第27話

 マンションの中も、やはり油断できない状況にあった。

 壁や床、部屋の扉などが破壊され、逃げ遅れモンスターに殺された人間の残骸や血痕などもあるし、その周りにはモンスターがうろついている。


 できれば今すぐ引き返したいくらいの現状だ。

 ただ幸いなのは、目にするモンスターが、どれも怪物オークよりも格下であること。


 そのため、俺の攻撃力なら一撃で倒すことができ、目的地である雨流が住む十二階の部屋まで大した障害もなく進めている。


「ていうかぁ、やっぱりセンパイってば強くなり過ぎですよぉ。頼もしいのはいいんですけど、本当にわたしが知ってるセンパイなんですよねぇ?」

「さあな。もしかしたら中身はモンスターで、俺に化けてるのかもな」

「それシャレになってませんからぁ。まあセンパイがオオカミなら歓迎しますけど」

「オオカミ? 何でオオカミなら歓迎するんだ?」

「それは自分で考えてくださいよぉ」

「………………分からん」

「やっぱりセンパイは、わたしの知ってるセンパイでしたね……」


 だったら喜べや。何で溜息交じりなんだよ!


「けど階段で上っていくのは面倒だよな。井ノ海、大丈夫か?」

「しんどいですけどぉ、そうも言ってられませんもん。でもセンパイはケロッとしてますよねぇ」

「レベルアップしたからだろうな。この程度なら十往復くらいしても大丈夫そうだ」


 実際に体力アップを図ったトレーニングもしていないのにだ。やはり『新人種』になってレベルアップとう概念を受けてから、身体能力が極端に向上している。

 スキル無しでも、十分にこの肉体だけでもチートといえるだろう。


「――よし、十二階、ここでいいんだな?」

「はい。ネコ先輩のお部屋は右の通路の突き当たりです」


 幸い通路にはモンスターはいなかったので、駆け足で部屋へと向かう。

 もしかしたら扉が壊されている……という状況も想定していたが、どうやらそんなことはなかったようだ。


 井ノ海が持ち出した部屋の鍵を使って扉を開いて、「ちょっと待っててくださいね」と言って中へと入って行く。

 俺は言われた通りに玄関で待つ。


 ……ここが雨流の家か。


 とはいっても、玄関から見えるのは、廊下と靴箱、そして幾つかの部屋の扉だけだが。

 ただ白で統一されていて清潔感を覚える。壁には誰のものかよく分からない絵が飾られているが、高価なものかもしれないので、おいそれと触らないようにする。


「――センパイッ、来てくださいっ! ネコ先輩がっ!?」 


 部屋の奥から井ノ海の尋常ではない様子の声が轟き、俺はすぐに靴を脱いで声を追った。

 リビングだろうか、白と黒のシックな内装のリビングが目に飛び込んできたが、声は左側から聞こえる。


 そこには扉があって半開き状態だ。

 すぐにそちらへと向かって「入るぞ!」と中へ足を踏み入れた。


 どうやらここが雨流の寝室らしく、他の部屋と違って猫のぬいぐるみやポスターなどがあり、年相応に可愛らしい室内だった。


「センパイッ!」

「! あ、悪い! どうした?」


 俺が部屋に見惚れていると、怒ったような井ノ海の声で意識を引き戻された。

 井ノ海はベッドに寝ている雨流に寄り添いながら泣きそうな顔をしている。


「ネコ先輩が! ネコ先輩がぁっ!」

「落ち着け! 一体何が……!?」


 ベッドに近づいて雨流を見ると、彼女は全身から汗を噴き出し、悲痛な表情で呻き声を上げていた。

 さらに目を引いたのは、雨流の包帯を巻かれている右腕である。

 その包帯がどす黒く変色し、そこから皮膚にも広がって黒々としていた。


「ど、どうしましょう!? やっぱり悪化してますよぉ! センパァァァイ!」

「いいからお前は落ち着け。慌てたって何もならないだろうが」

「で、でもぉ!」


 仕方ないとはいえ放置にした形だ。しかも悪化しているらしいし、自分が離れたせいだとも思っているのだろう。


「……コイツはただの傷じゃないな。もしかして……毒か? とりあえず傷も含めて治せば良いか」

「! ネコ先輩を助けられるんですね!」

「お前なぁ、そのために俺をここに連れてきたんだろ?」

「だってぇ……知りませんもん。わたしはただセンパイなら何とかしてくれるかもって思っただけで」


 ああ、そういえばそうだったな。コイツの俺に対する信頼は一体何なの?

 まあいい。とにかく今は雨流を元気にさせるだけだ。


 俺が再び《フォルダー》を取り出すと、井ノ海が「あ、それはさっきの……」と口にしたが、気にせずに数枚のカードをファイルから取り出す。


「――リカバー」


 そう呟くと、数枚のカードは発光し一つになる。

 当然その状況にも井ノ海は目を丸くしているが。


 そして合成した『RECOVER』カードを、雨流の身体にピタリとつける。


「――スペル」


 直後、カード光となって、溶け込むように雨流の身体へと降り注ぐ。

 その結果、光に包まれた雨流は、先程まで苦悶の表情を浮かべていたが、黒々と変色していた右腕が元の肌色へと戻っていくと、その顔も穏やかなものへと変わっていった。


「す、凄い……治ってく……!?」


 俺と雨流を交互に見つめる井ノ海は、信じられないといった面持ちだ。説明はあとでしてやるから、その「わたし、気になります!」というような顔を止めろ。

 光が収束すると、雨流の様子も落ち着いたので、どうやら問題なく〝完治〟できたことを知る。


「……っ」

「! ネコ先輩!?」


 雨流が瞼を揺らし微かに開いたのを見て、井ノ海が顔を覗き込むようにして声をかけた。


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