第3話 2回目の転生にしていきなりの危機

「昨日の今日で悪いが、での呪文を、覚えてもらわなくてはならない」


「あ、うん。でも、この魔術書、の世界では読めたんだけど、に来たら、なんの文字なのか、どういう能力があるのかが、全く解らないの」


「うん。だから、こっちには、俺が居る」


「え?」


「俺は、実は、家が代々弓道魔術の家なんだ」


「きゅ…弓道魔術?」


「俺の家は、必ず、16歳になると、同学年の女子生徒の中から、異世界で闘える、頭脳と、体力、そして、内に秘めた魔力持つ女子を、弓道で、射当てるんだ。勿論、本人ではない。魔法鏡の中でだ。その魔法鏡の中で的中した女子生徒が、異世界で最も力を発揮できる女子生徒だということになるんだよ」


「でも、私は、異世界なんて、全く知らなかったし、信じてもいなかったよ?それでも、私が適役だ…と?」


「あぁ。弓道魔術で得た情報は、絶対なのだよ。そして、その女性だけが、その時代の異世界を救える、というわけだ」


「でも…えーと…ナ…ナトイレルンだっけ?その人が、雲母くんが異世界の記憶を持っているのを不思議そうにしてたけど…」


「あぁ。これは、俺も聞かされてはいなかった。と言うより、君の力が、ものすごかったと言えるのだろう」


「どういうとこ?」


「俺の記憶さえもこっちの世界に持ってこられるのは、纐纈の力なのだろう、とナトイレルンとやらは言っていた。…と言っても、あちらで言う、俺、なのだがな」


「私が、あちらの世界では、サトファリア…と呼ばれているように?」


「あぁ。本来なら、2人とも、こちらとあちらの世界の記憶は共有しない。そのため、呪文や、魔法、防御や、攻撃などを覚えるのに、大変な労力と、時間を有し、魔界の範囲を広げる魔物たちの行動に、間に合わないこともあった。そして、今、その結果、魔王の力が、最大限になりつつあるのだ。そこで、今までとは、比べ物にならない、頭脳と、体力、魔力を兼ね備えた、君が、この世に生を受けたのだろう。そして、16歳になった今、魔物たちにも、その力の噂が広がり、君を、この世界で殺そう、と考えたのんではないだろうか…」


「しかし、残念ながら、君は、夜しか異世界にいられない。その短い時間で、次々襲い来る魔物から、現実で殺されながら、異世界で魔物を倒し、また、この世で生き返る。それを、繰り返すことになるだろう」


「えぇぇ!!??私、何度も殺されるのぉぉ!!??」


「あぁ」


「…平気な顔で言わないでよ。雲母くん…。私、本当にそんなに力があるの?昨日だって、夢中だっただけで、自分が強かったのかどうか…それすら怪しいよ…」


「問題ない。俺は、魔術については、かなり詳しい。君に伝授することは、容易い。そして、君は間違いなく、逸材だ。いきなり、レベル12の魔物を、たった呪文3つで仕留めてしまった。それも、ごく弱小のはずのレベルの呪文だ。そのレベルの呪文で、あの魔物を倒せたと言うことは、君の魔力の偉大さを物語っていると言っても、過言でもないだろう」


