第9話 カサトファニとの別れ
「マテライダ様…どうやら、カサトファニがサトファリアたちの手に堕ちたと…」
「…ふ。そうか…。計算通りと言う所か…」
「は?とおっしゃいますと?」
「カサトファニは、ユメリスの妹。サトファリアの秘密を知っている。俺の知らない、秘密をな…」
「秘密…でございますか?」
「リンネリチ、ユメリスは今、どうしている?」
「わたくしをマテライダ様の遣いだとは気づかず、いつものように気を許しておいでのご様子です。ですが…、サトファリアの秘密とは…?」
「…まだ、確信がない。しかし、これがもし予想通りなら、サトファリアをこちら側にいざなうことが出来るやも知れん…」
「な、なんと!あのサトファリアを…でございますか?」
「リンネリチ、お前にだけは、話しておこう。ユメリスは…俺の恋人だった…」
「ユメリス様がマテライダ様の!?」
「天界を裏切る時、ユメリスは、酷く俺を止めた。ただ単に、父である天界の王、ラートインスに対する尊敬と裏切る事への反発だと思っていたのだが…」
「違う…とおっしゃられるのですか?」
「…あの時…ユメリスのオーラが、
「そ、そんな、まさか!マテライダ様とユメリス様が離れて、もう数万年。サトファリアが、あのような姿のはずが…」
確かに、天界も魔界も、人間界と同じく、ある程度年齢を重ねると姿形は変わってくるが、多少の違いはある。
右手首の輪輪だ。100年ごとに一輪、増えて行く。これは、<ソーノ・カーメラ>に入っていても、その輪輪は増えて行くのだ。サトファリアの輪輪を、見て、マテライダは、サトファリアの秘密の推測に至ったのだ。しかし、輪輪は、ある程度の魔力、または、知恵を持たぬ者には、天界のものにも、魔界のものにも見ることが出来ない。
「…そう…なんだが…。どことなく…ユメリスに似ている気がしてな…」
そう言った、マテライダの顔は、何処か寂し気で、天界を裏切ったキンリジライの側近であるとは思えぬほど、柔らかい顔だった。そのためか、リンネリチは、マテライダは、サトファリアが自分の娘だと確信しているように思えてならなかった。
そうなると、マテライダは、自分の恋人だけでなく、娘まで、敵に回していることになる。いくら、裏切ったとはいえ、自分の恋人も、娘も、殺さなければならない運命にある…と言える。
「リンネリチ、俺は燃えているのだよ…」
「は?」
「あのくそ天界の王、ラートインスは、俺が魔力を持っていないと分かると、知恵の天使と呼んだ。力を…持たないと…。一見すると、知恵を認めてもらえたのかと思った。しかし…、それは、誰にでも務まる任務しか与えない。そう言う意味だったのだ…」
マテライダは、苦虫を嚙み潰したように歯ぎしりをした。
「その天界の一家でもっとも最強だと言われる魔術師サトファリアが、我が娘で、ラートインス、女王のヘティーナ、その娘、ユメリスと共にサトファリアも、キンリジライ様の為に葬れるなら、天界にいた甲斐があると言うものだ。ラートインスも、ヘティーナもユメリスも…俺は良ーく知っているからな。一人、たった一人、サトファリアだけは、スキルも、潜在能力も、そして、今、どれほどの力をつけているのかも…今は知ることが出来ない」
「な、ならば…どうやって、サトファリアの情報を…?」
「カサトファニを、やった」
「?カサトファニは奴らの手に堕ちたのでは?」
「送り付けてやったのだよ。自分たちが捕まえたと思わせておいてな。サトファリアは意識的にカサトファニを眠らせたと思っている…と思ってる。だが、カサトファニには、数時間で目覚めるよう、キンリジライ様直々に呪文をかけていただいている。…残念ながら、俺には魔力がないからな…」
マテライダは、悔しそうにそう呟いた。そして、こうも続けた。
「だが…、恐らくは、罠だと気づかれるだろうな…」
「何故です?」
「スチカサートだ。彼は、人間界から召喚された、新しい弓の勇者。この数万年、ずーっと人間界とこの世界を繋いできた人間界の魔術師の発祥の根源だ。そのスチカサートは、キンリジライ様がおっしゃるには、魔界で言う、≪知恵の悪魔≫である。そう簡単に、カサトファニを眠らせたからと言って、安心するとは思えん…。だが…カサトファニは確実に、強い。そう簡単に、倒せるかな…?」
そう、マテライダはほくそ笑んだ。
「この子、どうする?一応、眠らせたけど…」
「サトファリア、これは…俺が想像する所でしかないが、罠…ではないだろうか?」
「罠?どういうこと?スチカサート」
「うむ。つい昨日、200匹の魔物を送りこんできたマテライダが、そう簡単に手に堕ちるような相手を2度も続けて送りこんでくるだろうか…。もしかしたら…もしかしたらだが、カサトファニは、眠ったふりをしているだけかも知れない…」
「!!??じゃあ…」
「…貴方たち、想像以上に強いし、マテライダ様も恐れるスチカサートがこんなに早く、マテライダ様の作戦に気付くとは思ってなかったわ!」
草原で、横たえていたカサトファニが、仁王立ちで、3人の背に立っていた。
「カ、カサトファニ!!貴女、いつの間に!!」
「サトファリア!貴女にはここで死んでもらわなければならないの!!マテライダ様に、この私を認めてもらう為に!!」
「ナトイレルン、スチカサート!!逃げて!!」
「な!お前1人で敵うはずが!!」
「カサトファニの標的は私!!ここにいてもあなたたちは邪魔なだけよ!!」
「「なにをー!!このじゃじゃ馬娘!!」」
「うっさい!!本当のことを言ったまで!!貴方たちには、しばらく姿を隠しててもらうわ!!」
「む!無茶だ!!サト…」
「<
ナトイレルンとスチカサートは、空洞に匿われた。
「もう誰も邪魔しないわ。貴女と私、決着をつけましょう。カサトファニ」
「マテライダ様に逆らうものは許さない!!」
カサトファニは右手を大蛇に変え、サトファリアに襲い掛かって来た。人間界で、付け焼刃…とはいえ、呑み込みの早い李襟は、剣術を憶えていた。剣は、ナトイレルンのものだ。襲い掛かってくる大蛇に、剣で対抗するサトファリア。牙が、剣を呑み込もうとする。カサトファニの横っ腹に強い蹴りを一発加えた。一歩、カサトファニが後退する。すかさず、サトファリアは剣でカサトファニの首を狙う。ギリギリで背を逸らせ、その攻撃を避けた。
(く!中々当たらない!!付け焼刃過ぎたか…!?)
