ムカつく99階ビル依存症の人

ちびまるフォイ

神の怒り

「ふっ……やはり、99階の眺めはいつ見てもいい……!」


カーテンを開ければガラス越しに街並みが一望できる。

この眺めこそが財を成した勝者の特権だ。


ピンポーン。


「……なんだ? 来客の予定はなかったはずだが」


インターホンを見てみると、配達員がカメラに映っていた。


『お荷物です』


「99階まで登って玄関の前に置いてくれ」


『はーーい。玄関に置いときますね』


「あ、おい! ちがう! 99階の玄関だ!」


宅配業者は最後まで聞かず、そのまま玄関に荷物を置いてしまった。


「まったく……これだから一般人は困る……!

 私ほどの人間がわざわざ1階まで降りろっていうのか」


しぶしぶ玄関を出てエレベーターを呼ぶ。

高速エレベーターがぐんぐん下の階に進んでいく。


「な、なんだ……か、からだがおかしい……!!」


体の関節が急に痛み始めた。息も苦しい。

頭が痛い。体が今にも爆発しそうだ。


「あっ……がっ……!!」


立つこともできなくなりエレベーターでそのまま倒れてしまった。

次に目を覚ましたのは自宅のベッドだった。


「ああ……なんだ、悪い夢だったのか……。

 エレベーターの中で死んだかと思った」


額に浮かんだ汗を拭っていると、ベッド脇に医者が座っていた。


「夢じゃないですよ。あなたはエレベーターで倒れていたんです」


「え?」


「もう少しで死ぬところでした。運が良かった。

 たまたま51階でエレベーターに乗る人がいてよかった」


「そいつが助けてくれたのか。

 まあ、世界を回している偉人を救うのが

 おろかな一般人がするべき最低限のことだろうが」


「人への感謝ができない人間にろくな結末はありませんよ。

 それより、あなたは高階層依存症という病気なんです。

 みだりにエレベーターに乗らないでください」


「高階層……依存症?」


「あなた、これまで高いビルにしか住んでいなかったでしょう?」


「ああそうだ。最初は30階の最上階。次は50階。

 その次は80階。そして今、99階に住んでいる。

 高い階層は人生の成功の象徴だからな」


「そうやって上にいけばいくほど、体が高い階層に慣れてしまうんです。

 一気に下に行くと体が耐えきれない状態になんですよ」


「天界人がわざわざ地上に降りることはないからな」


「とにかく、少しずつ低い階に行くようにしてください。

 今のあなたは50階以下に行った瞬間に死にますから」


「なんでそんなことを?

 今回はたまたまバカな宅配業者が1階に荷物を置いただけ。

 病気のことを知ってれば自分で取りにいかなかったさ」


医者は馬鹿につける薬は無いと諦めて出ていった。

この手の扱いには慣れている。


自分が最初に会社を作ったときもおろかな愚民どもは

その功績を理解できずに「バカだ」と笑っていた。


ところが結果はどうだ。


いまや私は99階に住み、かつて自分を笑ったバカどもを

こうして窓から下に見下ろすことができる。


どちらが本当の勝利者なのかは明らかだ。


「そういえば……結局、荷物はなんだったんだ?」


使用人を使って届いた荷物を取りにいかせると、

届いていたのは熱気球だった。意味がわからない。



それから数日が経過した。


自分の病気を知っても特に生活で不都合はない。

テレビでは一般人に向けてニュースが放送されている。


『今日の天気は夜にかけて荒れ模様。

 明日の朝には雨は止むでしょう』


「一般人はわざわざ外に出かけるから大変だなぁ」


見下ろした景色の中で、アリのようにせわしなく動く人々を眺めた。


50階以下に降りれなくなったとしても、

食事や荷物は宅配で届ければいい。


仕事もネットがあればわざわざ出向く必要なんて無い。

天気に一喜一憂しながら、わざわざ外を歩くほどバカではない。


「私は低い階層に降りることができなくなったんじゃない。

 高階層に順応した新人類なんだ! はっはっは!!」


今日も世界の長者番付に載っている自分の名前を見てから眠りについた。

うとうとし始めたときだった。



ジリリリ!!



