第8話 裏切り再び

「あら、貴方が雲母琥珀くん?初めまして。李襟の母の弥幸みゆきです。あらあら、お見舞いに来てくださったの?ありがとうね」


(こ…琥珀…?)


目が覚めた時、そこは、夕方の5時を回ったところだった。李襟の記憶は、ところどころ途切れている。しかし、ピンチであったことだけは、何となく、覚えていた。


「あの子ったら、今日、朝ね、幾ら起こしても起きなくて…。体は丈夫な方なのに、なんでかしらね。ほほほ」


「お会い、出来ますか?」


「えぇ。勿論。あがって」


「ありがとうございます。失礼します」


コンコン。


「どうぞ」


「目覚めていたのか。大丈夫か?」


「ん…何が…あったんだっけ?」


「大事な話がある」


「なに?」


「実は、今夜から、俺も異世界へ転生することになった」


「え?で、出来るの?」


「異世界では、俺はナトイレルンとして転生していたが、ナトイレルンのレベル値が、中々上がらない。何か、異世界に異変が起こっているのかも知れないんだ。それで、おばあ様に魔境を見てもらい、俺が異世界に行けるかどうか、見ていただいた。そうしたら、俺も行けることが分かったのだ」


「ナトイレルンよりは、役に立つの?」


「…ナトイレルンは信用が無いのだな…」


「だって、あいつ、弱いんだもん!」


「俺は、恐らく弓の勇者として異世界へゆける。雲母家に伝わる魔力は、俺が一番強いと言っても過言ではないだろう。…とおばあ様は言っていた。確かではないが…」


「…確かじゃ…ないのか…」


溜息を吐く李襟。


「昨日は、本当に死ぬかと思ったわ。この時間まで起きられなかったのは、多分、異世界で多大な傷を負ったからだと思う。よく…思い出せなんだけど…」


「昨日のことは、俺が知っている」


「え?でも、琥珀くんは、異世界のことはそんな詳しく憶えてないんじゃ…」


「魔法鏡で、すべてを見ていた。君が、200匹の魔物と勇敢に闘ったこと、針の雨に打たれたこと、そして、自分が弱ったふりをして<輪郭コントールノ>まで魔物たちをおびき寄せ、<トゥート・ブルーチャロ>を使い、一気に葬ったこともな。まったく、サトファリアとしての君はとんでもなく冷静で強い女性のようだ」


「簡単に言ってくれるわね…。おびき寄せるって言ったって、針の雨はさすがに効いたわ。あんの弱々ナトイレルン!!」


「…そのも、魔法鏡で見せてもらった。君は思っていたより、かなり気性の荒い女の様だな…」


「あ…そ、それは…」


「まぁ、それくらいでなくては、魔界を滅ぼすことなど、出来はしないと思うがな…」


「そう…だよね?」


へへへ、と苦笑いする李襟に、琥珀は、こう続けた。


「昨夜、200匹もの魔物が集結したのには、理由があると思う」


「理由?サトファリアを倒す為なんでしょ?」


「マテライダ…と言ったな。マテライダは、サトファリアが自分の娘だということに気付いている可能性がある」


「え!?でも、サトファリアはユメリスによって、<眠部屋ソーノ・カーメラ>で、ずーっと眠らされていたんでしょ?どうやって知ったの?」


「…天界から、またしても裏切り者が出たらしい」


「え!?」


「ユメリスの妹、カサトファニだ」


「い、妹!?」


「カサトファニは、マテライダに惚れていたらしい。そのマテライダに、サトファリアがマテライダとユメリスの娘であることを漏洩したのだ」


「でも、カサトファニにそんなことしてどんな利益が!?」


「ただ単に、マテライダの側にいたい…ということだろう」


「そんな理由で…?」


「だが、マテライダにカサトファニを奪われれば、天界も、簡単には魔界に手出し出来なくなる。カサトファニは、強い魔力を持っている。ユメリスをも超える力だ。それを止められるのは、サトファリアと、ナトイレルン、そして、俺が転生した時に名乗ることとなる、スチカサート…と言う3人によってだけだ」


「でも…カサトファニを説得することは出来なかったの?だって、ずーっとマテライダの所にはいかなかったんでしょう?」


「機を考えていたのだろうな…。サトファリアが目覚め、その強さが、マテライダを脅かすほどの力があると知ったから、ここぞとばかりに天界を裏切ったのだろう…」


「そう…なんだ…」


「そう不安がるな。俺と、ナトイレルンが必ずサトファリアを守る!」


「分かった。でも…200匹の魔物を送り込んできたマテライダが、次はどんな奇襲をかけてくるか…」


「あぁ…それが…おばあ様に魔境を見てもらったのだが、全く異世界が映し出されないと言うのだ。もしかしたら…、魔鏡に入りきらない魔力が、異世界を覆っているのかも知れないな…」


「…作戦も立てられない…ということ?」


「…言ってしまえば…」


「でも…、例え、情報が無くても、サトファリアたちが負ければ世界は滅ぶ。やるしかない!」


「…君の強さは…何処からくる?驚かされてばかりだ…」


「そんなの決まってるじゃない!この数万年で最も優れた魔術師だからよ!!」


「…頼りがいのある女だな。李襟」


「!待って!!何か感じる!!」


「何!?魔物か!?」


「恐らく…。今…夕方の6時半…十分、奴らがやってきてもおかしくはないわ…。何が起きるのか、どんな魔物が襲ってくるのか、それがどれほどの規模なのか…どれも分からないけれど、勝つしかやりようがないわ!!琥珀!今から、転生する!!いける!?」