迷っている暇はない。大蛇の右手を、サトファリアの首を捉えた。
「ぐあ!!!」
「ふ、これで仕舞だ!」
「…はっ!!」
サトファリアが右足で、カサトファニの右手を蹴り上げた。その蹴りで、なんとか大蛇を首から引き離した。サトファリアの首から、血が滴る。息の上がるサトファリア。そのサトファリアに構わず、カサトファニは攻撃を続ける。サトファリアは防戦一方だ。剣で大蛇の攻撃を何とか跳ね返しているのがやっとだ。武道では、完全にカサトファニに劣っているサトファリアに、蹴りや左手の拳が手負いのサトファリアを襲う。
「はははは!サトファリア!お前もそんなものか!!マテライダ様が恐れる意味が分からぬわ!!これで最後だ!!」
強烈な蹴りが、サトファリアの首にヒットした。
「ぐあっ!!」
ズザ―――ッ!!
っと、もの凄い勢いでサトファリアが滑り倒れた。首に大蛇の傷と、今しがた喰らった蹴りで、相当首の筋がやられた。圧倒的な武術の差で、肋骨すらも、数本折れてしまっていた。
「…マテライダ様がお前の何にそんなに脅かされていたのか…分からないわ。こんな、魔術も、剣術も、武術も、出来損ないじゃない…。こんな女を何故…」
「…何故…か、教えてあげる…わよ!!<
「ぐあ!!」
いきなり、カサトファニがその場に押し付けられるように倒れた。
「こ、これは!圧迫の呪文!?レベル160は無ければ、唱えることは出来ないはず!!」
「いったいわね~…。あんたのせいで、体、ボロボロじゃない。楽に地獄へ行けるとは思わないでよね!私をこんなにしたんだから…!」
圧迫の呪文で、動けないカサトファニ。
「グググ…。キ…貴様…!」
「カサトファニ!貴女は、月から生まれた天使。…だったわよね?」
「ク…っ!」
圧迫に耐えながら、カサトファニは聞き返した。
「何故…っ!それを…っ!?」
「スチカサートの魔境で分かったことよ!今夜、闘う相手が、貴女であることを、スチカサートは知っていた。その時、貴女の首筋に、三日月のあざが見えたわ。それは、月の天使であることを証明する物。そうでしょう!?」
「…何もかも…分かっていたのか…!」
「…カサトファニ…貴女は、マテライダが…すきだったのね…。だから、天界を裏切った…。ユメリス…。そう、私のお母様のことも…」
「…お姉さまは…ユメリスは…!天界を裏切ろうとした時、マテライダ様についてはいかなかった!!最愛の人のはずのマテライダ様を…裏切ったのだ!!」
「それは違う!!お母様は、マテライダに道を誤って欲しくなかっただけよ!キンリジライは、確実に世界を滅ぼすほどの脅威になり、そもそもの、悲しみなき世界を裏切ったのは、キンリジライの方!!マテライダが、キンリジライについて行った時のお母様の悲しみがどれほどだったか、妹の貴女にも解るでしょ!?」
「私は…私は…マテライダ様のお力になれるのであれば…ユメリスの悲しみなど、知ったことではないわ!!」
「……ここまで話しても、無駄ならば…残念だけど、貴女には、月の一部として、消えてもらう…」
「そんなこと、貴様に出来るはずが無かろう!!レベル160そこそこの小娘が!!」
「そうね。貴女がさっきまで闘っていたのは、レベル160そこそこ。でも、カサトファニ…貴女の魔力を吸い取らせてもらうわ!」
「何!?くッ!!離せ――――!!!」
カサトファニが、何とか、圧迫から逃れよとするが…、
「<
「…………………!!!!」
そのまま、カサトファニは動かなくなった。
「カサトファニ。貴女の魔力のレベルは、215…。十分、貴女を月へ戻すことが出来る…。……<
そう、サトファリアが唱えると、静かにカサトファニの体が浮き上がり、月へといざなわれていった。
「…<
「「ぷはぁ!!」」
ナトイレルンとスチカサートの呪文が、解除された。
「「だ、大丈夫だったのか!?サトファリア!!」」
「………」
「な…泣いているのか…?サトファリア…」
スチカサートが、サトファリアの後ろ姿だけを見て、そう呟いた。
「…カサトファニ様…」
<
その人を、葬った、自分の宿命に、サトファリアは、強くなり切れずにいた…。
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