第2話 王子と幼馴染み

「玄関で待ってても来ないから迎えに来た。時間差、意味ないじゃん」

「あ、ごめん。只野」


 完全に忘れていた。今日は、只野と一緒に帰る約束をしていたのだ。

 ただ一緒に教室を出るのは目立つので、玄関で落ち合うことにして、それぞれ時間差で教室を出ることにしていたわけだ。


 彼とは同じ中学校の出身で家も近い。それもそのはずで、彼の父親は、私の両親が経営する和菓子屋の代々の菓子職人さんなのだ。

 小さい頃から父親に連れられてうちの菓子工房に出入りしている彼も、ゆくゆくは菓子職人になるつもりらしい。

 だから、只野とは小さい頃からの付き合いで、こうやって一緒に帰ることもしばしばである。ただ、それ以上なにがあるわけでもく、彼とは幼馴染みのような腐れ縁だ。それなのに、中学の頃はいろいろからかわれて、嫌な思いもした。彼氏ができなかった理由の一つだとも私は思っている。


「さすがにバスに乗り遅れちまう。急ぐぞ」


 只野は、優樹君の存在なんて無視するかのようにこちらを急かしてくる。当然ながら優樹君は不機嫌さも含んだ怪訝な顔で只野を見た。


「ええと、只野君だったよね? 眞辺さんとは?」

「あん? 只野でいいぞ。俺は、こいつの──」

同中おなちゅうの友達! 親同士が知り合いで! ほらっ、帰る方向も一緒だから!」


 私は只野の言葉に被せるように言って、強引に彼を黙らせた。只野がジトッとこちらをにらんできたが、それは無視だ。

 それに、これで時間切れである。只野が来た以上、告白タイムの延長はあり得ない。


「ごめんね、優樹君。ちょっと急ぐから帰るね」

「──じゃあさ、お試しってことでどう?」

「え?」


 帰ると言った私を、只野がいるこの状況で、優樹君が食い下がって引き止めた。

 只野をちらりと見ながら笑う彼の顔は、どきっとするほど余裕たっぷりで格好いい。


 初めて見た時から思ってたけど、今日もずっと思ってたけど、という名のとおり完璧な王子系男子ってやつだ。


 それで私が彼に見とれて返事もできずに呆けていると、隣で只野がふんっと小さく鼻を鳴らした。


「一応、考えといてやるよ」

「ちょっと只野っ、あんたが勝手に答えないでよ!」


 しかし只野はもう聞いていない。くるりと踵を返してすたすたと歩き始めた。あわわとなって、私は視界から消えていく只野を目で追いかけながら優樹君を見る。優樹君がふわりと優しい笑みを浮かべた。


「じゃあ返事を待ってるから。その時は、あいつとじゃなく俺と一緒に帰ろう」

「……!」


 ムリ! もう、これ以上の王子対応はムリ!

 私は黙って大きなお辞儀を彼に返し、そのまま教室を飛び出した。


 それから私は、大慌てで只野の背中を追いかけた。彼はすでに170を越える長身で、彼の一歩は私の二歩分ある。このハンデは、日常生活でジャブのように効いてくることをたぶん彼は知らない。


「待ってよ、只野!」


 やっとのこと彼に追いつき、私は声をかけた。只野が少し歩調を緩め、私の歩く速度に合わせてくれた。

 ややして、只野が前を見つめたまま独り言のように呟いた。


「なんだ、あの王司ってやつ。いきなりおまえに告白かよ」

「き、聞いてたの?!」

「状況を見れば、バカでも分かる。しかも別れ際に『お試し』って言ってただろ」

「あ──」


 最後に言われたセリフを思い出し、私は思わず顔を赤くする。只野が呆れた様子で肩をすくめた。


「やっだね~。高校デビューのお子さまは」

「誰が高校デビューよっ」


 ちなみに、只野は4月2日生まれである。誰よりも早く16才となった彼は、私とまる一年違う。だから、なにかにつけて彼は私を子供扱いしてくるのだが、それが私には腹立たしい。

 だいたい、優樹君の告白は只野には関係のないことだ。


「只野、絶対に邪魔をしないでよ」

「まさか、に付き合うつもりかよ。どんなヤツかも分からないのに?」


 只野が信じられないといった顔を向けてきた。私はむっと彼をにらみ返した。


「今から分かればいいだけじゃない。優樹君もそう言ってくれた」

「マジか、」

「こんなこと、高校三年間──いや、人生の中でも何度あるか分からないんだから」


 あんな王子系男子が私に声をかけてくるなんて、たぶん二度とない。

 これは絶対にものにしないといけないチャンスだ。


「私はね、甘~い恋に憧れてるの」

「……呆れてものも言えねえわ。眞辺には絶対に無理だし、」

「そんなの分からないでしょっ」

「へいへい」


 只野が一方的に会話を打ちきり、ふいっと顔をそらして大股で歩き始める。ちなみに、今度の彼の歩幅は、私の歩幅の二歩半だ。


「ちょっと、そんなに大股で歩かないでよっ」

「おまえのおかげでバスに乗り遅れそうなんだよ」


 そっけなく言って只野はさっさと歩いていく。私はほぼ競歩のような足運びで彼のあとを追いかけた。

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