第10話 それぞれの入れ物

「バカ者が!!」


「も、申し訳ございません!!キンリジライ様!!」


「マテライダ、貴様、この俺にカサトファニの呪文まで与えさせておきながら、易々とカサトファニを月に葬られえるとは、如何なる失態だ!!お前は、ではないのか!?こんなことでは、なんのために貴様を率いて来たのか分からぬわ!!」


「は!!なんの申し開きもございません!!」




マテライダは、天界にいた時、使と呼ばれていたことに、酷く腹を立て、キンリジライについてきた。しかし、ここに来ても、やはり、の地位しか自分にはないのだ…と思い始めていた。


だが…。



「ふ。まぁいい。マテライダ。俺は貴様をただ単にとしか思って率いてきたわけではない。貴様には、の兆しが天界にいた頃から見られた。ラートインスは気付いていなかっただろうがな…」


…。それは、に秀でたものだけが持ち、魔力を持っていないと思われていたものが、ある日突然、長けた魔力を自らが引き出すことのできる力のことである。


それは、天界が形成され、生まれた使だけが持つ、特殊な能力だ。その使は、天界にいたマテライダの他にはいない。つまり、マテライダが天界を裏切った今、魔界にしか、する素質があるに秀でたものは、マテライダしかいないのだ。


…。それは、どういった…」


「ふ。マテライダも知らぬのも当然か…。これは、ラートインスの持つ、書庫に、秘密裏に隠された聖書、【清楚オールディナーとエプリート】の一文に書かれていたものだ。これだけは、お前でなくては、務まることの出来ない、任務だ。お前には、十分すぎるほど期待している。マテライダ」


「は!キンリジライ様のお役に立てるのであれば、このマテライダ、命も惜しくはございません!!」


「…しかしだ…。マテライダ」


「は」


「サトファリア、ナトイレルン、スチカサート…この3人を、どう止める?お前ならば、次はどう攻める?200匹の魔物も、あのカサトファニもサトファリアは、ほとんど完勝と言って良い闘いぶりだ。あのカサトファニに勝る魔物が、まだいるか?」


「いなければ、作り出せばよいだけのこと。策はもう…」


「そうか…。さすがだな。マテライダ」


「勿体ないお言葉…」






✽✽✽✽✽






「あ―――…昨日は死ぬかと思った…」


「李襟、君は闘いになると、いきなり性格が変わるのだな…。正直驚いた」


「何言ってるの!?ナトイレルンと琥珀と言うより、スチカサートが情けなさ過ぎるからよ!!琥珀は、魔鏡でカサトファニのことを予言してくれていたから、助かったけど、ナトイレルン、あいつ、あんの役立たず!何とかならないの!?」


「…ここでも、性格は一緒なのか…」


「何か言ったかしら?」


「何も言っていない」


「でも、次は、どんな攻撃を仕掛けてくるの?カサトファニが死んだ以上、その上がゾロゾロいるなんて、考えたくもないんだけど…」


「今、おばあ様に魔境を見ていただいている。その後、俺が弓を射る算段だ」


「弓を射る?何処に?何に?」


「魔界だ」


「え!?そんな人間界から魔界に、直接矢を射ることが出来るの!?」


「いや、そうではない」


「…?」


「次に送り込まれてくる、魔物、もしくは呪文、それらを【予射よいする】と、雲母家では呼ぶ」


「そんなことが出来るなら、もっと早く…!」


「俺の力が、足りていなかった。申し訳ない」


「…そう…だったの?じゃあ、今は足りてる、ということ?」


「いや、度々期待を裏切って申し訳ないが、君の協力なしには不可能だ」


「私の…協力…?」


「力を…分けて欲しい…」


「どうやって?」


「矢に、魔力を込めるのだ」


「琥珀の魔力だけじゃダメってこと?」


「あぁ。情けないが…。サトファリアの進化が目覚ましく、ナトイレルンもスチカサートも、異世界ではついていけていない状況なのだ。そこで、今回、射るのは、魔物ではない。ナトイレルンと、スチカサートに、だ」


「え!?そんなことしたら、2人とも死んじゃうんじゃ…!?」


「そこで、君にまたしても、魔術を現代でも覚えてもらわねばならない」


「またぁ!?」


文句たらたらの李襟。サトファリアとしても、李襟としても、毎日、昼は学校。夜は異世界。行ったり来たり、ほとんど休む暇もない。この昼休み時間に入った直後、担任に、2人とも劇的に成績が落ちている、とおしかりを受けたばかりだ。2人とも、勉強は出来る方だが、こう勉強する時間が無くては、成績を維持するのは、極めて困難だ。


