第5話 彼と私の距離問題

「佳奈ちゃん、ポップな感じで女の子らしくて可愛いね」

「そ、そうかな?」


 優樹君にほめられ、私ははにかんだ。

 実のところ、私は配色を気にするタイプだ。今日は新緑の季節をイメージして白のミニスカートにピンクのタンク、深緑のカラーシャツを合わせてみた。もし女の子らしかったとすれば、それは結果だ。


 まあ、私の勝手なこだわりなんだけど。


 すると只野が、「じゃあ入るか」とみんなに声をかけた。そして、さりげなく私の隣に並んで耳打ちする。

 

「今日は五月さつきカラーだな。眞辺らしいじゃん」

「ほんと?」

「うん。みたい」


 ねりきりとは、芸術性の高い上生菓子の一種だ。季節をイメージした色鮮やかなものが多い。

 そんな上生菓子みたいって──。いやちょっと、それ褒めてんの?

 褒め言葉としてはありえない。でも、なぜか優樹君の言葉より私は嬉しかった。




 雑貨店はアロマのいい香りが充満していて、棚には可愛い雑貨がところ狭しと並んでいた。

 私たちは、入ってすぐに子供用品が揃う一画に向かう。小さくて可愛いグッズがいっぱいあって、正直どれにしようか目移りした。


 優樹君の提案で分かれて見て回ることになり、一人であれこれ悩みながら商品を見て回ることしばし、優樹君が私の隣に来た。


「どう? なにかいいのあった?」

「うーん、これだけ」


 私の手には、ふわふわのクマのぬいぐるみが一つあるだけだ。優樹君はなにも持っていなくて、彼もなにがいいのか分からない様子だった。


「音の鳴るものもいいかなあって見ていたところなの」

「ああ、いいかもね」


 言いながら優樹君がさらに体を寄せてきた。なんとなく距離が近い。腕がうっすらと触れ合っている距離にすごくドキドキして、私はクマのぬいぐるみをぎゅっと握りしめた。

 優樹君ってば、本当にぐいぐいと強引にくる。よくある小説のイケメンキャラも彼のように強引なところがあるし、攻め方としては間違っていないのかもしれない。


 でも──。


 あきらかに居心地の悪さを感じて、私はたまらず距離を空けた。

 優樹君の横顔がすっとこわばる。直感的に怒らせたと思った。


 さすがに今、あからさまだった……かな?


 その時、


「なあ、これどうだ?」


 気まずくなって息が詰まりそうになる私の耳に只野の声が響いた。

 私はすぐさま彼のもとへ駆け寄った。正直、本当に助かった。再び優樹君に距離を詰められたら、逃げられないと思ったからだ。


 私が只野のもとに到着すると、彼はいいものを見つけたとばかりに顔を輝かせた。


「ほら、スタイ。いろいろあるし、いいんじゃね?」

「スタイって、よだれかけ?」

「うん。個人差あるんだけど、大なり小なりいると思う。言わば消耗品だな、これ」

「そうなの?」

「桃花なんか、よだれがすごくてすぐにべちゃべちゃにしてた。離乳食が始まると、これまた汚れ出して──、」

「すごい説得力ある。うん、これいくつか選ぼう」


 ちらりと置いてきた優樹君を見る。彼はこちらに来そうにない。ただ黙って目の前の雑貨をじっと見ていた。

 ちくりと胸が痛んだけど、彼の隣にもう一度立つのは、なんとなく勇気がいる。それで私は、目の前の買い物に専念することにした。


 スタイは、男の子っぽいものや女の子っぽいもの、ぬいぐるみと合体したようなもの、ポケットがついたもの、見れば見るほどいろいろある。 

 あまりにいろいろあるものだから、選んでいるうちに夢中になってしまい、気がつくと只野との距離がすごく近くなっていた。

 あっと思った時にはもう遅い。私の腕が彼の腕に当たってしまった。


「ああ、ごめん」


 只野が変わらない調子ですっと私との間隔を空けた。私も彼につられて「ごめん」と謝る。同時にすごくほっとした。


 そう、この距離だ。近すぎず、遠すぎず、お互いに仲良くできる距離。でも、ちょっと物足りない距離。只野はよく分かっている。


「やっぱり只野に来てもらって良かった」


 思わず素直な気持ちを口にすると、只野が「感謝しろよ」と茶化してきた。

 たぶん彼は、私がプレゼント選びのことを言っているのだと勘違いしている。でも、悔しいのでそこは訂正してやらない。


 私たちは、クマのぬいぐるみとスタイ、そして梨子ちゃんが選んだ子供用のマグカップを買うことにした。

 結局、優樹君は「俺は分からないから」と言って、なにも選ばなかった。




 帰り道、優樹君が急に私を家まで送ると言い出した。

 只野が「俺んちの近くだから大丈夫」とやんわり断ってくれたが、優樹君は絶対に私を送ると譲らなかった。

 正直、店内で強引なことをしてきたし、ちょっと嫌だなと私は思った。でも、断る理由もなくて、押される形で一緒に帰ることになった。


 梨子ちゃんと別れ、三人でバスに乗る。バスの中では、たあいもないことを話し合って、あっという間に降車するバス停に着いた。


「じゃあ俺はこっちだから」


 只野がちらりと目配せを送ってきた。彼なりに気になるらしい。

 でも、只野を引き止める理由もないし、私はあえて元気な笑顔を彼に返した。

 只野は軽く笑うと、さっと背を向け行ってしまった。


「で、佳奈ちゃんの家はどっち?」


 小さくなっていく只野の背中を見送る私の頭に、優樹君の声が落ちてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る