「あぁ!構わない!!」


「行くわよ!!<転生レインカラナチオーネ>!!」






✽✽✽✽✽






「やっと会えたわね…。サトファリア…」


「!?だ、誰!?」


「ふふ…。ずーっと眠らされていたんだもの…。分からなくても仕方がないわね」


「…まさか…!カサトファニ!?」


「その通りよ。サトファリア…」


「「サトファリア!!」」


「ナトイレルン!スチカサート!近づかないで!!」


「「何!?」」


「この人…何だか、嫌な匂いがする…」


「「に、匂い?」」


「ふ、さすが、サトファリア…。私の魔術は、猛毒ガスを操る魔術。昨日の200匹より、ずーっと手強いわよ?」


(くっ!私はまだ、毒消しの魔術を憶えていない…。どうすれば…)


「サトファリア!何メートル離れれば、毒ガスは届かない!?」


「え!?スチカサート、何をする気!?」


「良いから答えろ!!」


「300メートル…といったところかしら…!」


「…ならば…話は速い…。サトファリア!ナトイレルン!300メートル離れるぞ!!」


「何を言っている!!そんなに離れては、サトファリアの魔術も、俺の剣も使えない!」


「!!わかったわ!!スチカサート!!貴方も急いで!!」


カサトファニに背を向け、3人は、一斉に走り出した。そして、300メートル離れた丘の上に位置した。


「サトファリア!!」


「分かってる!!<プロテーッジェレ>!!」


3人をまあるい円が囲った。その瞬間、スチカサートは、弓で、カサトファニに向かって一本の矢を射た。


「ば!馬鹿な!こんな距離、届くはずが!!」


ヒュ―――ッ!っと、矢がカサトファニに向かって飛んで行く。


(捕らえた!!)


スチカサートは確信を持った…………が!


「<ディレティーレ>!!」


矢が、カサトファニの心臓を捉える一瞬手前で、溶けて消えてしまった。


「「「!!!???」」」


「そんな弱い矢が、私に効くとでも?<瞬間移動テレラスポートロ>!!」


「!!しまった!!」


「「なんだ!?」」


「もう遅い…!」


カサトファニは、瞬間移動で、3人の前に立ちはだかった。


「「「!!!」」」


「お前らは…もう終わりだ…。<猛毒蛇ベルのモルターレ・セレペンテ>!!」


その呪文で、おぞましい、大蛇が現れ、その口から猛毒を吐いた。大蛇は、3人を逃すまいと、体に巻き付き、毒を吐き続けた。


「おっと…いけない。サトファリア…、お前だけは生かしてよこせとマテライダ様に言われている」


そう言うと、カサトファニはサトファリアの口を手でふさぎ、呪文を唱えた。


(<解毒ディジントシカッチオネ>)


口に出すと、サトファリアに真似されかねない。そう思ったカサトファニは、頭の中でその呪文を唱えた。


バタッ!


大蛇の締め付けから、サトファリアだけが解放され、ナトイレルンとスチカサートはどんどん縛り付けられてゆく。その上、大蛇の吐いた毒が体中を巡る。もう、幾許もない。


「<最大限鎖拘束マッシモ・カティーナ・レテニュ>!!」


「ぐっ!?なっ!?」


いきなり、カサトファニの体が強力な鎖で拘束された。


「貴様!どこに呪文を唱える力が残って!?」


「<通信テレパティア>で、<プロテーッジェレ>を使っていたのよ!!毒消しの呪文は分からなかったけど、守備の呪文は知ってたわ。だから、この2人にもをしてもらった。ね?ナトイレルン」


「<コルタール>!!!」


そう叫ぶと、ナトイレルンは、大蛇をいとも簡単に切り刻んだ。


「ど、毒消しは!?」


「私の<通信テレパティア>、舐めないでくれる?仲間に送るだけじゃない。敵の<テレパティア>もできるのよ!!だから、貴方が唱えた<ディジントシカッチオネ>も、<テレパティア>でつかわせてもらったわ!!」


「き、貴様ら――――!!!」


「「「!!!???」」」


「<跳返強化リンバッツァーレ・フォルテメンテ>!!」


そうカサトファニが唱えると、あれほど強く拘束されていた鎖がブチブチと千切れ、あっという間にその身は自由となった。


「サトファリア…。お前の強さはデマではなかったということか…。<通信テレパティア>で毒消しの呪文まで奪われるとはな…。しかし、こうなれば、もうサトファリアには、意識的に死んでもらう!!」


「…それは、貴女の方よ!!」


「何!?」


「私が、あっちの世界でゆるゆる遊んでいるとでも思ってるの!?<意識死滅コンセッサ・エスティンティオネ>!!」


「!!…………――――…」


カサトファニは、その場に倒れ込んだ。


「こ、殺してしまったのか!?」


ナトイレルンが、驚いた。


だけどね♡カサトファニは、情報を得るのに、とっておきの人材よ。そう簡単には殺さない。どうにか、こっちにつける方法を考えて、マテライダ…行く末は魔王キンリジライを倒し、魔界を滅ぼすのに使えるかもしれない。こんな逸材、死なせるなんて馬鹿な足、踏まないわよ!!」





しかし、それは、マテライダの思惑通りの行動であることを、サトファリア、ナトイレルン、スチカサート、そして…カサトファニさえ、知らない出来事だったのだ。

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