第8話 気持ちを言葉にする事

「そうですか。

 薫さんは、私が思った通りお優しい方ですね。




 先程のけんちゃんのお父さんの話を聞いて、薫さんがご自身のお父様の事を思い 出したのは、多分その答えをお父様に伝えればよかったと、薫さんがずっと心の中で気にしていたからだと思いますよ。



 だから再婚の話を聞いた時に、自然に連想してしまったのだと思います。




 ふむ。



 どうやら薫さんは、お優しいあまりに自分の気持ちや考えを素直に相手に伝える事が、少し苦手なようですね。


 きっとその原因は、自分が話した事を相手がどのように思うのかをあれこれ心配するのが先になってしまって、素直な自分の気持ちを口に出せなくなってしまうようです。



 今日お会いしてから、ここまで一緒に話していた薫さんの態度を見ていてそう思ったんです。



 でもね、薫さん。お父様に気持ちを伝えられなかった事を、そんな風にずっと気にかけているのなら、やはりそのうち機会を作って、ちゃんとお父様にお話ができるといいと私は思いますよ。



 なぜって、『』ですからね。




 それは、思っていてもとても恥ずかしくてなかなか相手に伝えられないような気持ちを伝える事だけではありませんよ。



 普段何気なく考えている事とか、相手が家族や親しい間柄だから、言わなくっても当然分かってくれているだろうと思って伝えない事だって含まれているのですよ。



 そう。

 日常生活で感じている感謝の気持ちやお礼の気持ち、簡単に伝えようと思えば伝えられる事ですが、つい言いそびれてしまうようなこの言葉も同じなんです。




 自分と他人は、それぞれが違う考え方をする生き物なのだという事をどんな時も忘れずに、まず言葉に出して気持ちや考えを相手に伝える事をしなくてはいけませんよ。




 




 ただし、負の感情については、伝えることに、注意をしなければいけませんよ。




 そもそも言葉には、古代から『言霊ことだま』があるとも言われていますからね。


 一旦言葉として発すると、その言葉に宿る摩訶不思議な力、つまり発せられた言葉の内容どおりの状態に実現する力が、言葉にはあると信じられていましたから。




 なんだか、最後の言霊の話は、魔法と言うより、おまじないの話のようになってきてしまいましたね。


 すみません。ついおしゃべりが過ぎて、余計な怖いお話も付け加えてしまいましたね。



 薫さんが、これから自分の気持ちをお父様に伝えるようになって欲しくて話し始めたつもりでしたが、話題が負の感情という横道に入ってしまって、かえって萎縮させてしまいましたね。


 薫さん、本当にごめんなさいね。」


 姫子が話題がずれてしまった事を申し訳なさそうに言った。






 「いいえ、そんな。ずれてなんていないと思います。

  大切なお話をして下さって、どうもありがとうございました。




  そうなんですよね。


  私は、思っていることをつい飲み込んで、そのまま相手に言わないことが多いんです。


 やっぱり姫子さんって洞察力が優れていますね。さっきのけんちゃんの事や、私の性格の事、さすがです。



 今日姫子さんのお話を聞いて、私はすっかり姫子さんの魅力的な存在の虜になってしまいましたわ。


 姫子さん、今かなり頑張って自分の気持ちを姫子さんに伝えてみました。

 いかがでした?」


薫が俯いて、はにかんだ笑顔を浮かべながら、姫子に言った。


「薫さん、とても嬉しいです。気持ちを素直に伝えて下さって、どうもありがとうございます。


 ええ、とても頑張って気持ちを伝えて下さったおかげで、私も薫さんの事がますます大好きになりましたよ。


 初対面ですぐに仲良くなれそうだと思える方と出会えるのは、とても珍しい事なんですよ。ありがとう、薫さん。」

姫子は嬉しそうに薫を見つめながら答えていた。



「あら、それはきっとほとんどが姫子さんのおかげですわ。

 私は初対面の方とは、普段ほとんど口をきけませんから。


 そもそも初対面の方だけじゃありません。家族にだって思った事をちゃんと伝えていませんでした。


 そんな私の事を、人見知りで物静かな性格と兄は言っていますが、私は自分ではそんな事ないのにといつも思っていました。

 

 確かに人見知りかもしれないですけれど、本当は物静かなんかじゃありませんのよ、私。だって心の中では、かなり喜怒哀楽がしっかりと出ていますから。




 でも、姫子さんのお話を聞いて、思いました。


 いつも私は言葉に出さずに心の中で考えてばかりだったから、私の性格も兄にちゃんと伝わっていなかったのですよね、きっと。」


 薫が姫子の話を聞いて、しみじみと言った。


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