目覚ましよりもバカでかい音がビル中に響いた。


「なんだ、騒がしい」


布団から体を起こすと、ビルに緊急放送が鳴り響いた。


『火事です! みなさん、落ち着いて外に出てください!』


「か、火事だって?」


ベランダへ出て、下の方を眺める。

夜の闇を切り裂くオレンジのあかあかとした炎が上がっていた。


「なんてことだ。こんなところで私という人類の財産が失われてたまるか」


寝間着のまま玄関を出てエレベーターを呼ぶ。

エレベーターが来たときにハッとした。


「……まずいぞ、私は50階より下に降りられない……」


また前みたいに気絶してしまうだろう。

そうなればエレベーターが火元の低階層まで体を運んだまま、カゴの中で蒸し焼きになるだろう。


「階段! 階段なら少しずつ降りれる……いやダメだ」


99階から1階まで階段をちまちま降りてどうなる。

すっかり炎に包まれた低階層で鉢合わせするだろう。


「炎が99階まで登る前に消火されることを祈るしかないのか……?」


窓から外を眺める。

高層ビルが燃えるさまをスマホで撮影するアホな野次馬が多すぎて消防車が通行止めになっている。


それにここは高層ビル街で道路も狭い。

消火をするにも時間がかかるだろう。


のんびり99階で待っているのは自殺行為だ。


「そ、そうだ! ヘリ! 屋上にヘリがあった!」


もしものときのためにとヘリを用意していた。

やっと使うタイミングが来たと屋上に向かう。


「ようし、燃料もあるし風もない。完璧だ!」


ヘリの後部座席に座る。

これでこの地獄からおさらばだ。



「運転手いねぇぇぇ!!」



いつも使っている使用人はいち早く脱出したようで、

ヘリを操縦してくれる人はいなかった。


もちろん私も操縦などできない。

電子レンジすら扱うことができないのだから。


「くっそまずいぞ。このままでは……!」


まだ炎は99階まで届いていないものの、煙が徐々に部屋まで入ってきている。

炎で焼かれなくても煙で死んでしまう危険もある。


「長居はできない……! なにかないか……そうだ、ジップライン!」


ハリウッド映画でビルとビルの間をワイヤーでつなぎジップラインで移動する。

そんなシーンに憧れて買ったジップラインがあったのを思い出した。


幸いにもここは高層ビル郡。

別のビルに飛び移れば問題はない。


「ジップライン発射!」


ジップラインの先を隣のビルに渡した。

99階よりは低いビルだが50階よりは高い。

まだ私の体が耐えられる階層。


ハーネスで体を固定し、いざ脱出しようと踏み出す瞬間。


下で燃える炎がいっそう強くなりジップラインのルートを阻むように燃え上がった。


「うわわ! ストップ! ストップ!!」


もし、一歩でも踏み出してジップラインで移動していたら

炎の中に体をつっこみ骨まで燃え尽きるところだった。


「くそ! これもだめか!」


ますます炎が強くなりルートを塞いでしまった。


道路にははしご車や落ちた人を受け止めるクッションが広げられている。

だが、私が飛び出せば50階以下まで下がった時点で死ぬ。


「こんなことなら、50階以下に降りる訓練をしておけば……!」


愚鈍な一般人のアドバイスを真に受けそうになったとき、

自分に届いた荷物をふと思い出した。


「気球……そうだ! まだあれがあった!!」


かつて宅配で届けられた謎の熱気球。

今はもうなんで買ったのか理由を思い出せない。


だが今こうして最後の脱出道具として日の目を見ている。


「道具も一式そろっている。使い方も……そう難しくなさそうだ」


幸いにも周りは炎が燃え上がっている。

熱気球が99階より上に避難するには十分すぎるロケーション。


屋上へ気球を持っていく。


「私は一般人とはちがい、他の人の手など借りる必要はない!

 こうして一人で脱出できるのだ!!」


熱気球を点火すると、徐々に自分をのせたカゴが浮く。

気球はぐんぐん上がっていき炎に包まれたビルが小さくなる。


「あっはっは! 脱出成功だ!! 私の勝ちだーー!!」


気球から身を乗り出し、燃えるビルに手を振った。

気球はぐんぐん高度を上げていった。


そして。



雷雲に近づいた気球へ落雷が直撃。


カミナリのすぐ後に降り出した大雨が火事をすぐに消し止めたという。

気球のその後は誰もしらない……。

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