第25話
俺たちの中で、学校から最も遠いのが雨流の家だ。バスで四十分ほどかかる。
本当は自宅近くにある有名進学校へ通うことが親の望みだったらしいが、親の敷いたレールの上を走りたくないと、雨流があの手この手を使って今の学校に入学したらしい。
何でも元々は今の自宅は、現在大学生である兄が住んでいたマンションで、兄の勧めもあって、そのマンションで一人暮らしをすることになったとのこと。
兄とは結構仲が良いようだが、親との間にはそこそこの溝ができていると聞いた。
雨流の両親ともども有名な音楽家で、幼い頃から雨流もまた音楽の英才教育を受けてきたらしい。
当然親の意向としては、子供には音楽の道に進んで欲しいみたいだが、それが雨流にとっては苦痛でしかない。自分の人生くらい自分で決めたいと言い張っている。
そうした反発心で、親の元から離れ兄が暮らしていたマンションに住むことになったというわけだ。
ただ親も黙って今の暮らしを許しているわけじゃない。条件を出したのだ。
もし一度でも成績一位の座から落ちれば、その時点で実家に戻り、転校もしてもらう。
その条件を雨流は飲み、そして有言実行をし続けているのだから凄いものだ。
「あ、センパイまずいです! 目の前にモンスターが!」
「ん? おお、確かにいるな。ゴブリンが二体とスライム一体……ね」
「ここは進めませんね。迂回しましょう」
「何でだ?」
「何でって……モンスターがいますし」
「お前はここでちょっと待ってろ」
「え? あ、センパイ!」
俺はサバイバルナイフを構えると、そのまま大地を強く蹴り出し、ゴブリンのもとへ駆け寄っていく。
ゴブリンが俺の接近に気づき、気色の悪い叫び声を上げて、手に持っているこん棒を振って来るが、俺はそれを軽々とかわし、カウンターで首を刈った。
「……え?」
その様子を見ていた井ノ海は唖然としている。
そんな彼女を尻目に、俺は飛びついてきたスライムに向かってナイフを突き出し、一発で核を貫く。
その後ろからゴブリンが物凄い形相で俺に突っ込んできているのが分かった。
こん棒を振り回してくるが、その軌跡をすべて見極めて回避していく。そして足をかけて転倒させると、その背後からナイフを突き立て胸まで貫いてやった。
「……凄い……!」
まるでヒーローでも見るような目つきで俺を見つめている井ノ海の方へと戻って行く。
「どうした? そんなマジマジと俺の顔を見て」
「え? あ、いえ、別に何でもないですよ!」
「そっか? ……おっ、自転車発見! これ使わせてもらおうぜ」
その時、脇道に視線を向けると、倒れている自転車を発見した。ロックもされてなさそうなので、乗り捨てられたものだということが分かった。
「ちょ、いいんですかぁ?」
「こんな状況だし、利用できるもんな利用しないとな」
俺は放置されたままの自転車を起こし、井ノ海を後ろに乗せて漕ぎ始める。ちょうどここからは下り坂なので、グングンとスピードが増していく。
「それにしてもセンパイ……強過ぎないですかぁ?」
「あん? 何だよいきなり?」
突然そんなことを井ノ海が言ってきた。
「だってぇ、さっきのモンスターだって、ほとんど一撃というか瞬殺だったじゃないですかぁ」
「ゴブリンやスライムだからな。普通に戦えば負けるような相手じゃないよ」
「えー、普通戦いたくなんてないですってばぁ。もしかして結構レベルも上がってたりするんですかぁ?」
「一応Ⅲまで上がってるぞ」
「さ、Ⅲっ!? こんな上がりにくいレベルなのに、もう二回もレベルアップしてるんですかぁ!?」
そんなに驚くようなことか? 世界変革が起こって、もうそれなりに時間が経っている。早い奴ならもっと上がいると思うが……。
「わたし……一応スライムは倒したことありますけどぉ……KPなんて〝1〟しかもらえませんし、レベルアップなんてまだまだなんですぅ」
「そういやお前のスキルについて聞いてなかったな。俺のも話してないけど」
あの場で説明するのも時間の無駄だったからだ。
「じゃあ今言っておきますぅ?」
「いや、今はとにかく急ごう」
「そうですね。ネコ先輩、大丈夫だといいんですけどぉ」
「ああ見えて図太い奴だし大丈夫だろ。それにアイツだって『新人種』なら、普通の奴よりは精神的にも肉体的にも強いと思うけどな」
俺は〝イセカイウィルス〟を取り込み、なお適応した『新人種』という存在は、それだけで普通の人間と比べて何かしらの強い耐性が働いたからだと考えている。
精神的なものか、肉体的なものかは分からないが、肉体を変異させモンスター化させるような強烈なウィルスに負けない〝ナニカ〟が俺たちにはある。だから多少のことがあっても、乗り切れる強さがあると思っているのだ。
そして俺は餌も同じ強さ……いや、それ以上の強さを持っているのではとも考える。
俺たちの場合は、モンスターに変異しなくとも身体の何かが変異したからこそスキルを得たのだと思う。
しかし餌と呼ばれる者たちは、ウィルスを取り込んでも影響をまったく受けず跳ねのけたということだ。
故に見ようによっては、他の二つの存在よりも、より人間力が逞しいのではなかろうか?
アーザはモンスターも餌もガラクタと称していたが、餌に関していえば、彼らもまた何か突出したものを持っていたからこその現状だと思っている。
「ていうかお前、よく一人で学校まで来れたな。家には帰らなかったのか?」
「家よりも学校の方が近かったですし。それに…………」
「……確認するのが怖い、か?」
「っ…………はい」
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