第11回 SFカーニバル(前編)

 一年前のちょうどいまごろ、日本SF作家クラブと蔦屋つたや書店の合同SFイベント「SFカーニバル」が開催されていました。ファン参加型のイベントで時間ごとにSF作家が入れ替わり、大サイン会が開かれます。もちろん蔦屋つたや書店内にもSFのコーナーがあり、ふつうの書店よりSFの書籍が充実していました。

 日本SF短篇50といった日本SF作家クラブが編んだSFアンソロジー、スタニスワフ・レムの「完全な真空」など都内であまり見かけないSFラインナップに興奮したものでした。


 ただSFカーニバルは代官山だいかんやま蔦屋書店で開かれたイベントでした。そうです、代官山です。あのおしゃれスポット、代官山。

 

 SFと代官山の取り合わせにためらいを覚えるのは仕方ありません。わたしが中高生だった時代はSFが売れない、いわゆるSF冬の時代でしたから。冬の眠りから覚めて起きてみればSF夏の時代が始まっていました。そしてSFというマイナージャンルが代官山でイベントをする――とんでもない変化です。代官山はJR渋谷駅から東急東横線とうきゅうとうよこせんで一駅の場所にあります。東急東横線とうきゅうとうよこせんでいわゆる「急行きゅうこう」の止まらない駅です。東横線は渋谷から数えていくと急行の止まる駅は、渋谷、中目黒、学芸大学、自由ヶ丘……なので代官山はそれほど期待されていない駅でしょうと思いますよね?

 

 ちがいます。


 代官山は若者が多いです。十年ほどまえからベビーブームがあり、子どもも多く、さらに若者も集うハードルの高い街という印象です。JR恵比寿えびす駅が近いことからもお分かりいただけるでしょう。恵比寿はまえにどこかでお話ししましたが、三〇年以上前は下町でした。しかし駅前の再開発で若者も集まるようになり、東京メトロ日比谷線のつぎの駅が広尾であるように、すこしお高い街という印象があります。


 SFイベントが代官山で行われることに衝撃を受けた私はいつの間にか東横線の列車に乗せられて代官山のホームに立っていました。お守り代わりにスマートフォンでTwitterを開きながら。Twitter上ではSFカーニバルのハッシュタグがもうすでにイベントの始まりを告げていました。もう後戻りはできません。蔦屋書店に入るとそこかしこでSF作家が待ち構えていました。あこがれの藤井太洋ふじいたいよう先生がすぐ近くにいる……あそこにいるのは、竹田人造たけだじんぞう先生……めまぐるしくSF作家が見えては視界から消えていきました。


 もうなにも覚えていません。むこうに声優の池澤春菜いけざわはるなさんもいたみたいです。「爆走兄弟レッツ&ゴー!!」を見ていたよ、わたし……。出版社のブースにふらりと立ち寄ります。横でペットの犬を連れたお客さんが通り過ぎていきました。竹書房たけしょぼう東京創元社とうきょうそうげんしゃ早川書房はやかわしょぼう……SFの出版社がそろみでSFの編集者の顔もちらほらいます。とくにあそこにいるのはSFマガジンの現編集長の溝口力丸みぞぐちりきまるさんです。ゲラを見ていました。まったく場違いな気分でした。高校生のときに印刷のコンベイションに参加したときの気持ちです。ビジネスの匂いがする。ブースから出るとむこうから犬、犬、犬……。ペットの犬がやけに多いな……。そう思いました。


 ほどなくして代官山から脱出したわたしはトランペットの音色を聞きながら春の陽気を堪能たんのうしつつ、いつの間にか自室のパソコンからSFカーニバルのYouTube配信を見ていたのでした。

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