第55回 打ち切り

「第28回 電撃小説大賞(2)」でお伝えしましたが、ライトノベル業界の厳しさは年々増しているようです。ライトノベルの打ち切りは「3巻まで待つ」が業界標準だった時代がありますが、現在は2巻で打ち切りも珍しくありません。いっぽうで単巻完結のライトノベルも企画され始めました。ある程度のネームバリューがある作家であれば単巻完結のライトノベルでも買ってもらえるようです。

 カクヨムでもKADOKAWAが版元で書籍化される作品は多くありますが、新文芸ジャンルで、この連載で紹介した作品は現在2巻までしか発売されていません。ここから半年を見据えて3巻が出るのかどうかが争点ですね。

「第25回 【オファーの瞬間】を読み解く③ カドカワBOOKS編集部」の元記事で紹介されていた「異世界ウォーキング」は既に5巻まで発売されていて好調なようです。もちろん作者の筆が速い可能性も否定できません。


 半年くらい様子を見るとどれくらいの商業的成功なのか、あるいは失敗なのかが見えてくるでしょう。書籍化してゴールではなく、書籍化して商業化という次の段階に進むわけです。内心、ヒヤヒヤしないかと思います。


 ライトノベルの打ち切りは時々「あの作品でも打ち切りになる!?」などと騒ぎになることがあります。これはライトノベルのファン層が一種の共同体を築いているためにビジネス的な成功、商業的な成功といった客観的な物差しが見えていない例だと思います。いっぽうSF界も、その感覚は同じですが悲しいことにそもそもそんなにたくさん売れないために騒ぎにはなりません。


 ライトノベルの売れ行きはだんだんとベストセラー作品よりロングセラー作品に少しずつ舵を取っているのではないかというのが私の見立てです。直木賞作家の米澤穂信よねざわ ほのぶの学園ミステリである古典部シリーズの「氷菓」は、もともと第5回角川学園小説大賞でヤングミステリー&ホラー部門で奨励賞を受賞した後、角川スニーカー文庫〈スニーカー・ミステリ倶楽部〉から刊行されました。いまもブックメーターで観測する限り「氷菓」を読む人々が少しずつ増えています。古典部シリーズも長期にわたるストーリーとして打ち切りせずに続いています。


 マーケティング用語でもロングテールという言葉があります。もともとは上位20パーセントの商品が80パーセントの成果を占めることが経験的にわかっていることからベストセラーに投資したほうが良いのですが、インターネット時代において下位80パーセントから獲得できる成果も合計すると馬鹿にならないため、こうしたロングテールな、販売総数が少なく、ニッチな商品を数多く取りそろえる戦略が効果的になったのです。インターネット時代の物を売る戦略ですね。


 ライトノベルが売れなくなった時代でも出版社はお金を使って新人賞をする機会自体は失われないと思います。ただし、そこには共同体的な心理より冷徹なマスマーケティングや数字の世界が広がります。そうした視点とともに荒波を越えていきましょう。

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