第29話
「そして大枝くん?」
「え?」
「後輩に鼻の下を伸ばして……いやらしい」
あれぇ~? 俺、頑張って抵抗してたんですけど!?
「やっぱりあなたもオスなのね。盛るのはいいけれど、他の場所でやってくれないかしら。今なら外にたくさんお相手してくれる存在がいるわよ」
「…………いやそれモンスターのことだろ! 誰がモンスター相手に盛るか!」
「あら、違ったの? メスなら誰でも良いと思っていたのだけれど」
「いやぁ……つーか、モンスターに性別ってあるのか?」
「知らないわ、興味もないし。でもあなたはどちらも……ね?」
「誰がバイシェクシャルだ! てか元気になったらマジでいつも通りだな! ベッドの上にいた時はあんなに可愛らしかったのに!」
あれほど無防備でしおらしいのは初めて見たしな。
コイツ、見た目は中学生のように幼いし毒舌だが、顔立ちは整っていて可愛い。着ぐるみとか似合うタイプの女の子だ。ただ胸元は非常に寂しいものがあるが。
「なっ、なななな何を言っているのよあなたは!?」
そんな雨流が、先程みたいに顔を真っ赤に染め上げて声を張り上げてきた。
「そ、そそそそそそうですよセンパイ! 口説くならまずはわたしが先じゃないですか!」
何故か対抗するように井ノ海も会話に参戦してきた。
「ちょっと雲理さん! どさくさに紛れて何を言っているのかしら!」
「ネコ先輩は黙っててください! というよりせっかく良い雰囲気だったのに邪魔して! どうせわたしとセンパイが二人っきりだってことで急いでシャワー浴びてきたんでしょう!」
「べ、別にそういうことではないわ! ただあなたたちはお客様だし、待たせるのは家主としてどうかと思ったからよ!」
「へぇ、そうですかぁ。けど本音は汗塗れの上、クチャクチャになったパジャマ姿を見せたくなかっただけですよね! 何ですか、その気合の入った服は! ここは家なんですけど!?」
「わ、私は家ではいつもこの恰好よ」
「はいウソー! 何度も泊まってるわたしを誤魔化せるとは思わないことですね!」
「くっ、やはりあなたが一番の障害のようね! いいわ、そろそろ決着をつけようと思っていたところだもの」
「ははっ、こちらこそ望むところですよぉ! けっちょんけっちょんに負かしてあげますぅ!」
バチバチバチと視線で火花を散らす二人。
「お、おい……」
「「あなた(センパイ)は黙ってて!」」
……どうやら俺は蚊帳の外らしい。
コイツら、普段は超が付くほど仲が良いのに、時々こんなふうに言い合いが勃発する。しかも何故そんなことで……という内容ばかりなので呆れてしまう。
「…………帰っていい?」
「「ダメに決まってるでしょう!」」
ハモっちゃってまあ……コイツら、やっぱ仲良いわ。
「……ひまるも待ってるかもしれないし、終わったなら戻ってやりたいんだけど」
「!? ……ひまるさんも無事なのね?」
「おう、阿川も無事だぞ。今は部室を拠点にして一緒に暮らしている」
「あ、阿川くんと一緒にですって!? ……あなた、過ちは犯してないわよね?」
「…………ああ」
「その間は何かしら? 酷く不安を覚えるのだけれど?」
過ちかぁ……起こしそうになったことは何度もあるが、これは俺だけの秘密にしておこう。阿川との……大切な思い出だしな。いや、アイツは知らないけどな。ふふふ。
「その気持ちの悪いニヤニヤ顔を止めなさい。世界が壊れていくわよ?」
「俺の表情と世界はリンクしてないわ!」
ちょっと思い出し笑いしただけで何つう言われようだ。
俺の笑顔でそんなに悪いの? ……悪くないよね?
「もう、シスコンセンパイが早くひまるちゃんのとこへ戻りたいのは分かりましたよぉ。けどわたしたちも一緒ですからね!」
「は? ……一緒に来るのか?」
「センパイはこ~んな危険な場所にか弱い乙女を二人も残していくんですかぁ?」
「いやまあ……」
くそっ、せっかくの俺と阿川、そしてひまるだけの平和なマイホームが……!
「その顔は、阿川くんとの生活が崩れることに嘆いている顔ね。はあ……この男はまったく……」
「ミク先輩のこと好き過ぎでしょ……」
しょうがないじゃないか。阿川は天使なのだから。え? 男? 知らん。天使に性別なんてないわ。そういうことにしておく。
「じゃあお前らも部室で暮らすってことでいいか? てか、男と一緒ってどうかと思うんだけどなぁ」
「ふふ、あなたに私たちを襲う度胸があるの?」
そう言われれば無いな。襲ったとしても後が怖い。きっと殺されてしまう。特に雨流の
兄貴にバレたら、明日には東京湾に俺はプカプカと浮いていることだろう。
「それにあなた一人でもないわけだし、知らない間柄でもないわ。少なくともあなたや阿川くんがどういう人間か知っているつもりよ」
「雨流……お前」
「ですです。あ、でも若いリビドーをどうしても発散させたい時は言ってくださいねー。わたしが何とかしてあげますからぁ」
「な、何とかって?」
「そ・れ・は……聞きたいですかぁ?」
ペロリと唇を舐めながら顔を近づけてくる。
何でそんな妖艶な感じなんだよ! ドキッとしちゃうだろうが!
「おほん! だから雲理さん、ここはキャバクラじゃないのだけれど?」
頬をピクピクと引き攣らせながら言う雨流に対し、悪びれる様子もなく「はーい」と空返事をする井ノ海。本当にコイツは先輩ってもんを舐めてやがる。
「わーったよ。それじゃ準備をしてくれ。こっから持ってくもんとかあるだろうしな」
そう言うと、雨流は寝室へと去って行った。
「あのセンパイ……わたしも着替えとかいろいろ欲しいんですけどぉ」
さっきまで明るかった表情は鳴りを潜め、不安色に染められている。
「自分の家まで連れてってほしいってか?」
「…………はい」
「いいのか? もしかしたら……」
「だとしても、いつかは知るべきことですし」
一応覚悟はあるってことか。
「OKだ。なら雨流の準備が終わったら、次はお前の家に向かうか」
「すみません、ワガママを言っちゃって」
「別に気にするな。俺だって逆の立場なら……躊躇するだろうしな」
俺は井ノ海の背中を優しくポンと叩いてやると、そのままソファに座って、雨流が来るのを待った。
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