理解のある雲母家の琥珀はともかく、事情を全く知らない李襟の両親は、怒り浸透である。



「李襟、何処いくの?」


「ちょっと、雲母くん家!」


「貴女、もうすぐ期末テストでしょ!?遊んでて良いの!?」


「命張ってるわよ!!」


「はい?」


母親のきょとんとした顔を放っぽりだして、学校が終わると、李襟は家で着替え、急いで雲母家に向かった。


「娘」


「あ、おばあ様。こんにちは」


「魔境で、ナトイレルンとスチカサートの姿を捉えた。ここで、矢に力を宿しておくれ。その後は、琥珀が引き受ける」


「はい!行きますよ!!」


李襟は矢を思いっきり握りしめた。そして、風を感じ、血を感じ、生を感ながら、矢に全身全霊で、力をこめる。


「<極力引出力ウントンクポシブレ・リーティラーレ・プーヴァ―>!!」


その呪文で、パァーッ!と矢が光る。


「よし!渡せ!!」


琥珀が、そう要求した。その要求に応え、矢を李襟は自分の手から手放すと、ある異変に気付いた。






―魔界―


マテライダは、サトファリア、ナトイレルン、スチカサートの3人がいない間に、とんでもない作戦を立てていた。




「キンリジライ様、呪文をお授けください!!」


「分かった!<作物擬似コスティトゥイタ・セウド>!!」


そこに煌びやかに現れたのは、ナトイレルン、スチカサートの2人だった。いや、偽物の、造りものだのだ。


「!?ちょ、待って!こは…」


その李襟の声は、遅かった。


そうとは知らない琥珀は、その魔境に映し出された偽物の2人に強力なパワーを引き出させる呪文を宿した矢を、放ってしまったのだ。





力を得た偽物のナトイレルンとスチカサートは、強敵となり、本物のサトファリアとナトイレルンとスチカサートの前に現れた。


「ごめん!スチカサート!私が現代で、もっと早く気付いていれば…!!」


「君に謝られると気持ちが悪いな…!」


「こんな時に冗談言ってる場合!?このおたんこなす!!」


「やはり、君は君か…」


「とにかく!自分の敵は自分!てことで闘うしかないわ!!」


「「あぁ!!」」





―サトファリア―


「貴女は、こっちではさほど強くはなっていないはずよね!?」


「さぁ…。それはどうかしら?貴女自身で確かめてみれば!?」


キン!カン!カキン!!


剣が、ぶつかり合う音が、時間をとどめず響く。にじりにじりと距離を寄せようとするが、相手は、自分だ。中々思うように間を取れない。それは、相手も同じはずなのだが、何故か、余裕があるようにも見える。


(どうして?何か、秘策でもあるって言うの?)


慣れない剣を必死で振るい続けること20分。本物のサトファリアに疲れの色が出始めた。


(そうか!あっちは作り物!体力なんて、関係ないんだわ!闘いを長引かせれば長引かせるほど、あっちには有利に働いてしまう!!なんで最初から気付かなかったの!?)


「貴女、只の作り物よね!?」


「それがどうした!?パワーも魔力も貴様と同等だ!まさしくな!だがしかし!体力だけは、この私からは奪えんぞ!!」


「それがどうしたって言うの!?」


「なにぃ!?」


「その壊しちゃえばいいんじゃない…?」


クスッ…と本物のサトファリアが笑った。


「!!」


「<破壊入物ディストルジオーネ・コンテニトーレ>!!」



パキ―ン!!偽物のサトファリアは、粉々になって消えた―――…。



「よし!この呪文で、後の2人も…2人…も…?い、いない!!??」



マテライダは、このサトファリアの臨機応変な対応も視野に入れていた。すぐに、サトファリアにはこのカラクリがばれてしまうだろうということも。だから、のだ。2人とも、違う場所へ。




―ナトイレルン―


「「てや!たぁ!はぁ!この!くう!とら!」」


何度、ナトイレルンが攻撃しても、同じ攻撃をしてくる、作り物のナトイレルン。只の作り物だった人形に、矢が放たれたことで、本物のナトイレルンと同等の力を手にしてしまったのだ。


(どうする!?きりがない!!)


「ぜぇ…はぁ…ぜぇ…はぁ…」


「ふ、もう息切れか…。貴様の化身ながら、恥ずかしいものだ」


「く!貴様…!よくものうのうと!」


「だが、俺を倒すことは、出来ない。違うか?」


(た、確かに…いつもどれほどサトファリアに頼り切っていたか…、身に染みる…。こんな時…こんな時、サトファリアなら…サトファリアなら…!)


『大馬鹿!!』


『この役立たず!!』


(!!)


「この大馬鹿め!!本当にこの本物のナトイレルン様が只の入れ物の貴様に負けるわけなかろう!!」


「なにぃ!?大馬鹿だとぉ!?」


(よし!熱くなれ!そうすれば、剣の扱いに乱れが出るはず!そこを狙う!!)


「大馬鹿だけでは物足りんか!?この役立たずめ!!」


「クッソ――――!!言わせておけば!!!」


(ここで、俺なら、右から腹を切る!そこを飛び、首を…)


「切る!!!」


ザン!!!!


「グ…グア―――――!!」


ナトイレルンの作り物は、粉々になった。


「ふぅ…。あの娘の口の悪さも全くのでもなさそうだ…」


ナトイレルンは、額の汗をぬぐい、苦笑いした。



残るは…、スチカサート―――…。


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