第28話

「ぁ…………雲理……さん?」

「よ、良かっだぁぁぁ~! 良かっだでずよぉぉぉ~!」

「……どうして……泣いているのかしら? それに……え?」

「……よぉ」

「…………」

「…………」

「…………」


 …………あれ? 起きてるよね? 目、合ってるよね? 何でフリーズしたままなの?


「……大枝……くん?」

「だったら何だよ?」

「……ど、ど、ど、どうして? え? ここは? 私の部屋……よね? え? は?」


 どうやら自分の部屋に俺がいる事実に混乱しているようだ。まあ無理もない。目が覚めたばかりで状況が理解できていないだろうし。

 そこで助け船を出したのが井ノ海だ。


「あ、あのですねネコ先輩! 覚えてますか、怪我が悪化して倒れたのを!」

「怪我? ……! そういえば……」

「ネコ先輩……苦しそうで、わたし……何もできなくて。こんな時に頼れる人って、センパイくらいしか思いつかなくて」

「……もしかして大枝くんが?」

「はい! ネコ先輩の怪我を治してくれたんですよぉ! やっぱりセンパイです! センパイに頼って大せーかいでしたぁ!」


 にんまりと笑顔で言われると、やっぱりちょっと照れ臭いな。


「……そう、大枝くんが」


 すると雨流が上半身を起こし、俺を見つめてくるのだが……。


「? どうして目を逸らすのかしら、大枝くん?」

「いや……だってな」

「ちょ、ネコ先輩! パジャマパジャマ!」

「へ? パジャマがどうかした……っ!?」


 自分の胸の方に視線を落とすと、パジャマのボタンが外れてしまっていて、それはもうイヤ~ンな姿になっていたのである。


「~~~~~っ! で、でででで出て行きなさいっ!」

「はいぃぃぃぃっ!」


 真っ赤な顔をした雨流に怒鳴られ、俺はすぐさま部屋から出てリビングの方へと走った。

 しばらく寝室の方に背を向けていると、しばらくしてシャワーの音が聞こえてくる。


 そして……。


「セ~ンパイ、ラッキースケベでしたね!」


 明らかにからかおうとしている様子の後輩が現れた。


「うっせ。事故だ事故。俺は悪くない」

「どうですぅ? ドキドキしちゃいましたかぁ?」

「するか。そもそも俺のタイプは色気たっぷりでナイスバディだ」

「ふ~ん……センパイは巨乳好きと。このおっぱい魔人め」

「男の子だからな。おっぱいにはロマンを感じるんだよ」

「何言ってんですか、気持ち悪いですよ」

「真顔で言うの止めてくんない? 俺だって傷はつくんですよ」


 鋼のハートを持ってるわけじゃないしな。すぐにヒビが入っちゃう。


「じゃあじゃあわたしはどうですかぁ? そこそこあると思うんですけどぉ」


 そんなことを言いながら、胸の下で腕を組んで強調しながら接近してくる。


 あ、良いニオイ……じゃない!


「ち、近いから! つーか、そんなことばっかしてるとマジでそのうち男関係で痛い目見るぞ!」

「大丈夫ですってばぁ。こ~んなことセンパイにしかしませんからぁ」

「いや、俺にもダメだから! 最後に泣くのはお前だぞ!」

「ええー、センパイってばやることやったら捨てるタイプの人なんですかぁ?」

「んなわけないだろうが! 俺は一途だっての! 一度好きになったら……って、恥ずかしいこと言わせんなアホ!」

「ふふふ、知ってますよぉ。センパイが純粋で誠実で、真っ直ぐなんてちゃ~んと分かってますからぁ」

「だから胸を押し付けてくんなぁぁぁ~!」

「ほらほらぁ、ちょっとは素直になってみましょうよぉ」


 ああもう、何なのコイツ!? いつもいつも俺を……先輩をからかいやがって! 男をからかいたいなら阿川だって……いやダメだ! 阿川をからかうなんてダメだ! 天使様に魔の手が向かうくらいなら俺が耐えてやる!

 俺はお前のために耐え抜いてやるからな、阿川ぁぁぁぁぁっ!


「――人様の家であなたたちは何をやっているのかしら?」


 そこへ氷のような冷たい声音がリビングに響く。

 振り向くと、シャワーを浴び濡れた髪をタオルで束ねた雨流が立っていた。何やらその全身から明らかに私不機嫌ですオーラが醸し出され、俺と井ノ海は完全に萎縮する。


「う、雨流?」

「ネ、ネコ先輩?」

「ここはいつからキャバクラになったのかしらね? いいえ、あなたもあなたよ雲理さん。他人の家でそんなはしたない行為なんて……」

「あ、あの……えと………………すみません」


 言い訳もできず、シュンとなる井ノ海。

 そうだぞ井ノ海。全部お前が悪い。俺はただの被害者で――。


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