第36話
「どういうことかしら、餌を手放せと……彼は言っていたけれど」
「その……【血祭りの暁】? それが餌と何かしら関わりがあるんですかね?」
雨流に次いで井ノ海も疑問を口にする。
「確か三日後……って言ってたよね? ツキオ、どうする?」
「どうするって言われてもなぁ。前例がないことばかりだし、その日に何が起こるかなんて分からん。どう対処すればいいのかもな」
「けれど大枝くん、無意味なことをロウ・レ・アーザが言うとは思えないわよ?」
「わーってるよ。奴が餌を手放せって言ったってことは、手元に置いていると危険だって意味なんだろうよ。けど……だからどうしたってんだ。この子を手放す? そんなことはあり得ない」
「そうだよね! 僕だってひまるちゃんを見捨てるなんてできないよ!」
「阿川……いや、お前は……お前だけじゃない。雨流も井ノ海も、部室に引き入れた俺が言うのも何だが、ここにいると面倒ごとに巻き込まれるだけだぞ? 今のうちに俺たちから距離を取った方が良いと思うが」
「むっ、それ本気で言ってるんですかぁ、センパイ! だとしたらさすがのわたしでも怒っちゃいますよ!」
「井ノ海……」
「そうだよツキオ。僕たちは友達でしょ? それにツキオは、一人ぼっちになった僕を快く受け入れてくれた。とても嬉しかったんだよ?」
「阿川……」
「だから僕はツキオの力になりたい! ダメ……かな?」
……本当に良いのか?
一体何が起こるか予想がつかない。もしひまるという餌のせい……いや、ここで俺が拒絶しないせいで、コイツらに何かあったら……。
「その顔はまた余計なことを考えている顔ね。大枝くん、あなたはいつも考えが極端なのよ」
「……雨流、それどういう意味だよ?」
「どうもこうも、どうせ私たちに何かあったら、ここで断らなかった自分のせいとか考えているのでしょう?」
え? 何この子、エスパーなの? 怖いんだけど……。
「言っておくけれど、ひまるちゃんは知らない他人ではないわ。何度も一緒に買い物だって行ったし、私たちにも懐いているくれている。それに……あなただって無関係な人じゃないもの。この『書研』のメンバーである私たちの上に立つ部長でしょう?」
「それはそうだが……」
「それにあなたは……その……私を助けてくれたわ。そんな恩人を見捨てるような外道に私はなるつもりはないの」
「けどマジで何が起こるか分からないんだぞ? いーや、あのアーザのことだ、きっととんでもないことを起こすはずだ」
「だとしてもですよ、センパイ! センパイは、これまでわたしの頼みをいつも断らずに聞いてくれました」
それはお前……ほとんど強制的というか、持ち前のあざとさで俺の外堀を埋めただけじゃ……。
「今回だって、わたしがネコ先輩を助けてほしいって言ったら、ちゃんと助けてくれました。自分だって外に出るの危険だったはずなのに」
そんなこと……見捨てるなんて寝覚めが悪いことをしたくなかっただけだ。
「だから今度はわたしがセンパイの頼みを聞く番なのです! 言ってください! 力を貸してくれって!」
「うん! 雲理ちゃんの言う通りだよ! ツキオはいつも自分一人で背負おうとし過ぎ! こういう時くらい僕たちを頼ってよ! 幸い僕たちには戦う力だってあるんだから!」
「お前ら……」
三人の誰もが俺の目を真っ直ぐ見返してきている。
何故他人のために、そこまでリスクを負うようなことができるのか……。
いや、コイツらがお人好しなのはもう分かっている。正直俺一人でひまるを守るより、心強いし助かるのは事実だ。
ただその好意に甘えて良いものかどうかが悩む。
阿川の両親は残念ながらモンスター化してしまったようだが、それでも親戚くらいはいるだろうし、女子二人に関してもまだ両親は健在かもしれない。
俺の都合でここに留まらせ、結果的にもし死なせでもしたら……。
するとその時、ギュッと俺の手をひまるが握ってきた。
「……ひまる?」
「にぃやん、みんないっしょっていーね!」
満面の笑みでそう答える妹の顔を見て、俺の中で答えは決まった。
「……悪い。一緒に……地獄を見てくれるか?」
「どんな地獄でもツキオと一緒なら頑張れるよ!」
「そうですねぇ。たとえ閻魔大王が出ても、このわたしの魅力で篭絡して、センパイの小間使いにしてあげますよぉ」
「ふふ、安心しなさい。小さい子を傷つけようとする輩は、私が全部潰してあげるわ」
……はは、マジで頼もしい奴らだ。
ロウ・レ・アーザ……どんなビックリ箱でも持ってきやがれ。俺たちは絶対に誰一人欠けずに、その【血祭りの暁】を乗り切ってやるからよ!
いいや、その日だけじゃない。今後も全員一緒に生き抜くんだ。そうじゃなけりゃ、ひまるが悲しむからな。
だから――絶対に負けない。
俺は部員たちの想いに応えるためにも、必ず全員を守り抜く決意をした。
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