第12話 ユメリスの封印

「ねぇ、お父様。マテライダを…お赦しになる気は…無いのですか?」


ユメリスはラートインスに尋ねた。


「ユメリス…お前はまだ、マテライダを想っているのか?」


「…マテライダは…とても優しい使でした。何の理由もなく、お父様を…天界を裏切るとは思えないのです…」


「確かにな…。マテライダはという点では、天界で並ぶものはいなかった。しかし、裏切ったのも事実なのだ。どんな理由があったにせよ、天界を去っただけでなく、魔界に身を売った。その男を、赦せと言うのか?キンリジライは今や、天界に勝るとも劣らない力を蓄えている。お前の娘、サトファリアが、どれほど今の天界を守ってくれているのか…。ユメリス、母親であるお前が1番わかっているのではないのか?」


「…私は…サトファリアとマテライダを、これ以上争わせたくはないのです…。父親と、娘…なのですから…」


「…気持ちは分からなくはない。しかし、ユメリス、今、マテライダを倒せるのは、サトファリアしかいない。それ以上に、キンリジライを、魔界を滅ぼすことが出来るのは、もはや、サトファリアしかいないのだ。お前には酷なことだと思っている。キンリジライを止められなかった、私を、赦して欲しいとは言わん。だが、頼む。ユメリス、マテライダへの想いを、封じてくれ」


「封じる…。私に、<封印シジラート>をかけるとおっしゃるのですか!?そ、そんな…!それは、ということなのですよ!?」


「お母様…」


「!?サトファリア!?なぜここに!?」


「<封印シジラート>をかけて欲しい、とおじい様に頼んだのは…、私です」


「サトファリアが…?何故です?貴女もマテライダを憎んでいるのですか?確かに、マテライダは、サトファリアが目覚めてから、貴女を何度も襲い、苦しめたかも知れません!ですが、私に<封印シジラート>をかける意味は!?」


「マテライダは…お母様を殺す気です」


「!?そんな…!!嘘です!マテライダは、例え天界を裏切ったとはいえ、私の愛した天使!マテライダとて、私を愛してくれているのは、今もきっと変わらないはずです!!」


「マテライダは…相打ち覚悟です…」


「!?」


「お母様は、おじい様のおかげで、魔力を手に入れました。ですが、おじい様はマテライダとの結婚をお赦しにならなかった…。なぜだと思いますか?お母様…」


「………」


ユメリスには心当たりがなかった。ユメリスもそれが分からなかったから。


「マテライダは…キンリジライの家臣ではありません。魔界が生んだ、本物の魔王なのです」


「!?な、何を…!?そんなはず!!そんなはずはありません!!マテライダは、使!私の愛したマテライダが、魔王のはずが…!!」


「正確には…マテライダの母親が、魔界の創始者。キンリジライと、シャートラスの子供が、マテライダなのです」


「そ、そんな…!じゃあ、何故、マテライダは天界にいられたのですか!?」


「それは…このラートインスのミスだ。シャートラスに…ヘティーナを人質に取られ、マテライダを天界に入れなければ、ヘティーナを永遠に<封印シジラート>をかけると脅されてな…。しかし、マテライダには、浄化の呪文、<浄化プリフィカチオーネ>をかけ、完全に使に変えたはずだった。マテライダ自身、自分が魔界の生まれだとは…もしかしたら、今も思ってはいないかも知れん」


「それでは、一体、なにがあって、マテライダは再び魔界へ!?」


「シャートラスは、天界にマテライダを送り込むことを条件に、ヘティーナの命を取らなかった。つまりは、天界を、マテライダに総べらせるための取引だったのだ。それが、バレてしまった…。<浄化プリフィカチオーネ>をマテライダにかけたことを…。そう…キンリジライによってな…」


「ですが、それでもマテライダが浄化されていたのなら、シャートラスとキンリジライについてゆく意志も生まれなかったはず!!」


「あぁ…。しかし、キンリジライとシャートラスの力を、我々は侮っていた。をキンリジライは知っていたのだ」


「は……?」


「無理矢理、魔力を与える呪文だ。魔界の王と王女の子供であるマテライダが、すれば、とんでもない力を…魔力を得ることは間違いないだろう」


「…そんな…。じゃあ、サトファリア!貴女も、自分の父親であるマテライダを殺す気なのですか!?」


「…そうしなければ…お母様が殺されます…。それを止めないわけにはいきません。それに…」


「それに…?」


「マテライダは、お母様にも、をさせるつもりです」


「え…?」


「いえ…。キンリジライが、と言った方がよろしいでしょう。恐らくは…マテライダと同じ、使だったお母様が、おじい様の呪文によって、魔力を得て、私を<眠部屋ソーノ・カーメラ>隠し、育て、強大な力を得た、天界の危機である今、一番邪魔なのは…私、サトファリアです。その私が手出しできないようにするには、お母様を殺そうとするのが一番手っ取り早いですから…。だから、お母様、<封印シジラート>を受け入れてください。そうなれば、魔界が滅びるまで、お母様の意識が戻ることはありませんが、それでも、マテライダがお母様を操ったり、により、お母様の力を悪用することは出来ません」


「サトファリア…貴女は、マテライダを殺す気なのですね…?」


「私の目的は、魔界の破滅。キンリジライとシャートラスを殺すことです。…出来れば…マテライダを殺したくはありません…」


「お父様…とは、呼ばないのですね…。サトファリア…。ですが…、分かりました。<封印シジラート>を…受けます。ですが、サトファリア、どうか…死なないで…。………」


「マテライダは、何とか、救えるものなら、救おうと思っています。5%くらいの可能性しかないでしょうが…」


「お願い…。サトファリア。その5%を、貴女なら、可能に出来るかも知れません…。どうか…、どうか…」


ユメリスは、すすり泣きながら、サトファリアに訴えた。ユメリスにとって、マテライダは、優しく、頭がよく、正直で、頼りになる…、今でも、愛した時のまま。天界を裏切る前の、マテライダのままなのだ。


「では、ユメリス、<封印シジラート>をかける。サトファリア、やってくれ」


魔力を、キンリジライに奪われたラートインスは、サトファリアにその役をさせるしかなかった。母親を、封印すると言う、酷な役目をさせてしまうことに、心を傷んでいたが、こうするしかなかった。天界を、何より、ユメリスを守るためには…。


「お母様、必ず、封印を解くことをお約束します。そして…、マテライダを…お父様を、きっと…きっと…」


「ありがとう。サトファリア。貴女を信じます…」


「…」


サトファリアの瞳には、涙が滲んでいた。


これから、2度と、母親の封印を解くことが出来なくなるかもしれない。これから、闘うのは、本当の父親。その父親を…助けられるのか…もしくは…闘い、殺されるのか…それとも、殺すことになるのか…。


例え、どんな道をゆこうと、サトファリアの宿命は、どんな道を選ぼうとも、苦悩と、悲痛で溢れている―――…。




「<女神封印デア・シジラート!」


「――――…!!」


封印されたユメリアの体は、静かに、眠った―――…。


















「サトファリア…、済まない。こんな宿命をお前に背負わせてしまって…」


「おじい様…。私は、この宿命を…呪ったことはありません。只…キンリジライとシャートラスだけは…赦しません。お母様に…マテライダ…、お父様に…こんな運命を押し付けたあの2人だけは…絶対、絶対、赦しません!!」


眠った、ユメリスの顔を少し撫でると、サトファリアは、天界を去った―――…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る