第11話 マテライダとユメリス
―スチカサート―
「「…」」
弓で射抜こうと、互いを狙いながら、円を描くスチカサートと、その入れ物。
「貴様は、貴様の放った矢のせいで、俺を強くしたのだ。お前と同等になるまでにな」
「それは知っている」
「なに?」
「こちらに転生する直前、サトファリアがそう教えてくれたからな」
「ふ。だが、その頼れるサトファリアは、ここにはいないぞ。貴様に勝機はあるのか?」
(…)
「ない…だろう?」
ひゅん!!
「っ!」
入れ物の方の矢が、スチカサートの頬をかすめた。
「チッ!頭を狙ったが、さすがは現代の弓道魔術師。そう簡単にはいかんか…。だが、繰り返すぞ!サトファリアは、いない!どうする?スチカサートよ」
「てい!」
ひょん!!
ふいっ!!
スチカサートが打った矢は、簡単によけられてしまった。
「そんなのろのろの矢で、前回この世界に来た時より強くなった俺に、何が出来ると言うのだ?遊びたい方だいだ。はははは!!」
ギュウインッッ!!!
「くわっ!!」
スチカサートの矢が、入れ物の心臓の片隅を捉えた。
「な…!何故…!?こんな強い魔術の矢を射ることが出来るはずが…」
「ナトイレルンと違ってな、俺は直前まで李襟と一緒にいたのだ。その李襟に一本だけ、矢に魔力を仕込んでもらった。その矢が、それ、ということだ」
「く…、あの女…」
「サトファリアを、あの女呼ばわりはやめて欲しいものだ。我々だけの特権難なのでな…」
粉々になる入れ物を振り返りもせず、光の輪に向かって、スチカサートは去って行った。
サトファリアが、2人に用意した帰還の輪へ。
「よくやったわ!2人とも!たぶんだけど私のおかげなんじゃない?」
「ふふ。自分でそれを言うとは…。なんとも自信過剰とでも言おうか…。だかしかし、なんて女だ…」
「だな。この女、やはり、ただ者ではない…」
✽✽✽✽✽
「くそ!くそ!くそ!」
マテライダは、跪き、自分の膝を思いっきり叩いた。
「こんなにも簡単に俺の作戦が突破されるとは!!くそが―――っ!!…サトファリア…これ以上、お前が強くなる前に…俺の元にいざなう必要がありそうだ…。しかし…どうする…。ただ、2000匹の魔物を送り込んでも、カサトファニを仕込んでも、強化された入れ物を用意しても、サトファリアには通じなかった…。いや、ナトイレルンやスチカサートにさえ、突破されてしまった…。他に、いったいどんな策を立てれば…!!」
マテライダの頭の中は、もう滅茶苦茶だった。こんなにも、サトファリアが強敵だとは、思っていなかったのだ。
「マテライダ」
「キ!キンリジライ様!!」
「お前の発動を、強制的に行うことにした」
「強…制的…?」
「このままでは、この数万年続いた魔界の存続が危ういからな…。そこまでせねばならぬほど、サトファリアの力は恐るべきものだと言っていいだろう」
「確かに…。私の至らさで、キンリジライ様のお手を煩わせ、大変、申し訳ございません…」
「良いのだ。マテライダ」
「キンリジライ様…」
マテライダの顔に、笑みが見える。
「ユメリスを殺す」
「!!??」
「ユメリスの<ソーノ・カーメラ>で、熟成された魔力を持ったサトファリアが誕生した。しかし、その魔力は、あくまでユメリスの魔力によるもの。ユメリスが死ねば、恐らく、サトファリアの魔力も消えてなくなるだろう…」
キンリジライは、不気味な笑みを浮かべ、次々恐ろしい言葉を並べる。
「しかし…キンリジライ様…、天界へはどう切り込むのでございますか?例え、魔界が天界と勝るとも劣らない力を持っていたとしても、ラートインスの力は、キンリジライ様でも直接闘うとなれば、相当な痛手を負うことになることになるのは間違いありません!」
「誰が、俺様が天界に出向くと言った」
「…と、おっしゃいますと…」
「お前が殺すのだ。ユメリスの元に戻ったふりをしてな」
「わ、私が…ユメリスを…!?」
「なんだ?出来ぬのか?お前は、天界を裏切る際、ユメリスを捨てたはず。2度と、天界に戻ることは無いと、心に決めたはずではないのか?」
「そ、それは…」
「まさかと思うが、まだ、ユメリスを想っている…などということはあるまいな?マテライダ」
キンリジライの顔が、厳しく、険しく、そして、不敵な笑みへと変わってゆく。
「お前が、心を入れ替え、もう一度知恵の天使としてラートインスに仕えたい、と言えば、もしかしたら、天界に戻れるかもしれないであろう?そうすれば、マテライダ、お前にべた惚れだったユメリスがお前に心を許すのは必至。そうであろう?」
