第7話清流

ゴォオオオオン!ピューー!!フュー!!

再び強い風に煽られた大河と亜弥は二人ともバランスを崩し、よろけた。


亜弥「やばい!大河くん!一旦ここを離れよう!」

大河「え?」

亜弥は大きい声で「ここを離れよう!」と言うと、大河の元へ急いで駆け寄り腕を掴んだ。

「マジ急ごう」と言いながら慌てた様子の亜弥は

大河を強く引っ張って走り出した。

大河が走りながら「急にどうしたんですか」と尋ねると、

亜弥は「マジでやばい」とだけ言って走るスピードを更に上げた。

大河が少し亜弥に遅れた時、二人の正面から強い向かい風が吹いた。

二人は両腕で自分達の顔を覆い、一歩ずつ足を後退させた。近くに落ちていたゴミや木クズや落ち葉は次々と風で吹き飛ばされていった。

大河はその強風がまるで、幾つもの生き物の声のように「グオーン」「ピュオーン」「キュイーッ」と大きな音を鳴らして二人を威嚇し、ここから逃がすまいとしているように感じた。


亜弥は「清流(セイリュウ)だ」と言ってポケットの中から拳銃を取り出した。

大河は亜弥の姿を見て 「あれが・・・亜弥さんのナバーナか」と思った。

亜弥「大河くん!私の後ろについて走って!」

大河「はい!」

猛烈に吹きつける風の中、勢いよく走り出した亜弥に必死についていった大河は何が起きているのか分からなかった。しかし大河が亜弥の表情から読み取った恐怖という感情は、自分たちに危機が迫っているということを本能的に理解させた。


亜弥の後ろを追いかけて走る大河は、強い向かい風に吹かれているにも関わらず、先ほどよりも走りやすくなっていることに気がついた。

大河「セイリュウってなんですか?」

亜弥は息を荒くしながら「邪意識!レベル5!」と返事をした。

大河「邪意識?レベル5!それって亜弥さんより・・」

その瞬間、大河の顔面に強く固いものがぶつかった。

「痛え!」と言って大河が後ろに倒れると、その上から亜弥が倒れてきた。

大河 (亜弥さん?・・・)

大河はたった今自分の顔にぶつかったのは、亜弥の後頭部だったことに気がついた。

尻餅をついた自分に覆い被さる亜弥を抱えると大河は顔が真っ青になった。

亜弥は目を閉じており、眉毛のあたりはパックリと切れて腫れていた。

大河「亜弥さんっ!!!」

すると大河は更に強い風を感じて、よろけた。

大河は周辺に転がっている、握り拳ほどの大きさの石を見て、何かが亜弥の顔にぶつかったんだと思った。

そして大河の脳裏には、ついさっきした会話の情景がスライドショーの様に浮かんできた。


亜弥「邪意識!レベル5!」

「マジでやばい」

「殺される」


歩夢「アハハハ。レベルの高い邪意識ならな」

「ナバーナを確かめるときは危険レベルが低い邪意識に使うんだ」

大河はその場に落ちていた亜弥の携帯と拳銃を拾うと、

すぐに亜弥を抱えてゆっくりと走りだした。

大河「重っ!」


大河は必死に考えた。

大河「どうしよう!どうしよう!」

(どこに行けばいい?誰から逃げてる?

邪意識?そんなのいたか?

・・・もしかして邪意織って目に見えないのか?

そういえば、どの邪意織を調べても画像が載ってなかった・・・嘘だろ)


大河は一度止まって

「やばい・・・無理だ」と呟いた。


しかし、目をつぶる亜弥を見るとまたすぐにゆっくりと走り出した。

(どうすればいい?とりあえず車停めたところまで行こう)

大河はつい先ほど、亜弥が倒れてきたことを思い出し、大きな岩の影に身を隠した。


大河「てか、車も飛ばされてるかな」

(でも車まで戻ればすぐにここから逃げられるし、そのまま亜弥さんを病院に連れて行ける)

(そもそもこの風はどこから吹いてるんだ?

亜弥さんはどこに向かって走ってたんだ?)


「いや、ちょっと待てよ。風が吹き止むまで待てば良いんじゃん」と言って大河は亜弥の顔を見た。

「いや、ダメだ!めっちゃ血出てる!」

大河は亜弥の額から出た血をハンカチで拭うと

「・・・ナバーナ」と呟いた。


(あの時、亜弥さんはナバーナを持って走った。・・・ってことは戦おうとしたのか?

走った先に邪意識がいるのか?

いや、車に向かって走ったのか?)

大河は右腕につけた腕時計をチラッと見て、

再び記憶を思い出した。

亜弥「大河くんのその腕時計を使って邪意識を解達できたら、それがナバーナだって分かる」

大河「・・・・・・もし、・・・もし違ったら?」

亜弥「殺される」

歩夢「ナバーナを確かめるときは危険レベルが低い邪意識に使うんだ」


大河は真っ青な顔になりながらゴクリと唾を飲んだ。

絵里はにっこりと笑うと大河の顔を見てつぶやいた。


「ずっと見守ってるよ。あんたのすぐ側で」


亜弥「まあ、一応教官だしね。私も」

「ああ、いいよ別に。慣れてるし・・・」

「あー!さっきのお兄さん!どうもこんばんは!何してるんですか?」

絵里「大河もサラリーマンになるということで、かっこいい時計をつけなさい」

「ずっと見守ってるよ。あんたのすぐ側で」


大河は「・・・・・・やるしかない」と呟くと、

拳銃を自分のズボンのポケットにしまい、

亜弥の額から出る血をもう一度拭うと、

亜弥を抱えて立ち上がり、勢いよく走り出した。

大河「うおおおおおおお」

(よく見ろ!何か飛んできたらすぐに避けろ!集中しろ)

大河の目に映る景色は時間がゆっくり流れていた。

(絶対にぶつかるな、転ぶな、亜弥さんを守れ)

大河は息を切らしながら全力で走り、遂に、

風の吹かない場所までたどり着いた。

そこは、大河たちが車を停めた場所のすぐ下にある滝だった。

大河は岩の近くに亜弥を寝かせると立ち上がって大きな声で言った。

大河「おい邪意識!お前を解達する」

大河の前にそびえる滝は大きな音を立てて、

まるで大河を威圧するように勢いよく水が流れていた。

大河「こい!俺のナバーナ!」

大河は右手につけた腕時計を滝に向かってかざしたが、何も起こらなかった。


次の瞬間、滝の上から大きな岩が落ちてきて、

それは滝壺に勢いよく叩きつけられた。

そこに溜まった水と砕けた岩の破片は勢いよく飛び散り、大河をびしょ濡れにしたかと思うと、 霧と土埃を作り、視界を悪くした。

大河は亜弥の方を見ると、そこに亜弥の姿は無くなっていた。

大河「嘘だろ・・・・・」

大河 (終わった・・・俺も死ぬ・・・・)

大河は自分のほっぺたを触ると、手には血がついていた。

大河 (終わる・・)

大河はゆっくりと右手で自分の左胸を触り、

心臓の脈を確かめた。

心臓の鼓動は早くなっているのか、止まっているのか、もう大河には分からなかった。

すると、目の前の霧を照らす一つの光が見えた。

その光は、周囲の視界をどんどんよくしていった。

大河はその光が自分の右腕の動きと連動しているように見えた。


腕時計に目をやると、時計の表面は

チカチカと光を反射していることに気がついた。


亜弥「これだ」

大河「うわああああ!」


亜弥は大河のすぐ近くでしゃがみ、

携帯のライトを大河の腕時計に向けていた。



大河「亜弥さん!!」

亜弥「動くなっ!!!」

亜弥が大きな声を出すと、

大河は体の動きを止めた。

大河の胸の前で止まった腕時計のガラスは、

携帯のライトを一点に反射し続けた。

ゆっくりと、霧が消えて、

あたりが見えるようになると

腕時計から伸びた光は滝のそばの岩を照らしていた。

亜弥が「今だ」というと、

それを合図にしたかのように

ピシャッという眩しい光が大河の視界を真っ白にした。

大河は、「うわ!」と言って瞑った目を

ゆっくり開けるとそこにはチカチカとする視界の中に一人のガタイのいい男が立っていた。


大河にはその人影がカメラのようなものを持っているように見えた。


男「大河くんの家にライター忘れた」

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