第3話テイク リープ
「お客様のお名前と生年月日、お住まいの都道府県をお伺いさせていただけますでしょうか」
通話越しの冷静な声に怒りを感じた大河は乱暴な口調で言った。
「急いでるんです!今すぐ来てくれませんか!
場所は千葉県にあるショッピングモール馬路針(まじはり)店。お願いだから早く来てください!」
「かしこまりました。それではすぐにスタッフを派遣しますので、詳しいお話はスタッフと会いましたらお伝えください。こちらのお電話番号にスタッフ到着後にお電話差し上げられればと思いますがよろしいですか?」
「お願いします。何分で来れますか?」
「最短ですと30分で到着します」
「わかりました。到着したらすぐに電話をください!」
バイクに乗った亜弥は駐車場に入ると
一台の車が大急ぎで門を出て行くのとすれ違った。
「これだから新人さんは。あんなにスピード出したらあんたが人の命奪っちゃうよ」
亜弥はヘルメットを外すと、大きな建物の隣にポツンとある二階建ての建物に入っていった。
ショッピングモールに着いた大河は急いで絵理の姿を探した。
しかし大型のショッピングモールで絵里をすぐに見つけることなど不可能だと分かっていた。
大河は辺りを右往左往したあとで、すぐに頭を抱えて立ち止まった。
"7日目になると高いところから飛び降りる"
数日前に読んだ本に書かれたその言葉を再び思い出した大河は近くにあったエスカレーターを大慌てで駆け上がった。
ショッピングモールの屋上には子供用の遊具がいくつか置かれた広場があった。
大河は汗だくになりながら辺りを見渡したが、絵里の姿は見つからなかった。
大河が再び頭を抱えているとポケットから携帯の通知音が聞こえた。
そこには家族のグループチャットに絵里からのメッセージが表示されていた。
「あんた達、上善如水って知らないでしょ」
「今日は鍋にします。大河も食べたかったら帰ってきてもいいからね。はあと。」
大河はそのメッセージを見た途端、張り詰めていた緊張の糸が切れたかのように全身から力が抜け、その場にドサッと座り込んだ。
「そんなわけないか・・・」
大河は近くのベンチに腰かけて母からのメッセージに返信をした。
「えー、じゃあ本当に帰っちゃおうかな」
すると和彦からすぐに「仕事しろ」とメッセージが届き、大河は笑いそうになった口元を手で隠した。
大きく息を吐き、携帯をポケットにしまおうとした時、大河の知らない電話番号から着信が入った。
「もしもし、平和協会のものです。今ショッピングモールに到着しました。どちらにいらっしゃいますか?!」
大河は「やべえ」と小さく呟いた。
「ああ、そうでしたか。すみません。さっきのは」と言いかけたところで大河は
ここまで急いで来させた人間に、さっきの電話は間違いだったということを申し訳なく感じた。
「あ、いや、場所はショッピングモールの屋上です。そこで待っています。」
数分すると屋上のドアが開き、大河と同じように汗だくになった男が慌てて辺りを探していた。
大河は「あーこちらです」と手を挙げた。
男は、20代前半の若く爽やかな印象だった。
「私、千田一樹(せんだ かずき)と申します。必ずお救いしますので安心してください」
大河は千田から平和協会の名刺を受け取ると、耳の後ろをポリポリとかきながら何を話すべきか考えた。
「あの、実は・・・」と大河が恐る恐る口を開くと、一人の女が悲鳴をあげる声が聞こえた。
「誰か!」
大河は千田との会話を中断して女のそばまで駆け寄ると、彼らがいる屋上の向かいにある立体駐車場から、一人の女性がフェンスを乗り越えている姿が見えた。
それは絵里だった。
大河の目に映る世界はまるで時間の流れが変わったようにゆっくりと動いた。
「ダメだ」と大河が声を漏らした時、
絵里は大河の方を見て何かを言ったように見えた。
次の瞬間、大河の後を追いかけてきた千田が慌てて胸ポケットからナイフのようなものを取り出し、それを絵里に向かって投げた。
しかし、そのナイフのような何かは絵里が立っていたすぐそばのフェンスにあたり、
そのまま建物の下へと落ちていった。
絵里は、真っ青な顔をして固まる千田をチラッと見た後、
その場から飛び降りた。
大きく鈍い音がすると、建物の下からは別の女性の悲鳴が響いた。
真っ暗な部屋でじっと壁を眺める大河の顔は、げっそりとやせ細っていた。
部屋は散らかり、足の踏み場もないほどにゴミとタバコの吸い殻で溢れていた。
部屋で流れるテレビのニュースでは、昨晩、
千田一樹という男が自殺をしたと報道されていた。
部屋に残されたタバコの最後の一本を吸い終わった大河は
「謝りに行かなきゃなあ」とつぶやいてからゆっくりと立ち上がり家を出た。
