第5話山田絵里と大河のナバーナ


トンディンドン トンディンドン トンディンドンディン♪


また携帯のアラームが鳴って大河は目を覚ました。

「おはよう。今のが二回目だ」

「次で三回目のダイブ」

「はい」


大河は再び目を閉じた。

そこには一枚のコインがあった。

コインには世界地図のようなものがデザインされていたが、大河が知っている地形や国はそこにはなかった。

コインはグルグルと回転し、やがて一つの球になった。その球は少しずつ小さくなっていき、最後には黒い小さな点になった。

しばらくすると、黒い小さな点の隣には、もう一つの小さな黒い点が生まれた。

二つの小さな点は一本ずつ、とても細い糸のようなものを互いに向かって伸ばした。

その細い二本の糸はお互いに絡み付き合い、

やがてそこには一本の線ができた。

1本の線は360度回転し始め、それはやがて円に変わった。

その円は次第に厚みを帯び、そこには一枚のコインが生まれた。




トンディンドン トンディンドン トンディンドンディン♪


トンディンドン トンディンドン トンディンドンディン♪


「大河くん。起きて」

歩夢は大河の背中を抱え、上体を起こした。

「なんだったんだ今の夢は」

「次が4回目」

「行けるか?大河くん」

大河は「問題ありません」と言ってから

さっきまでと同じように目を閉じた。


再び目を開けると、大河は高校生の姿になっていた。

ファミレスの角の席に座る4人の男子高校生は、クラスの中で1番可愛い女の子は誰かという話で盛り上がっていた。

「俺は鈴木さんが1番可愛いと思う」

「あー、分かる。可愛いよな。大河アドレス聞いた?」

「いやあ、鈴木さんだけ聞けなかった」

「俺、持ってるよ」

「マジ?!教えて!昼ごはん奢るから」


大河は電車に揺られながら携帯でメッセージを送った。

「高橋からアドレス聞きました。山田大河です。登録よろしく!楽しいクラスにしようぜ!」

するとすぐに返信が来た。

「鈴木紗綾香です。よろしくね!大河くん面白いから楽しいクラスになりそうだなー」


大河はいつのまにか紗綾香の手を握って夜の道を歩いていた。

助手席のドアを開けて紗綾香を先に車に乗せると、大河は運転席に乗り込み車のエンジンを掛けハンドルを握った。

隣から「よし、じゃあやりますか」と言う声が聞こえたあとで

大河は「何やるんだっけ?」と言いながら紗綾香の方を見た。

しかし、そこにいたはずの紗綾香の姿はなくなっていた。


紗綾香を探して車を走らせていると、大河はいつの間にか二人が同棲していた頃のアパートの前に来ていた。

「あ、そうだ。せっかく誕生日ケーキ買ったのに、家にチャッカマンがないんだった」

スーツ姿の大河はケーキの箱を持ったまま近くのコンビニまで歩き、そこで100円のライターを買った。

「なんだろう。俺はこれをどこかで見たような気がする。

こういうのなんて言うんだっけ・・デ・・デ・・」

すると歩夢の声が聞こえた

「デジャベスだ」

「あぁ、そうだ。デジャベスだ。

そういえばこのコンビニ。覚えてる。

いつもここに来るんだよなあ」

大河は家に帰ると、そこには救急車とパトカーが止まっており、人だかりができていた。

そこには救急隊に担架で担がれる紗綾香の姿があった。

大河がその様子を見ていると、担架の上で横向きになった紗綾香と目があった。

すると紗綾香は男のような低い声で

「クローザーじゃない。私を殺したのはクローザーじゃない」と言って担架からゆっくりと降りた。

次の瞬間紗綾香は大河の元に勢いよく走ってきた。

「私を殺したのはお前だぁぁああああ」



「うわああああああ!!!!!」

「悪夢だ」歩夢は慌てた様子で大河の体を起こした。

大河の体は全身が汗でグッショリと濡れていた。

亜弥はすぐに冷蔵庫から水を持ってくるとそれを大河に渡した。

大河は大慌てで水を飲もうとしたが、うまく飲むことができなかった。

「もしかして俺にもピクシーダストが入り込んでるかもしれない」

歩夢は慌てて亜弥に尋ねた

「どうする、やめるか?」

「ありだね。このままじゃトラウマが残る」

「そうだな。一度安静にしよう」

「あれ?でも大河くんって、元々トラウマいっぱい抱えてるよね」

「ああそうだな。ピクシーダストには特に」



トンディンドン トンディンドン トンディンドンディン♪



「おはよう」という歩夢の声が聞こえた。

「次がラスト」

大河の頭は混乱していた「え?夢?」

「次が勝負だぞ大河くん。夢を忘れるな」

大河は眠る前に「あの。お水を貰えますか?」と言ったが

亜弥と歩夢は声を合わせて「ダメ(だ)」と言った。

「ごめんね。眠りにつくまでの時間が伸びるから」

「次に起きた時に好きなだけ飲ませてやる」

「ラスト頑張って」


大河は「そんなことは聞いてない」と思ったが体を再び倒すと、すぐにまた眠りに落ちた。



気がつくと大河は慌てていた。

腕時計を見ると時計の針は4時を回ったところだった。

大河がいたのは見慣れたショッピングモールの屋上だった。

「知ってる。俺はこの夢を知ってる。何度も見たことがある」

すると屋上のドアから一人の慌てた男が入ってきた。

その男に見覚えはなかったが、大河はその男が平和協会の者であると知っていた。

「どうされました?」と尋ねてきた男に向かって大河は大きな声で怒鳴った。

「どうしたもこうしたもないよ!!」

「え?」

「あなたが僕の母を助けてくれなかったんじゃないか!」

「はあ?! 何言ってるんだよいきなり!信じなかったのはお前だろ?」

「ふざけんなよ!俺はお前を呼んでただろ!

