ちょっとした日常
紅柚子葉
第一話
「なぁ、あと三分だってよ」
「先輩がここに来たの、何分前でしたっけ」
「さあな、覚えてねぇよ」
「それもそうですね」
「……なぁ」
「なんですか?」
「お前の名前、なんだっけ」
「北村透です。先輩は?」
「篠塚幹也だ。よろしくな」
「今更ですけど、よろしくお願いします」
「おう」
「……先輩は、なんでここに来たんですか?」
「俺さ、つい最近まで、このグラウンドでサッカーやってたんだよ。まぁ、もう高三だからな。引退したんだ。明日から予備校に通うことになる。受験生になる前に、もう一回ここに来たくてな」
「……なるほど」
「透は?」
「部活、今日だと思ってました」
「なるほどな」
「スマホ、うるさいですね」
「一応鳴らしてるってとこだろ。まぁ、もう無理だけどな」
「やる気出ないですよね」
「もう、動く気力もねぇよな」
「はい」
「どうするよ、泣いてみるか」
「そんな気力ないですって」
「だよなぁ」
「俺と一緒でいいのか?」
「僕、通学二時間くらいかかるんですよ」
「あぁ、そりゃ無理だ」
「……先輩は?」
「五分」
「無理ですね」
「だな。諦めっか」
「先輩、聞こえますか」
「あぁ、来たな」
「これで終わりなんですね」
「可愛い彼女くらい、連れてくればよかったな」
「いるんですか? 彼女」
「いるわけねえだろ。言わせるな」
「すんません」
「僕たちの名前、残るでしょうね」
「記録ではな。まぁ、記憶には残らないだろ」
「ですね」
「……最後になんか言うことあるか?」
「僕らの死で、世界が平和になればいいですね」
「なんか、達観してんな」
「先輩は? 言いたいことないんですか」
「そうだなぁ。やっぱ、色々あるわ。大学行きたかったな、とか。ミサイルなんてクソ喰らえ、とか。でも、何より……」
「何より?」
「今、めっちゃ味噌汁飲みたい」
「わかります」
ちょっとした日常 紅柚子葉 @yuzuhakurenai_77
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