外は曇り、今にも雨が降りそうだった。
靴を履いたまま大河はゆっくりと海の深いところまで歩いていき、やがて大河は頭の上まで水に浸かった。
「人は死んだらどうなるんだろう
他の人間に生まれ変わるのかな
別の生き物に生まれ変わるのかな
いや・・・そもそも
本当は生まれ変わりなんて ないのかもしれない
ただ そこには何も無くて
何も感じなくなるだけだったりして
・・・でも
それってどんな感じなんだろう
悲しみも恐怖も苦しみも記憶も
全部消えてなくなるのかな
何もないって なんなんだろう」
大河を包む暗闇の中に浮かんできたのは紗綾香の笑った顔だった。
鈴木家と山田家の顔合わせの後、帰り道で和彦は目に涙を浮かべながら言った。
「大河、おめでとう。俺は親父として本当に幸せだよ。俺は何回でもこの人生を歩みたい」
大河は薄れていく意識の中で見る過去の記憶に浸った。
「そういえば昔、親父が言っていたっけ。人は生まれ変わっても、全く同じ人生をただ何度も何度もひたすらに繰り返すんだって。
・・・でも
もしそれが本当なら、この世には報われない人が多すぎる。
それじゃあまるで無限に繰り返される地獄だ。
俺も親父もそうだ。
お母さんも、紗綾香も、紗綾香の家族も。
誰も同じ人生なんて繰り返したくなんかないだろうな」
「じゃあ、意味なんてない?」
暗闇の中に聞こえてきたのは、一人の女性の声だった。
「私たちが出会ったのも、一緒に過ごした時間も、大河が生きたことも、意味なんてない?」
大河はこの声に聞き覚えがあったが
それが誰の声だったのかはもう分からなくなっていた。
「・・・意味?・・・ない?」
「だから親孝行しなさいよ。お母さんより早く死なないでよね」
「大河、おめでとう。俺は親父として本当に幸せだよ」
「私でよければ・・・よろしくお願いします」
大河は息が苦しくなった。
「意味・・・ない・・・・・」
大河は自分の呼吸が止まっていた気がつき、両目を開けると、慌てて海面に顔を出した。
大河は大きく咳きこんだ後、体を大きく広げて小雨の降る曇り空を仰ぎながら海の上に浮かんだ。
「意味ない。なんてことない・・のかな」
空から零れ落ちるその雨粒は
まるで長い間閉じ込められた牢獄から抜け出した人間が初めて浴びた雨のように、大河を暖かく濡らした。
すると浜辺の方から一人の男が服を着たまま海に飛び込んで、大河のところまで泳いできた。
それは和彦だった。
「大河ぁああ!」
「・・・親父?」
浜に腰を下ろした大河と和彦は二人とも泣いていた。
「ふざけんなよバカ息子!」
「ごめん」
「お前まで死んでどうすんだよ!」
「・・・ごめん」
「たのむよ。生きててくれよ」
「ごめん」
「お前まで死んだら、俺一人になっちまうよ」
大河と和彦は大きな声で泣き崩れた。
さっきまでパラパラと降っていた雨は大降りになり二人の男達が大泣きする声をかき消した。
和彦と大河は海から一言も会話をしなかった。
二人をそれぞれ乗せた二台の車は近くにある銭湯の駐車場に入ると、和彦は車から降りてコンビニの袋を大河に渡した。
袋の中には無地のTシャツとパンツが入っていた。
大河は「ありがとう」と言い、それを受け取ると、それからまたしばらく二人の会話は無くなった。
二人は無言のまま銭湯の湯船に浸かった。
大河は、和彦が何を考えいるのだろうと考えたが、きっと和彦も同じように自分が何を考えているのか考えているのだろうが、どんな言葉から切り出すべきなのか考えているのだろうと思った。
しばらくすると、和彦が大河に言った。
「お前の人生だからさ。お前が決めろよ。」
大河は「うん。ありがとう」と言って口と鼻をお湯に沈めた。
二人はまた黙ったまま、しかしお互いに答えを確認し、それが一致したかのように満足した顔で風呂から上がった。
1ヶ月後
大河は駐車場の門をくぐり、大きな建物の隣にポツンとある小さな二階建ての建物に入っていった。
「山田大河と申します。本日からよろしくお願いします」
「よろしくお願いね。山田くん。最初は色々大変だと思うけど、指導員がついて面倒見てくれるから分からないことがあったらなんでも聞いてね。多分もうすぐ来ると思うから」
するとドアの開く音がして、一人の女性の声がした。
それは大河が海で自らの命を絶とうとしたその日に暗闇の中で聞いた女性の声と同じだった。
「おはようございまーす」
「お!キタキタ!彼女が山田くんの指導員、
田中亜弥ちゃんです」
大河・亜弥「終わった・・・」
こうして大河の平和教会の会員としての生活が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます