第26話

 もし家に戻り、家族がモンスターと化していたら? そしてそのモンスターが、家族を食ってしまっていたら?


 きっとそう考えて、井ノ海は自宅に戻るのを躊躇しているのだろう。

 気持ちは分かる。実際阿川は、目の前で親がモンスター化しているのを見ている。その衝撃と辛さは、きっと俺には理解することはできない。


 アイツは気丈に振る舞っているが、夜寝ている時に親を呼び魘されていることを知っている。そう簡単に乗り越えられるような事件じゃないのだ。

 俺も目の前でもしひまるがモンスター化していたら……。


 そんなこと、絶望以外の何物でもないだろう。絶対に見たくない現実だ。

 でもいずれ向き合う日が必ず来る。そのこともコイツは理解しているはずだ。賢い奴だから。


「もし一人で確認するのが怖かったら、俺も一緒に行ってやる」

「! ……いいん、ですか?」

「これも面倒臭い後輩を持った先輩の義務みたいなもんだ」

「……あはっ、もう……本当にセンパイはセンパイですね。こんな壊れた世界になっても少しも変わってない」

「そうか? ずいぶんと働き者になっちまったぞ? 俺は日がな一日のんびりと過ごしていたいのに……」

「あはは、出た、センパイ節。……でも、ありがとうございます。その時は多分、お願いしちゃうと思いますが、よろしくです」


 そんなふうな会話をしながら進んでいき、しばらくすると、


「あ、あれです! あのマンションですよ、センパイ!」


 どうやら目的地が近づいてきたようだ。

 こうして見ると確かにセキュリティが高そうな高層マンションである。きっと金持ちしか住めないような物件だろう。俺みたいな一般人はちょっと手が出そうにない。


 マンションの近くまでやってくると、入口の前にはちょっと厄介そうなモンスターがうろついていた。

 あの怪物オークである。KPは美味しいが、さて……どうしたものか。


「ていうかお前、アイツらがいるのに、よく抜け出せてきたな」

「あーそれこそわたしのスキルを使ったんですよぉ。威力はありませんけどね」

「へぇ、つまりお前のスキルは攻撃系のスキルってわけじゃないのか?」

「今やって見せましょうかぁ? ……上手くいってくれるかは分かりませんけど、引きつけるくらいはできるかもですし……」

「いや、お前のスキルに関してはあとだ。ここは俺が……やる」

「え? でも見るからにアイツ……強そうなんですけど」

「強いぞ。何といっても倒せばKPが50も手に入るしな」

「ごっ……!?」

「とにかくお前はここで待機な」


 マンションに入るだけが目的なら、俺が怪物オークを引きつけて井ノ海を先に向かわせたらいいが、マンションの中も危険だらけなのでそうはいかない。

 ここはキッチリ脱出経路も確保するために、コイツはここで討伐しておいた方が良い。


 それにコイツを倒せば、50KPをゲットできるし、そうすれば……次のステージへと近づくことができる。

 俺は《フォルダー》を出現させた。


 それを見た井ノ海が、説明を欲しているような顔をしたが、俺は「あとで、な」と言うと押し黙った。

 事前に作って置いた一枚の合成カードを取り出す。


 後輩が心配そうに見守る中、俺はその場を駆け出していく。

 こちらに背を向けている怪物オークの背後へ接近し、太腿をサバイバルナイフで突く。


「グラァッ!?」


 突然の激痛に、反射的に振り向き様に手に持っている斧を振ってきた。

 俺はそれをナイフでいなしつつ距離を取る。


「やっぱ肉厚だなぁ、お前。そろそろもっと効率よくダメージを与えられる武器が欲しいところかも」


 ナイフでは致命傷に届かないモンスターも出てきている。

 怪物オーク級だと、一撃で首を跳ねることはできない。太過ぎるからだ。

 そんな大型のモンスターが現れれば、さすがにナイフだと心許無い。


「グラァァァァッ!」


 傷つけられたことにより、怒りのボルテージを上げて俺の頭上から斧を振り下ろしてくる。

 それを軽くかわしたあと、俺は奴の下がった顔面に向かって蹴りをくれてやった。


「グベェッ!?」


 顔面が大きく横に跳ね身体をグラつかせる怪物オーク。

 少し前までは、俺の蹴りなんて子供に殴られたようなものだったろう。しかし今の俺のパラメーターは、十分にダメージを与えられる攻撃力を誇っているのだ。


 俺は敏捷も活かし、奴の周りを駆けながらナイフや殴打による攻撃を放っていく。

 そんな素早い攻撃に対処できないのか、怪物オークは翻弄されて膝をついてしまった。


 だがやはり倒すには決定打が足りない。単純な威力不足といったところだろう。

 だから俺は――コイツを使わせてもらう。


「おいデカブツ?」

「グラ? ――ハグムッ!?」


 アホみたいに口を開けているところに、俺は持っていたカードを投げ入れてやった。

 そのまま胃の中へと流れたようで、怪物オークがギョッとした様子で首に触れている。

 俺は作戦が終了したと判断し、その場から急いで離れていく。


「セ、センパイ!?」


 戻ってきた俺に驚き声を上げた井ノ海。恐らく俺がアイツには敵わないと思って逃げてきたのかと考えているのかもしれない。

 しかしそうではない。あとはもう、一工程ですべてが終わるのだから。


「――スペル」


 十分に怪物オークから距離を離した直後、俺はカードを発動させる言葉を口にした。


 ――――ドガァァァァァァンッ!


 突如、怪物オークの身体が爆発し、周囲に四散した。

 血液とバラバラになった肉片が飛び散り、逃げた俺の足元まで残骸が届く。あと少しでも距離を詰めていれば汚いシャワーを浴びていたかもしれない。


「…………セ、センパイ? 今の……何です?」

「簡単に言うと俺のスキルだな。ほら、さっさと雨流のとこへ行くぞ」

「え? ああもう! 気になっちゃいますけどぉ、今はそれどころじゃないですもんね! 分かりましたよぉ!」


 そうして俺たちは、障害を晴れて突破しマンションに入ることができたのである。




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