「キ…キンリジライ様…、ですが、そのように簡単にラートインスを信用させられるかどうか…。私の心には、もう魔界の匂いが染みついております。邪悪に染まったこの心、ラートインスが見破らぬはずがないかと…」
「騙すのはラートインスではない。ユメリスだ!!」
「!!」
「ユメリスならば、発動で、心の匂いにも気づくことは無かろう。そこで、ユメリスの命を絶て!!」
「……」
マテライダの顔に、一筋の汗が流れる。
「どうした。出来ない…とでも言いたげな顔だな。マテライダ…」
「い、いえ。そのようなことは…」
「ならば、出来るのだな?」
「わ…解りました。是非、発動を!!」
「ふむ。物分かりが良いな、マテライダ。お前は。さすがは知恵の悪魔だ。…いや、知恵の天使か…。ははははは!!!」
✽✽✽✽✽
「「ふぁあああぁあ…ああぁあ」」
「何?李襟、雲母くん、なんでそんなに深いあくびしてるの?なんか、疲れ切ってない?」
(本当なら、夜、異世界に行ってる間は、李襟は眠っているはずなのに、サトファリアの傷が中々癒えないから、こっちに来ても傷は無くても疲れは取れないのよ!)
と、言いたかったが、言えるはずもなく、
「最近、成績落ちてるの知ってるでしょ?遅くまで勉強。ただそれだけ」
「雲母くんも?」
「あぁ」
「んじゃ、今日放課後カラオケ行こうって誘おうって思ったんだけど、駄目?」
「「駄目」」
((死ぬわ!!))
2人は、心の中で叫んだ…。
「ねぇ、琥珀、マテライダ、次はどんな手で襲ってくるかしら?」
「そうだな…。マテライダより、そろそろキンリジライが苛立ってきている頃だ。何か、ここらへんで動きがあるかもな…。大きな…」
「大きな…動き…かぁ…。ユメリス…が危ないかも…?」
「何?何故、そんなことが分かる?」
李襟は、神妙な面持ちで、応えた。
「キンリジライは、マテライダがユメリスをまだ想っていることを知っているんじゃないかな?…つまり、最初から、ユメリスを倒せばいいものを、マテライダは、サトファリアを仕留めることをずーっと優先してきた。サトファリアに力を込めた母親のユメリスを騙して殺す方が、楽なのに…」
「確かにな…。お前は知っていたのか?」
「え?何を?」
「ユメリスの、魔力の秘密だ」
「知らないけど」
「…それで、そんな推理をしていたのか…。恐ろしく勘働きの良い奴だな…」
「どういうこと?」
「ユメリスが、知恵の天使、マテライダと恋に墜ちたのは、ユメリスもまた、知恵の女神だったからだ。しかし、ユメリスは、その知恵を使い、サトファリアを<
だ」
「じゃあ、ユメリスも、魔力を持ってないの?」
「あぁ」
「それなら、どうやってサトファリアにこれほどの魔力を与えたって言うの?」
「ラートインスが<
「じゃあ、ラートインスは、マテライダとユメリスの結婚を許さなかったの?それで、マテライダが天界を…ラートインスを恨んでいるのは、そのせいなの?それで、キンリジライにマテライダはついて行った…ってこと?」
「そう言うことになるか…。もし、マテライダがユメリスを殺したら、サトファリアの魔力も失われ、天界はなす術なく滅びるだろう…」
「そ、そんな…!じゃあ、意地でもユメリスの暗殺を止めないと…!!」
「だが…その方法が思い浮かばない。キンリジライの思った通り、マテライダがまだユメリスを想っているとして、どのようにマテライダがユメリスを殺すのかが分からないのだ」
「そんなの、『俺が裏切ったと思わせて、天界を守るためにキンリジライについて行った』とでも言えば…」
「いや、そのような嘘、ユメリスが気付かないはずがない…」
「嘘じゃないもの」
「え?」
「マテライダは、ユメリスを想ってる。その心を、ユメリスも信じてしまうでしょうね…。だから…マテライダも、ユメリスを本当に殺せるのか…、私には出来るとは思えないの…」
「だが、キンリジライについて行ったのも、事実だぞ?」
「…そうなのよねぇ…。なんで、マテライダは、キンリジライについていったんだろう?」
「ふむ…。心底から考えたことがなかったが、確かに…」
「ユメリス…、今宵…お前を殺めればならない…。彼女は…来てくれるだろうか…」
マテライダは、自分の部屋で、祈っていた―――…。
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