第35話

「――諸君、ごきげんよう」


 束の間の平和を破る、久方ぶりのアーザの襲来であった。

 当然阿川たちも一瞬で表情を強張らせ、自身のスマホを確認する。

 ひまるも俺のところへ来て、一緒にスマホに視線を落とす。


「まずは愉快な報告を一つ。おめでとう――今日で世界人口が、変革前と比べて半分以下になった」


 とんでもない情報がアーザの口から発せられた。

 どうやって調べたのかは分からない。しかし奴が無意味なことを言うとも思えない。


 つまり約77億だった人口が、僅か数日で半数に減ったのだという。

 どんな振り分けで、三種の変化が人間に起こっているのかは分からない。

 単純に三分の一ずつ変化したとしたら、モンスター化した者は約28億。こうして実際に数にしてみると、とても想像できないほどの膨大さだ。


 だが人類が半分以下となると、少なくとも人間が10億以上は死んでしまったということ。

 これはまさに異常なことだ。戦争が起きても、たった数日でこれだけの人間が死に絶えるのは過去になかっただろう。


「酷いわね……」

「人間が半分以下なんて……」


 雨流も井ノ海も揃って青ざめている。当然だ。実感こそないが、現状有り得ると思わせる体験を彼女たちはしているのだから。


 俺たち『新人種』はともかくとして、餌と称される者たちには、モンスターに抗う術がほとんどない。家に重火器類があるところなんて滅多にないだろうし、それに直接モンスターに殺されたのもあれば、奴らのせいで起きた事故で死んだという人もいるはず。


 飛行機に乗っていた時に、誰かがモンスターにでもなっただけでアウトだ。電車でも、動く牢獄のようなものだし、逃げ場なんてない。

 墜落、脱線事故、道路での玉突き事故などなど。


 あの日、数え切れないほどの事故が引き起こされ、そのせいで命を奪われた者も数多くいることだろう。そしてその中には、『新人種』だっていたと思う。


「ああ、それと一つ情報を提示しておくと、『新人種』が最も覚醒数は少ない。その数は全人口の一割程度だ」


 俺たちは思わず、互いに顔を見合わせてしまった。

 ここにいる者たちは、ひまる以外が『新人種』である。

 ということは、この状況は比較的幸運だったといえるようだ。


「何も持たない餌が一番多いが、あれからずいぶんと数が減ってしまったようだ。悲しいことだな」


 コイツ……思ってもないことを……!


 何故なら終始楽しそうな声音だからだ。この状況を楽しんでいるのは、世界でコイツだけだろう。


「それでもまだ余分な害虫は多い。だが選ばれた者たちよ、安心したまえ。これから起きるイベントによって、害虫はさらに減るのだからな」


 どういうことだ……と思っていると、画面の中で、アーザが三本指を立てる。


「三日……そう、三日後に【血祭りの暁】を迎える」

「血祭りの……暁?」


 思わず口にしてしまうほどに、嫌な予感を覚えた。


「その日こそ、〝イセカイウィルス〟の真骨頂。予言しよう。その日で、人類は今のさらに半分以下になることだろう」


 恐らくこの画面を見ている者たち全員が息を飲んだことだろう。

 仮に現在生き残っている人工が、約38億だとしよう。その半分――二十億を切ってしまうのである。


 1900年代初頭が、大体そのくらいだったらしいが、日本が明治時代の時だ。そんな昔の時代にまで人口が減るとアーザは言う。


「一体何が起きるってんだ……?」


 ひまるも、アーザの言葉の意味は分かってないものの、俺の様子を見て不安そうにしがみついている。


「ククク、一つだけ忠告しておこう。その方がより面白いものが見られるかもしれないからな」


 ……忠告?


「――〝餌〟は手放したまえ」

「…………は?」

「では諸君、暁の日を乗り越えた先に、また会おうではないか」


 そう言うと、画面がいつものように勝手に消えた。


「おい待て! 今のどういう意味だ! おいこらっ!」


 スマホに向かって叫んではみるものの、当然のように返答などなかった。


「……にぃやん?」

「……大丈夫だひまる。何でもないぞ」


 心配そうに俺を見上げてくるひまるの頭を優しく撫でてやると、気持ち良さそうに目を細めてくる。

 この子は餌で間違いないと思う。


 あれから何度か「ステータス」という言葉を言わせた。噛まないように落ち着いてゆっくりとだ。

 しかしこの子の目の前にステータスらしきものが表示された形跡はなかった。ひまるもそんなものが現れた事実は認めなかったから。


 つまりこの子はモンスターに追われる餌という存在なのは明らかだ。

 ただこの子が『新人種』だろうが餌だろうが、俺がすることに変わりはない。

 どちらでもモンスターの脅威に対し、まともに戦えるわけがないのだ。なら兄貴である俺がこの子を守るだけ。そう、ただそれだけだ。


 しかし気になるのは、先程のアーザの言葉である。




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