第13話 サトファリアの決意

「ユメリスを封印した!?」


「うん。サトファリアが…」


「なぜだ!?」


「マテライダが…サトファリアの父親だったの」


「…!?」


琥珀が、驚きと不安な瞳で李襟の顔を見つめた。


「大丈夫か?」


「何が?」


「例え、転生した先の出来事ではあったとしても、李襟はサトファリアだ。怒りも、悲しみも、誰より、分かるだろう」


「分からない…と言ったら、嘘になるね。だから、マテライダを…私は…殺したくない…。キンリジライとシャートラスさえ、捉えることが出来れば、マテライダを、ユメリスの元へ返すことが出来る…はずよね?」


「そう…だな…。しかし、キンリジライはをマテライダにかけてくる。されたら、マテライダの意識は、キンリジライのものとなり、サトファリアだけでなく、ユメリスを愛していたことも忘れてしまうんだぞ!?そんなマテライダを、正気に戻すことなど出来はしないことくらい、李襟、君も分かっているだろう!?」


「やって見せるわ!!」


李襟は、涙をたっぷりためて、叫んだ。


帰り道。林道。歩く人たち。


そこに、李襟の声が木霊した。


「ユメリスと…お母様と…約束した!必ず…封印を解くと!マテライダを…天界に戻すと!!私は…!マテライダを殺したくない!!」


「…お前はもう、サトファリア…なのだな…。今宵も夜だけの異世界へといざなう予定だったが、君は、もう…李襟ではいられない」


「…どういうこと?」


「深入りしすぎた、ということだ」


「琥珀、私は…この世界の家族を捨てなければならない…ってこと?」


「あぁ…簡単に言ってしまえば…」


「じゃあ…みんなの記憶は?私が、にいた記憶は?それも、すべて消えてしまうの?」


「それが嫌なら、何の躊躇もなく、マテライダを殺し、この世界に帰ってくることだ。マテライダだけではない。キンリジライとシャートラスもだ。そんなこと、出来るか?魔界の創始者のキンリジライとシャートラスを倒すことは、命がけだ。李襟、お前は、サトファリアに感情移入しすぎたんだ。このままでは、夜だけではない。本当に、転生、してしまう」


「…それが何?」


「え?」


琥珀は、喉を鳴らし、唾を呑み込んだ。


「天界を救えなかったら、魔界を崩壊させることができなければ、人間界だって終わるんでしょう!?だったら、やるしかないじゃない!!私の存在が、人間界から…消えるとしても…!!家族も、友達も、先生も、みんな…みんなを、守る為なんでしょう!?」


「李襟、君は…一体何者だ?」


「琥珀…貴方も、やっと、その疑問に辿り着いたようね…」


「…どういうことだ…?」


「琥珀が…雲母家が、私を射たんじゃない。琥珀が、私を見つけたんじゃない。私が、呼び寄せた。異世界から、雲母家に私を呼び出させたのは、私よ」


「どういうことだ?」


「私も、最初は知らなかった。でもね…、サトファリアとして転生し、夜の世界を飛び回っているうちに、どんどん、頭の中の空洞が埋まって行ったの…。それで、すべてを思い出したのよ。…私は…天界を成した、≪ディリスメリ≫だったの」


「…?ディリスメリ?誰だ?」


「遠い昔、天界を生んだ、女神の名前。サトファリアの、前世よ」


「まさか!!サトファリアに前世など、いるはずがない!!」


「でも、真実よ…。ディリスメリは、天界を作った初めての女神。そして、サトファリアはディリスメリの正式な後継者。そのことは、ラートインスもヘティーナも、まだ知らない。まして、キンリジライたちが知る由もないでしょうね」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。李襟。じゃあ、君は、その真実を知った時点でこの世界を捨てる覚悟をしたと言うのか?」


「えぇ…。ほんの、昨日のことだけど…」


李襟は、戸惑いは隠せないよ、と言いたげに、睫毛を濡らした。


「…それでいいのか?どんなに、ディリスメリと言う女神が、君…サトファリアの前世の姿であり、天界を成したものだとしても、李襟、君の自由を奪うことは、強制ではないのだぞ?君ほどの力はないが、ナトイレルンやスチカサートもいる。君がもう転生したくないと言っても、ラートインスも、ヘティーナも、ユメリスも、そして、君の力を得られなくなったとはいえ、サトファリア自身も、誰も君を責めはしない」


「…それは違う。私は、責められるのが怖いわけじゃない。私は、この世界を守りたい!!」


強く、凛とした瞳で、真っ直ぐ琥珀の瞳を捉える李襟。琥珀は、もう何も言うまい、と心で想った。


しかし、その次の瞬間、李襟はとんでもないことを言った。


「私は、ナトイレルンも、スチカサートも、<封印シジラート>するつもりよ」


「な!?なんだと!?そんな無茶なことをさせられるか!!サトファリア一人でマテライダ、キンリジライ、シャートラスを倒すとでも言うのか!?」


「その通りよ」


「出来る訳がないだろう!!」


「その代わり、2人の力を<吸収アッソロビメント>するわ」


「それでも無理だ!!俺は、断固反対だ!!そんなことは赦すことは…!!??」















































そこは、平和な日常だった。


朝ごはんを食べる人たち。


少し、早足で会社に向かうサラリーマン。


ぎゅうぎゅう詰めの満員電車。


テスト勉強をする学生。


軒先でぼーっとする老人。


風にそよぐ木々。


何もかも、いつも通りの風景だ。そこに、雲母琥珀もいた。



弓道魔術は、この人間界から、完全に消えてなくなっていた。琥珀の記憶も、雲母家のおばあ様の記憶も、その一家の記憶も、サトファリアの<封印シジラート>によって、完全に消し去られた。勿論、異世界でのナトイレルンとスチカサートも、<封印シジラート>され、魔界が滅びるほか、生き延びるつてはなくなってしまっていた。


それだけではない。サトファリアが、<封印シジラート>を使ったのは、天界のすべての神と天使だ。…つまり、王である、ラートインスも、王女であるヘティーナも、<封印シジラート>した。


そう。たった一人で、天界と、人間界を守るために。たった一人で、マテライダ、キンリジライ、シャートラスを倒す為に―――…。

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