第4話 魔界の始まりと李襟の宿命

「ねぇ、雲母くん、一つ、聞いておきたいことがあるんだけど…」


「琥珀で構わない。で、なんだ?」


「じゃあ、琥珀くん、そもそも、いつから魔界は生まれ、そして、今の状態になるまで広まり始めたの?天界は、それを凌ぐ戦士…とか、剣士…とか、それこそ、今、私がやらされている、魔術師とか、いなかったの?」


「うむ。それは、もっともな疑問だな。答えよう。俺も、知るところまで、としか言いようがないんだが…」


「でも、琥珀くんの家は、代々弓道魔術の家なんでしょ?そもそも、そんな家が何故生まれたの?現代と、異世界を繋ぐ必要が何処にあったの?」


「実は、魔界は、そもそも天界の一部だったんだ。しかし、ある時、≪パッジンギアンギョ≫と呼ばれる、後に、使と呼ばれる裏切り者が、複数の部下を連れ、天界を滅ぼさんとしたそうだ。そこで、天界の王が、すぐさまその者たちを倒そうと兵を出したが、彼らは人間界に逃げたのだと言う。そこで、後に魔王として君臨することになる、キンリジライと言う魔物となり果てた天界人が率いる者たちが、人間を襲い出したのだ。そこで、人間を救おうと立ち上がったのが、我が家、雲母家だったのだよ」


「へー…。じゃあ、もともと琥珀くんたちに魔力があった訳じゃないの?」


「あぁ。弓が奴らにてきめんに効いたらしくてな…。それで、魔物たちは異世界へと戻って行ったのだ」


「それで、琥珀くんの家が、魔力を持つようになったってこと?」


「そうだ。天界の王に、また人間界に魔物が現れたら、守ってくれと、言われたらしい。それには、魔術師が必要だ、という話になり、そこに加え、キンリジライが膨大な魔物を生みだしているということを聞き、強い魔術師を探し出すのに、弓道魔術を、雲母家に与えたのだ」


「でも、さっきも言ったけど、天界からは、使者とか遣わされなかったの?」


「キンリジライは、そもそも天界人だからな。天界の弱みをつかまれていたのだ」


「弱み?」


「天界からの勇者や、剣士、魔術師などの情報は、詳しく調べ上げられていた。キンリジライは、使と呼ばれたが、その名の通り、もとは、有能な天使だったんだ。それも、天界の王の側近だったのだよ。天界の動きは、すべて読まれていたんんだ…」


「それで、まだ、未知の力があるかも知れない人間を、異世界へ召喚し、剣士や、魔術師にして、魔界を滅ぼそう…と言うこと?」


「ふん。やはり、纐纈。話が早いな。そう言うことだ」


「でも…なんで、その闘いが、数万年にまで及んでいるの?」


「最初は、簡単に魔物と化したキンリジライを倒せば、残りの魔物たちも芋ずる式に滅ぼせると踏んでいたらしいのだが、キンリジライが、天界を裏切る時、とんでもない魔法を天界の王にかけていたのだ」


「とんでもない魔法?」


「<魔術師不滅マーゴ・インモルターレ>…魔術師の封印だ。これにより、天界の王は、魔術師を一切生み出せなくなったのだ。それで、勇者や、剣士だけに魔界を滅ぼすことを任せるしかなくなってしまった。しかし、魔王となったキンリジライは、己の魔術で、魔界をどんどん広げ、あっという間に天界を脅かすまでに広がったのだ。そこで、天界の王が考えついたのが、人間の異世界への召喚、だったのだ。自分に魔術師を生み出せないのなら、人間界で魔力を持つものに、魔界を滅ぼしてもらうしかない…と」


「でも、琥珀くんの家に魔力が宿ったのは何となく分かるけど、どうして、琥珀くん以外の人に魔力が宿ったの?」


「宿ったのではない。宿したのだ」


「へ?」


「知力と体力を持つ者を選ぶのは容易いが、この弓道魔術に引き付けられるとでも言おうか…。自然と、魔力が宿りやすい人間がいるのだよ。その人間に、射た矢に魔力が込められている。それで、魂に魔力が宿り、魔術師となり、魔界を滅ぼす運命…いや、宿命となるのだ」


