第24話

 井ノ海から語られる、世界変革初日から今にかけての流れ。

 あの時、井ノ海は雨流と行動をともにしていたのだという。


 最初は性格がまったく違っていたことから、反発し合っていたこともあったが、今では雨流にとっても井ノ海は可愛い後輩になっている。

 互いの家に泊まったり、休みの日には一緒にショッピングをしたりと、まるで親友同士のような付き合い方をしていた。


 そしてその日も、一緒に二人で電気街へ繰り出していたのだという。何でも雨流が持っていたパソコンが壊れたらしく、機械に疎い彼女がどうすれば良いか井ノ海に見てもらったらしい。


 井ノ海の見解では、買い替えた方が良いということになって、井ノ海お薦めの店に足を延ばしたのだ。

 そこで例の世界変革が起こり、電気街は大パニックに陥った。


 当然井ノ海たちもすぐに逃げようとしたが、電車もバスも運行どころの話ではなくなっていて、逃げるには徒歩でしかできなかったのだ。

 それでも何とか必死に走り、一人暮らしをしている雨流の自宅がまだ近いということもあって、彼女の家に身を寄せることになったとのこと。


 セキュリティも万全なマンション住まいな雨流だが、当然マンションに住む人たちの中にもモンスター化したものは多い。

 次々と襲い掛かってくるモンスターから逃げ、ようやく雨流の部屋へ駆け込むことができた。


 しかし電話もネットも通じず、外と連絡をする手段がない状態だ。迂闊には外に出られない。今もなお扉の向こうの通路には、モンスターが餌を探して徘徊している。

 井ノ海たちが取れるのは、ジッと待つだけだった。


「ちょっと待て、二人ともモンスター化してないってことは……」

「あ、はい。わたしたち二人とも、一応その……『新人種』らしいです」


 餌じゃない……のか。でもだったら……


「ならスキルの力があるだろ? 何とか脱出しようとはしなかったのか?」

「……わたしのせいなんです」

「え? お前のせい? どういうことだ?」

「……ネコ先輩は……わたしを庇って怪我を負ってしまったんです」 


 その告白に、俺と阿川が同時に目を見開く。


「け、怪我? 雨流さんが? だ、大丈夫なの?」


 当然とばかりに阿川が、雨流の身を案じる。

 聞けば部屋に逃げ込む際に、モンスターに追いつかれた井ノ海を庇い、モンスターの攻撃をその身に受けたらしい。


「最初はほんのかすり傷だったんです。でも日を追うごとにどんどん傷口が変色していって、体調も悪化して…………一昨日の夜にネコ先輩が倒れちゃったんです」


 倒れたって……おいおい、マジかよ……!


「傷口を洗っても、消毒しても良くならないし、どうすればいいか分からなくなって。でもその時、センパイの顔が浮かんだんです」

「……何で俺の顔が?」

「こういう時、きっとセンパイなら何とかしてくれるって思って」


 あれ? コイツの中で俺の評価ってそこまで高かったのか?


「そう、だよね。僕だって同じだよ。僕もきっとツキオなら無事だし、一緒にいてくれると心強いって思ってここに来たんだ!」

「ミク先輩もそうだったんですか……」

「うん! だってここぞという時って、ツキオは本当に頼りになるからね!」

「はい! 普段はただのシスコンでだらけきった人間でしかありませんけど」


 おい待てコラ、誰がだらけきった人間だ。……否定できないな。

 何せいつもどう楽をしようかって考えてたしな。今もそうだけど。できれば働かずにずっとニート生活をしていたいし。はぁ……誰か養ってくれないかなぁ。


「でもわたしたちが困った時は、いつも的確なアドバイスをしてくれましたし、誰よりも行動力だってありますから。だからセンパイならって、部屋を飛び出してきたんです。そのせいで何度か死ぬ思いもしましたけど」


 そうだっけ? 行動力なんて俺とは無縁のもんだと思うんだけど……。


「だからセンパイ! お願いします! 一緒に来てネコ先輩を助けてください!」


 立ち上がって深く頭を下げる後輩を見て、俺は軽く溜息を吐く。


「いいから頭を上げろ。別にそんな畏まらなくて良いから」

「でもセンパイ……」

「俺が断るとでも思ったのか?」

「! じゃ、じゃあ……」

「雨流は知らない他人じゃない。『書研』の仲間だ。見捨てるなんてことはしない。そんなことしてみろ、アイツなんか絶対に夢枕に立って呪ってくるしな。それに……可愛い後輩の頼みでもあるし」

「セ、セ、センパァァァイッ!」

「わぷっ!? だ、だから急に抱き着いてくんなバカッ!」

「センパイセンパイセンパイセンパイ!」

「頭をグリグリってしてくんな! 地味に痛ぇっ!」


 ていうか阿川も、微笑ましそうな顔してないで止めてくれ!

 少しして、興奮状態だった井ノ海がようやく離れてくれた。


「はぁ……阿川、悪いがひまるのこと頼めるか?」

「……本当は僕も行きたいけど、さすがに今のひまるちゃんを連れ出すのはちょっとね」


 察しが良くて何よりだ。しばらくはひまるを休息させてやりたい。それに寝てるし。

 俺は腕に嵌めている時計を見る。

 一昨日の夜に雨流が倒れてから結構経っている。一応鍵はしてきたらしいが、もしモンスターに踏み入れられたら、その時点でアウトだろう。急がないと。


「井ノ海、アイツの家を教えてくれ」

「え? わたしも行きますよ!」

「いやだってお前……」


 ここまできっと走ってきたのだろう。疲れているはずだ。


「わたしが頼んだんです! それにこう見えてもスキルだってあるんですから!」

「…………分かった。じゃあ案内頼むぞ」


 こんな状況ではあるが、女子の家に向かうんだ。コイツがいた方が何かと都合が良いだろう。それに雨流だってその方が嬉しいはずだから。


「それにネコ先輩と二人っきりになんかさせられないですしね……」

「あん? 何か言ったか?」


 俺から顔を背けブツブツと井ノ海が言葉を吐いていたので気になった。


「いいえ! 何でもありませーん! ではでは! さっそく向かいましょう!」


 ひまるのことは阿川に託し、俺は井ノ海と一緒に雨流の自宅がある場所へと向かった。


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