第4話 王子からのお誘い
その週は、それからなに事もなくいつもの通り過ぎた。
ただ、なんとなく優樹君から話しかけてこられるようになって、私たちは少しずつお互いのことを話すようになった。
優樹君のお父さんは全国企業の支社長さん。日本全国どころか海外にも出張に行くことがあるらしい。そしてお母さんは悠々自適な専業主婦。趣味は料理とフラワーアレンジメントって聞いた時には、私の母親の趣味は韓流ドラマだなんて口が裂けても言えなかった。
さすが王子、毎日あくせく働くうちの両親とは優雅さが違う。
それでも私の家のことを聞きたがったので、少しだけ話をした。和菓子屋をやっていて、只野のお父さんがうちの菓子職人であること。だから只野とは、幼馴染みのような仲であることも。
そして今週もこれで終わりとなる金曜日、昼休みに梨子ちゃんと話をしていると、優樹君が声をかけてきた。
「ねえ、佳奈ちゃん。今度の日曜日って空いてる?」
「日曜日? うん、大丈夫だけど……」
なんだろうと思いながら答えると、優樹君が「やった!」って嬉しそうに笑った。
「この前、担任の今川先生んとこに男の赤ちゃんが生まれたから、クラスのみんなで何かプレゼントしたらどうかっていう話をしたと思うんだけど、」
「ああ、そんなこと言ってたね」
「俺が買い物を引き受けることにしたんだけど、良かったら俺と一緒に選んでくれない?」
「私が?」
「うん。ほら、女の子だし、赤ちゃんが気に入りそうなもの分かるだろうなって思って」
「……」
王子とお出かけって、マジですか?
優樹君からのまさかの誘い。今から何を着て行こうかと、私の気持ちは一気に舞い上がった。
だけど、赤ちゃんが気に入りそうなものって?
私は、思わず率直な意見を口にしてしまった。
「じゃあさ、只野も誘わない?」
「え? 只野?」
優樹君が戸惑った顔を返してきた。私は、「うん」と大きくうなずいた。
「只野んち、小さい子いるんだよね」
彼には弟と妹がそれぞれ二人いる。末っ子の昴ちゃんは、ただいま二才児のめっちゃ可愛い時期である。
私は優樹君に只野の兄弟構成を教えた。
「だから、只野ならきっと詳しいと思う」
「でも──、俺は佳奈ちゃんに選んでほしいんだけど? 女の子のセンスでさ」
優樹君がねだるような目を返してくる。
その目は反則だとドギマギしつつ、心の中がまたしてもモヤッとしていることに私は気づいた。
でも、モヤモヤの正体が分からない。だって、優樹君は私に選んでほしいって言ってるだけで。
それに、王子と二人で買い物なんて、こんなチャンスは二度とない。
でも、やっぱりしっくりこなくて、私は只野に声をかけた。
「ねえ、只野!」
「……なんだ?」
只野が優樹君を気にしながらこちらに歩み寄ってきた。
「この前、先生んちの出産祝いをみんなでプレゼントって話があったと思うけど、只野んち、昴ちゃんいるじゃん? なんかおすすめってある?」
「うーん、実用的なもの? 難しいぞ。男だからって男用のおもちゃを気に入るとは限らないし」
「そうなの? 只野君」
黙ってことのなり行きを見守っていた梨子ちゃんが興味津々な声を上げた。只野が当然のようにうなずき返す。
「昴なんて、リボンのついたピンクのウサギのぬいぐるみを絶対に離さないぞ」
「へえ、そうなんだあ」
「あのリボンとか耳とかの触り心地がいいらしいんだよなあ」
「やっぱり、あんたが一番詳しい気がする。只野も一緒に選びに行こうよ」
「うん、まあいいけど……」
只野がちらりと優樹君を見た。珍しく優樹君を気遣う素振りを見せる彼を見て、私はハッとした。
あ、そうか。この話は、買い物を引き受けた優樹君が決めることだった。
ちょっと出すぎたと反省しつつ、それでも只野がいた方が安心なので、私も優樹君の顔色を伺う。
すると、優樹君がにこりと爽やかに笑った。
「分かった、いいよ。じゃあ俺と只野と──」
「梨子ちゃんも一緒に行こ?」
「私も?」
「いいね。じゃあ、この四人で見に行くということでいいかな?」
こうして日曜日、駅近くにある雑貨屋さんの前に私たち四人は集まることになった。
そして当日の日曜日。
私は集合時間ギリギリになってしまった。店の前には、すでに三人が待っている。
「ご、ごめん! 遅くなっちゃって」
肩で息をし、両膝に手をついて、私は開口一番みんなに謝った。
正直、思った以上に準備に手間取った。こうして私服で会うのは只野以外は初めてで、なにを着ていこうかといろいろ悩んだのだ。
「佳奈ちゃん、来てくれてありがとう」
「全然いいよ」
笑顔の優樹君に出迎えられ、私はほっと息をつく。
彼は細身のグレーのパンツに赤茶のTシャツ、そこにバンドカラーの白いシャツを羽織っていて、いつもよりずっと大人びて見える。
一方、梨子ちゃんは青色が爽やかな大きな襟のブラウスワンピ姿で、ふわふわと優しい彼女のイメージにぴったりだった。
「眞辺、遅えよ」
そして、只野。彼はピンクのパーカーにカーキのカーゴパンツ姿だ。ラフな格好が彼らしいけれど、ぶっちゃけ見慣れ過ぎてなにも感じない。
すると優樹君が私の姿を見て、思いっきり顔をほころばせた。
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