第54回 書籍化、商業化の難しさ

 カクヨムの歴史のなかで良い面でも悪い面でも書籍化や商業化の難しさを痛感したある事件があります。

 それは2017年に富士見L文庫から出版された七瀬夏扉「ひとりぼっちのソユーズ 君と月と恋、ときどき猫のお話」でしょう。カクヨムのSF作品として代表格であった「ひとりぼっちのソユーズ」。

 宇宙開発と過去改変など、ウェブ小説にしては本格的なSF作品として有名でした。その「ひとりぼっちのソユーズ」が書籍化されるニュースは一挙にネットに広まりました。

 そうして着々と書籍化作業が進み、出版され、多くのカクヨムユーザーである読者たちがラブコールを送った、そこまでは良かったのです。ところがその後、商業的に振るわなかったという結論が出てから、事態は少しずつ変化します。

 作者によって、編集部との細かく小さな、しかし彼にとって大きな軋轢あつれきがカクヨムで告発され、Twitterを介して拡散し、大きな騒ぎとなりました。


 カクヨムで読まれていることと書籍化すること、商業化することのいくつもの壁が存在している――、

 このことは誰でも知っていますが書籍化という夢の大きさがそれを見えなくさせるのです。またカクヨムでの書籍化作業がじつは原作に忠実な形で行われないという事実も当時は衝撃的でした。どういうことかといいますと、カクヨムで掲載された作品を編集部が手直しするような形で(もちろん作者との共同作業なので作者の了解を得た上で)行われるということが伝わってしまったのが問題だったのです。読者の手にはカクヨムで掲載された完全な原稿が届いていない点も大きな反響があったようです。カクヨムの向こう側で起こった事件でした。


 しかし「ひとりぼっちのソユーズ」、この話にはじつは続きがあります。


 2021年のことです。突然、作者の近況ノートに再書籍化のしらせが掲載されます。出版社は「主婦の友社」です。

「ひとりぼっちのソユーズ」は上下巻の完全版となって不死鳥のごとく復活するのです。さらにSFマガジンで書評を書いているタニグチリウイチ氏の2021年ライトノベル・ベスト10(https://realsound.jp/book/2021/12/post-925490.html)で堂々一位を獲得し、名実ともに日本SF界の新星として返り咲くのです。日本のSF界は前述したとおり、書評家・評論家・レビュワーなどのギルド的・ファンダム的・コミュニティ的な相互評価で成り立っている世界ですから、そのうちのひとりが強く推すからには読まないわけにはいかないというSF読者の心を掴んだのでしょう。さらにここで興味深い現象はKADOKAWAの運営するダ・ヴィンチWebでも「ひとりぼっちのソユーズ」の完全版の記事が載っているという点で、このへんはKADOKAWAも抜け目がないところです。(https://ddnavi.com/review/839970/a/)


 こうしたある種の商業化・書籍化の失敗や難しさはカクヨム発の文芸ではありふれていることはお気づきだと思います。そのために汗や涙を流した先人たちの努力を忘れてはいけないのだと感じます。

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