「…じゃあ、今まで魔術師として、異世界に行った魔術師たちは?」


「残念ながら、寿命が尽きる…は良い方だ。あからさまに、力及ばず、ほんの数年で魔王にしてやられたものも少なくはない」


「…じゃあ…私も…?」


「いや、それはないだろう」


李襟は、その琥珀のきっぱりとした口調に、一瞬、驚いた。きっと、昨夜、ナトイレルンが、『大馬鹿』と言われた時くらい…。


「な、なんで、そんなことがいえるの?」


「君は、まだ2回、とはいえ、無傷でこの現代に帰ってきている。それは、大変珍しい…いや、ほぼ、不可能に近い」


「ど、どういうこと?」


「現実で負った傷を、異世界でも引きずっただろう?」


「あ、うん…。すごく、痛かった…ような…」


「しかし、君は無傷でこの現実に戻ってきた。素晴らしいとしか言えない」


「そう…なの?」


「あぁ。ほとんどの魔術師は、現代でも、異世界でも、傷を負うと、癒す呪文も使う力も残せぬほど、闘いにおいて重傷を負ったまま、現実に戻ってくるものなのだ」


「でも…って言うことは、私、死ぬかもしれないの?」


「それは、恐らくないだろう」


「え?なんでそんなはっきり…」


「分かるのだよ。君は、今までに召喚された人間の中で、…この数万年の間で、最も優れた魔術師だ。それは、この俺が保証しよう」


「あ、どうも…」


変な所で、照れくさくなる、李襟。


「それでは、今日の放課後から、魔術書を読めるようになってもらう為、家に来てもらおう」


「え?琥珀くんの家に行って良いの?」


「ん?別に構わない。と言うより、俺の家でなくては、特訓は出来ないのだ」


「と…いうと?」


「俺の家には、実際に魔物が現れる」


「えぇぇえええ!!???」





✽✽✽✽✽





「まずは、レベル19の魔物を召喚する。呪文で、まずは拘束するんだ」


「う…うん。やってみる!」


「まずは、悪魔を召喚する。その為、この世界に支障が出ないように、バリアを張ってもらう。魔術書、少しは読めるようになったか?」


「うん。2回目に、異世界に行ったときの記憶が、少し残ってるの。だから、何となく…」


「うむ。では、始めてくれ」


「<プロテーッジェレ>!!」


そう李襟が唱えると、雲母家の周りが、まあるい光で包まれた。


「よし。バリアは張れたようだ。次は、悪魔召喚だ」


「うん!<悪魔召喚ディアーヴォロ・コンヴォカーレ>!!」


その呪文を唱えると同時に、目の前に、角の生えた、魔犬、≪アンゴロ・カーネ・デーモネ≫が現れた。


「恐れるな!纐…」


「<鎖縛付カティーナ・グラーストック>!!」


「ぐっぐわっ!!」


琥珀は、驚かざるを得なかった。恐れるな、と、李襟を落ち着かせようとしたが、李襟は、はなから落ち着き払った毅然とした態度で、なんの躊躇もなく、呪文を唱えた。そして、レベル19もある(転生2,3回目だと、普通はレベル4が相当)魔物を、いとも簡単に鎖の魔術で縛り上げたのだ。


「きっ!貴様!まさか、サトファリアか!?」


「そうね。こちらの世界では、纐纈李襟と言うけれど、この際関係ない。貴方には、地獄に墜ちてもらうわ!!<地獄行アリンフェールノ>!!」


「こ、こんな…2,3回しか我らと闘っていない小娘に…この俺が…!やられるだと!?」


「うるさいわね!さっさとくたばりなさい!!<針雨ピオッツァディアーギ>!!」


そう唱えた瞬間、空から針の雨が降り、鎖で縛り上げられ、地獄の穴に巣込まれようとしている、≪アンゴロ・カーネ・デーモネ≫に針が突き刺さった。


「うぎゃ――――――――!!!!・・・・・・…!!……」


魔物は、地獄へと吸い込まれて行った。


「ふぅ。結構、簡単ね。私、大分魔術書の文字が分かるようになった…よ…。こ…琥珀くん?」


琥珀は、呆然としている。


「どうしたの?琥珀くん」


「琥珀、その娘さん、決して死なせてはならぬぞ…」


「うわ!!」


急に、後ろから、老婆の声がした。


「娘さん、纐纈李襟さんと申したか…。娘さんは、この雲母家が数万年待ち望んでいた逸材に違いなかろう…。魔界を、滅ぼすことが、出来るやも知れん…。琥珀、この娘さんを頼んだぞ」


「あぁ。おばあ様。俺も、そう思っていたところです。この人を失えば、天界を救うことはもう出来ないかも知れない…。魔界に支配されてしまうだろう…」


「そうじゃな…。この雲母家に伝わる事柄すべて、娘さんに叩き込むのじゃ。娘さんには辛く厳しい闘いになることは、間違いないが…。どうか、天界を救ってくだされ…」


「は!はい!!」


自分の力が、どこまで強いのか、本当に、魔物を、魔王を滅ぼせるのか、到底見当はもつかなかったが、やるしかない。そう決めた、李襟だった。

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