので私はとにかく作品を売り込むことを決意したのでした。ひとつはユーザーフォローを定期的に行うことで新規で作品を見てもらえる層へのアプローチ。もうひとつはTwitterを介してのダイレクトマーケティングです。この双方から営業をかけて作品評価を伸ばしていく戦略を練ったのでした。じっさいにたくさんの評価を得られて、コメント付きレビューもいただき、さらにはTwitterで話題にしていただきました。評価も★500になり手応えがあったのも確かです。当時はコンテストのランキングは通常ランキングとは完全に別口で集計されていて、コンテスト用に調節されたランキングロジックがあり、その集計はおそらく評価とフォローの最大風速を測ることでランキングされる仕様だったと思います。当時、コンテストのランキングは正式なランキングとは完全に分けられていました。


 コンテストも終盤、このまま順位を維持し続ければ、読者選考も通過できるかもしれない、初めて挑戦したコンテストです。不安も焦りもありました。そうして最後の二週間ほどで爆発的に伸びてくる作品が投稿されました。順位を見守る目も厳しくなります。とにかくそれからの二週間は精神的にきつく、生きた心地がしなかったのです。

 たかがコンテストの集計情報。と言っても、運命を左右するかもしれない状況でとにかく順位が落ちていくのも苦しく、また増える自身の評価やレビューを見守るのさえ辛かったのです。予想されるライバルの伸び率を計算して最終日から逆算して数日ほどで追い越されると覚悟したのをよく覚えています。競争の苦しさがありました。


 コンテストが終わってみれば、その作品との競争には★の数では優劣がついたのですが、それが作品の完全な評価だとは思えなかったのです。私の作品は中間選考をパスし、受賞には至らなかったものの、この作品が私の代表作であることは疑いようもありませんでした。

 そうしてコンテストというお祭りが終わったあと、私に残されていたのはPVがゼロのまま時が過ぎていく代表作だけでした。おそらくユーザー生成コンテンツとはコミュニケーションがになる作品だと考えます。爆発的なコミュニケーションやムーブメントが起こったあとの作品はただ忘れ去られるのみです。しかし、仲間の記憶には残っていること、それだけが救いでした。ただ、それ故に営業行為しかこの作品にしてやれることがなく、無力感にさいなまれたのも確かなのです。誰も読まない人気作というものはありません。成長が止まった作品です。待っているのはさらなる営業行為でしょう。時間は誰にでも限られ、平等です。ですから「ここまでやったのだから」「せっかくの★500」という気持ちを捨て、未来への可能性に投資する、これが転換点でした。コンコルド効果から抜け出すのです。そのために私はカクヨムを止めました。カクヨムを止めることで自分にとって適切な人間関係(フォロー等)を考え直し、構築し、カクヨムでの活動を見極めました。そしてどういう作品を書けば良いのかを考えました。


 私が感じたのはコンテストに関わらず、ランキングに載ることで起こる様々な変化と、上を目指せばキリがないという諦念ていねんでした。一日ごとの日間ランキングがあり、週ごとの週間ランキング、月ごとの月間ランキング、最終的に累計ランキングというヒエラルキーに組み込まれるということ、つまり競争というものでふるいをかけられることの道理をここで知ったのです。ふつうの市場と同じで上位20パーセントが80パーセントの成果を総取りするような構図ですね。もちろん例外はあると思います。面白さというものは多様な指標ですから簡単には数値化できません。★の数=面白さではないところがのです。★の数はたしかに何か心を埋めてくれるかもしれませんが、このカクヨムの世界では生産的ではないと痛感しました。

 そこから始まったのはカクヨムというサイトを学ぶこと、少しでも自らの理想に近い形を模索することでした。カクヨムというサイトは前述した内容ですが、★の数にはそれほど注視せず、フォローが重要である点もこの連載を通して学びました。

 人になにかをさせるほどの魅力ある作品を作るには? いまはそうした思いに駆られながら創作や連載を続けている気がします。そして私はひとつ歩みを始めたのです。

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