なんで解達してくれなかったんだよ!」

大河はそう言った後、このやりとりは

もう既にどこかで何度も経験したように感じた。

そしてこの会話の次に起こることは大河の予想した通りだった。

二人の近くから女性の悲鳴が聞こえてきた。

大河は「俺がやる!」と言うと、向かいにある立体駐車場が見えるところまで走った。

大河の手にはいつの間にか拳銃が握られていた。

立体駐車場にはフェンスを超えて、今まさに飛び降りようとしている絵里の姿が見えた。

大河は大きな声で叫んだ。

「お母さん!待ってて!今、解達するから!」

「大河、何言ってるの?ゲノムって何?」

大河は慌てて絵里に拳銃を向けた。

「これ、打つのか?俺・・・

あれ?これって拳銃だっけ?・・・

ナバーナだっけ?

ナバーナってどうやって使うんだっけ?

このまま打てばいいのか?

誰に向けて打つんだっけ?」


大河が手に握った拳銃を眺めて悩んでいると

絵里は何かを呟いて、その場から飛び降りた。


大河は「うわああああああ」と泣き叫んだあと

これが夢だと気がついた。


「はっ!」と言って大河は目を開いた。

「大丈夫か?」歩夢が大河の体を起こすと

大河はショッピングモールの屋上にあるベンチで横になっていた。

「あれ?亜弥さんは?」

「ああ、今水を買いに行ったよ。

お母さん、助けられなくて残念だったな」

「・・・あの時、・・母に電話していれば」

すると亜弥が「私にでしょ」と言いながら

水の入ったペットボトルを持って帰ってきた。

「後悔があるなら、取りに戻るしかないよ」

亜弥は水をゴクゴクと飲んだ後、カバンの中から拳銃を取り出して大河に渡した。

歩夢は大河の肩を叩き「ドリームダイブだ」と言った。


「これが・・・ナバーナ・・?」

大河は亜弥から拳銃を受け取ると、それは途端に光りを放ち青い煙に姿を変えた。

その煙は亜弥の持っていた回転式のリボルバーから次第にオートマチックピストルに姿を変えていった。形がハッキリとしてくると、その銃には銃口が3つあることが分かった。

握る箇所の上には安全装置ボタンと思われる丸いボタンのようなものがあり、それはまるで紫色の銀河のように光っていた。

亜弥は大河の肩に手を置き

「これがラストダイブだよ」と言った。

それに続いて歩夢も同じように大河のもう片方の肩に手を置き「行ってこい。夢を忘れるな」と言った。


大河は握った銃の安全装置ボタンを押し、

目を瞑った。


目を開けると大河の前には絵里がいた。

「お母さん、帰ってきたよ」

「おかえり」

「ごめん」

絵里は無言で優しく微笑んだ。

「俺が殺したんだ。お母さんも。紗綾香も。

あの時、俺が誰よりも早く二人の変化に気がついていれば。ずっと後悔してたんだ。ずっと伝えたかったんだ。

ごめんねって。ずっと近くにいたはずなのに、愛していたのに。それなのに俺は。

ほんの少しの変化を見落とした。気づいてあげられなかった。

その小さな変化が、ほんの少しの小さな変化がいつの間にか二人の命を奪ったんだ。

水を飲んでるだけだったのに、お母さんも。

紗綾香も。何度も気づける瞬間はあったのに。おかしいなって。どうしたの?って。

なんで俺は気にかけてあげられなかったんだろう。

愛しているのに。

誰よりも愛していたはずなのに。

いつもいつも、二人は俺のほんの小さな変化にも気がついてくれていたのに。

あの時の俺の過ちは知らない間に大きく膨らんじゃったんだ。

でも、もう、見逃さないよ。

これ以上。絶対・・・

二人が残してくれたメッセージ・・・」


絵里はにっこりと笑うと大河の顔を見てつぶやいた

「ずっと見守ってるよ。あんたのすぐ側で」

絵里はその場から飛び降りた。

大きく鈍い音がすると、建物の下から別の女性の悲鳴が響いた。




大河はゆっくりと目を開けた。

亜弥と歩夢は大河をゆっくりと起こした。


「・・・これだ」

大河は夢から覚めて自分の左腕を確認した。

1ヶ月前に擦りむいた傷はもうカサブタになり、

痛みは無くなっていた。左手に付けられた腕時計の数字は15:22を表示していた。


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