「そ…そうかな…?」


「とにかく、今日から、まず、この世界でも魔術書を読めるように勉強だ。君は頭がいい。楽勝だろう」


「…楽勝って…この分厚い本を、丸々覚えろって言わないよね?」


「当たり前だ。それを覚えきらなければ、到底、魔王は倒せない」


「…そんなぁ…」





✽✽✽✽✽





「あー…眠れない…。当たり前だよなぁ…。これから、また、昨日のように、魔物が私を殺しに来るんだし…」


ベッドの上で、横を向いていた体を、天井に向けた時…。


「!!!キャ――――――――――――!!!!」


「昨日はよくも≪バカラ≫を!!」


≪バカラ≫。どうやら、昨日の魔物の名前らしい。





そして、胸を刺された李襟は、そのまま、異世界に転生した。






✽✽✽✽✽





「くッ!!」


転生すると、そこには、ナトイレルンが、倒れ込んでいる、サトファリアをかばった形で、≪カバッロ・モンストルム≫の頭突きを剣で何とか抑えていた。


「サトファリア!!さっさと呪文を唱えてくれ!!」


「ぐはっ!」


「!?サトファリア!?」


サトファリアは、現実の世界で受けた傷が、異世界に来ても、残っていた。胸のあたりから、血が激しく流れている。


「ふふふ…。ナトイレルン、お前は、サトファリアがいなくては、俺を倒すことは出来まい!!その剣は、サトファリアの強化魔法で、初めて俺に勝てる。そうだろう!?」


「ク…!大丈夫か!?サトファリア!!」


サトファリアは、息も絶え絶えに、呪文を唱えた。


「カ…<鎖拘束カティーナ・レテニュ>!!」


「ぐわっ!!」


≪ガバット・モンストルム≫の体に、鎖が巻き付いた。その一瞬で、ナトイレルンは魔物を切ろうとした。しかし、


「<跳返リンバッツァーレ>!!」


≪ガバット・モンストルム≫が、その鎖を跳ね返した。


「な!なにぃ!!??」


「はっはっはっ!この数万年で最強と謳われる魔術師サトファリアとて、弱っていては、赤子同然。このような魔術、効きはしない!!」


「サトファリア!!立てるか!?とりあえず引くぞ!!」


「…!!!」


サトファリアは、動けない。 


「ゆくぞ!サトファリア!<縛付グラーストック>!!」


≪ガバット・モンストルム≫が、唱えた。


「キャ―――――!!!」


サトファリアの体が、縄で縛り付けられてゆく。その強さは、蛇のように、徐々に巻き付く強さを増し、サトファリアは、もう声も出せない。


「サトファリア!!くそ!どうすれば!!??」


「う…うぅ…ナ…ナトイレルン…剣…を…か、掲げなさい…!!」


「な!何を!?」


「いいから!!ぐっ!!」


「わ、分かった!!」


ナトイレルンが、手に持った剣を、高々と掲げると、サトファリアが、今にも息絶えそうなか細い声で、こう、呪文を唱えた。


「<強化ララッフォツァーレ>!!」


その呪文で、剣が、煌々と輝き出し、ナトイレルンの力も、漲ってきた。


「こ、これは!強化の魔法!いつの間に!!」


「コ…<コルタール>と、唱えなさい…」


「何だって!?もう一度言ってくれ!」


「馬鹿野郎!!一度で聞き取れ!!<コルタール>よ!!大馬鹿ナトイレルン!!」


「そのような元気があれば、心配する必要などなかったか…。よし!<コルタール>!!」


そう唱え、剣で、≪カバッロ・モンストルム≫を切った。


「!!!ぐわ―――――――――――!!!!」


≪カバッロ・モンストルム≫は、もの凄い悲鳴をあげ、真っ二つになり、消えた。


「ふぅ…。は!サトファリア!大丈夫か!?…と言っても大丈夫だとは思うが…」


「何を言ってるの!?ナトイレルン!!死ぬかと思ったわ!!縛り上げられて、息もできなかったんだから!!!」


「すまん、すまん…」


余りの元気さに、ナトイレルンは、少し呆れた。それでも、自分の危機を置いてまで、自分に呪文を授け、見事に勝利に導いたサトファリアに、ナトイレルンは驚きを隠せなかった。


それに、何より驚いたのは、その冷静さだ。死ぬかもしれないのに、自分に何も出来ないなら、出来るナトイレルンに託そう。そう一瞬で判断した、精神的な強さが、余りにも、味方ながら、恐ろしかった。


「とにかく、癒しの呪文を唱えろ」


「そうね。<グアリーレ>…」


そう唱えると、サトファリアの体は、スゥ―ッと、傷が癒えて行った。


「あぁ…死ぬかと思った…」


「その割に、人を大馬鹿呼ばわりする元気はあったのだな…」


「大馬鹿に大馬鹿と言ったまでよ。当たり前でしょ」


「そんな性格だったのか。サトファリア…」


「えぇ。まぁね。猫をかぶるのが、私、得意なの」


「そんなレべルではなかったと思うが…」


ボソッと呟いたナトイレルンに、


「貴方にあの魔物が使った、<縛付グラーストック>を唱えても良いのよ?」


と、サトファリアは不敵に微笑んだ。その微笑みに、背中に何か、冷たいものが流れるのを、ナトイレルンは感じた。


(この娘…本当に魔王を倒すかも知れんな…。この数万年続いた天界と魔界の闘いに、終止符を打つことが、サトファリアならば、出来るやも知れん…)


頭脳。体力。魔力。そして、図太いと言っていいほどの、精神力。これは、今まで召喚してきた人間の誰より、恐れを知らぬ、いや、恐れを恐れぬ、強さだと、ナトイレルンは感心すると同時に、大きな期待を持たざるを得なかった―――…。





✽✽✽✽✽





「…う…。うん…あ、帰って来たんだ…」


李襟は、ベッドの上で呟いた。そして、のろのろと支度をして、家を出た。何だか、学校へ行きたくない。なぜなら―――…。






「纐纈…。お前は、中々どうして、凄い奴だったのだな」


(やっぱり言われた…)


そう。琥珀(ナトイレルン)に、


『大馬鹿!!』


と叫んでしまったことが気に病まれていた。


「あ…あれは…どうしようもなかったって言うか…、焦ってたって言うか…、無我夢中だったって言うか…」


「いやぁ…あんな状況で、よくもあんなに冷静で、的確な指示を出来る魔術師は、見たことがない。自分の命さえ危うかったと言うのに…。やはり、君なら、魔王を倒せるかも知れないな…」


と、琥珀は笑った。



(雲母くんが、ナトイレルンとは違ってよかった…)


自分と、サトファリアはほとんど変わらないが、琥珀は、実際にナトイレルン自身になっているわけではないのだ。呪文や、魔術、知恵、それらをこの現実で習得させるのが、琥珀の役目だからだ。


確かに、異世界の記憶は微かに残ってはいるが、一言一句逃さず…とはいかないらしい。


琥珀に、恋をしている李襟にとっては、ありがたい話であった―――…。

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