第23話

 学校の部活棟へ戻ってきた。

 外階段を上って、部室がある三階へと向かう。


 ひまるは泣き疲れたのか、俺の腕の中でグッスリである。

 外階段から中へ入る扉を開き、そのまま部室へ入ろうと思ったのだが……。


「「――あ」」


 部室の扉の前で、一人の人物が体育座りをしていて、戻ってきた俺とガッツリ目が合った。


「どうしたの、ツキオ。何止まって……あ! 雲理ちゃん!?」


 俺が不自然に止まったことに対し、後ろから顔を覗かせた阿川が、目の前にいた人物を見てソイツの名を呼んだ。


 するとソイツは、キョトンとしていた表情をグシャリと歪め、涙目になって俺に飛びついてきた。


「――しぇんぱぁぁぁいっ!」

「うわっと!? って、おい、マジでお前、井ノ海か!?」

「そうですよぉ~! センパイの可愛い可愛い後輩の井ノ海雲理ですよぉ~! もう! どこに言ってたんですかぁ! センパイのバカァ~!」


 可愛い後輩っていうのはとりあえず置いておくとして、コイツは井ノ海雲理。阿川と同じく『書物研究部』の部員の一人である。


「ちょ、おまっ、ひまるが起きる起きる!?」

「お、おおお落ち着いて雲理ちゃん!」

「あっ、ご、ごめんなさい! ひまるちゃんもいたんですね!」


 慌てて井ノ海が俺から離れる。

 相変わらず想像しい奴ではあるが、当然こんなふうにいきなり抱き着かれるのは初めてだ。


 ちょっと良いニオイがしたなぁとか思ったが、ひまるを抱えながら不謹慎だったかもしれない。


「とりあえず話なら中で聞くから」


 俺は部室の鍵を使って中へと入った。

 ソファにひまるを寝かせると、まだそわそわしている様子の井ノ海に、阿川がさっそく回収してきたペットボトルの紅茶を差し出してやっていた。


「あ、ありがとうございますぅ、ミク先輩。ちょうどすっごく喉が渇いててぇ」


 紅茶を美味そうに喉を鳴らしながら飲み始める井ノ海。


「……んはぁ」


 どこか艶めかしい吐息を吐き出し、ペロリと唇を舐める仕草を見せる。何で女子のこういう仕草は色っぽいのだろうか。いや、阿川がしてもドキッとしてしまうが。


「井ノ海も無事だったんだな。良かったよ」


 一応言っておくが、コイツは正真正銘の女子生徒である。

 赤みがかった髪を肩まで伸ばしパーマを当てている。濃過ぎないナチュラルメイクは常に欠かさず、ネイルやら服装やらにも人一倍気を配っているお洒落さんだ。


 こんな弱小部活には勿体無いほどの知名度もコイツにはある。何といっても一年生で最も可愛いと、アイドル的存在として君臨しているのだ。

 それに自分が可愛いということも自覚して、それを十全に武器として発揮し、男を手玉に取るので、俺は小悪魔ビッチとたまに呼ぶ。


 そんなことばっかしてると、いつか男関連で痛い目を見ると忠告しているのに、その都度、「そんなに気になるならわたしを捕まえておけばいいじゃないですかぁ」と訳の分からないことを言ってくるのだ。


 こんなあざとい後輩を捕まえて飼育する趣味は俺にはないのである。


「センパァイ……何で会いに来てくれなかったんですかぁ」


 涙目で俺に訴えかけるように言ってくる。


「いや、あのな……俺だって大変だったんだぞ? それにお前が無事なんて知らんかったし」

「でもでもぉ! ミク先輩とは一緒にいたじゃないですかぁ! 浮気ですか! そうなんですか! ていうかミク先輩は男の子なんですよぉ!」

「浮気って……俺とお前は付き合ってないよね?」

「え?」

「え?」


 ……え、何そのキョトン顔? あれ? 付き合ってないよな? 俺、恋人なんていた記憶ないし……もしかして第二人格の俺が……って、そんなわけがない。


「と、とにかくこうして無事に再会できたんだからそれでいいじゃないか。なあ、阿川?」

「うん、そうだね。僕も雲理ちゃんが無事で本当に良かったよ」

「わたしもですぅ! って、こんな悠長にお茶してる場合じゃないんですよぉ!」

「は? どういうことだよ?」


 いきなりソファに座っていたのに立ち上がる井ノ海を眉をひそめて見る。


「ネコ先輩が!?」

「……! 雨流がどうかしたのか? って、アイツも無事なのか?」


 雨流というのは、最後の部員の一人だ。


 特待生や成績優秀な者だけを集めたクラス――【発展クラス】の中でも、これまでずっと成績一位をキープしている優等生である。しかも主席入学でもあるし、学校側の期待も凄かった。


 先代の部長が、俺と一緒に雨流を勧誘し、しばらくは三人での部活動をしていた期間もある。

 ただ負けず嫌いな性格で、何かにつけて俺に対抗してくるので面倒臭い奴だ。


「はい……実はですね――」



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