第22話

「でもツキオ、そろそろそのナイフも取り換えた方が良いかもね」


 阿川の言う通り、ずいぶんと世話になってきたサバイバルナイフも、結構刃毀れがして寿命が近いようだ。


「前に僕に渡してくれたヤツを返しておくよ」


 そう言って、彼からまだ新品に近いナイフを受け取る。


「いいのか?」

「僕には羽があるからね」

「分かった。じゃあもらっとくわ」


 俺は刃毀れしたナイフを捨て、新しい装備を手にした。

 さて、ここからはさらに慎重に行動する必要がある。何といっても、恐らくはモンスターの巣窟になっているであろう建物へと足を踏み入れるのだから。


「ひまるもね、もんすたー、やっつけうの!」


 シュッ、シュッ、シュッ、とさっきの俺の真似をして手を振っているひまる。

 そんなひまるを見て、俺と阿川は思わず顔を見合わせ笑ってしまう。


 そうだな。いつかひまる自身にも自衛のための手段を身に着けさせる時がやってくるだろう。


 本当は武器なんか持たせたくないが、この子にとって必ず必要になってくるだろうから。

 そのためにも、今は俺が戦う術を鍛えていくしかない。いつか学んだことを、この子に伝えられるようにだ。


「よし、じゃあ中に入るぞ」


 例のごとく自動扉は壊されていて、床に飛び散っているガラスの破片が、踏む度に乾いた音を立てる。

 入口から入ってすぐ左には止まったエスカレーターがあり、上階へ向かうならそのままそちらに行けばいいのだが、俺たちの目的は食料品だ。


 食料品が売っているのは一階フロアなので、今回は上階に用は無い。

 このモールは駐車場を除けば、三階までが店のフロアとなっている。二階は主に服飾が多く、また食事処も設置されているのだ。よくここでひまると一緒に彼女の服や靴を買ったり、ラーメンや寿司などを食べたものである。


 そして三階は映画館やゲームセンター、楽器店やスポーツ用品店などだ。こちらもひまると一緒に映画などを観に行った経験がある。

 俺たちは一階フロアにある食料品売り場へと向かうが、やはり道中にはモンスターの姿が確認できた。


 さすがにずっとステルス行動を維持できるわけじゃない。かなりの数がいるようだから。

 幸いなのは、それほど強くない……俺たちが今まで相手にしてきた連中が多いことだろうか。


 もしかしたらゴリ押しでも十分通用するかもしれないが、どこに強敵が潜んでいるとも限らないのだ。ひまるがいる現状で、そんな馬鹿なことはできない。

 さすがに見つからないように探し回るのは難しいな。そろそろ使い時、か。


 俺は《フォルダー》から一枚のカード――『INVISIBLE』を取り出す。

 これは前もって作って合成カードストックファイルに収納しておいたものだ。


「阿川、手を。ひまるも阿川の手を絶対に離すなよ?」


 俺は阿川と手を繋ぐ。あ、柔らかい……と思ったのは俺だけの秘密だ。

 そうして俺は『INVISIBLE』カードを発動させた。


 このカードの効果は、使った者を透明化してくれること。ただ基本的には俺だけ。しかし俺とこうして使用前に手を繋いでおけば、その者たちも同じ効果を得ることができる。


 しかし強力なカードではあるが、効果は『透視』の時と同じく一時間で切れるので、速やかに目的を果たした方が良い。

 だから今まで温存しておいたのだ。もう少し奥に入ってからとも思ったが、ここからどう進んでも戦闘になり、きっと他のモンスターも気配に気づくと思ったので使用させてもらった。


「ひまる、ここからは喋っちゃダメだ。いいな?」


 コクコクと何度も頷きを見せる。いくら透明化していたとしても、声を出してしまえば異変に気付かれる。ただでさえひまるの餌である気配に気づかれるかもしれないので、彼女には大人しくしてもらう。


「阿川、何かあったらひまるを連れて急いで離脱、な?」

「OKだよ。ひまるちゃんのことは任せて」


 頼もしい言葉を頂き、俺たちは大勢のモンスターが蠢く食料品売り場へと進み出した。

 どうやら透明化の効果は見事に効いているようで、傍を歩く俺たちに気づいていないようだ。


 ……モールに来て正解だったな。


 恐らく腹を空かせたモンスターが食ったのか、商品を食っている跡こそあるが、ほとんどの商品がまだ無傷で残っている。

 さすがにモンスターハウスに入ってまで食料を手に入れようって輩はいなかったか。


 いや、まだ一週間程度しか経っていないからだろう。時間をかければ、ここらのモンスター相手でも一掃できるくらいに成長した『新人種』たちが、ここを襲撃して食料品を狙うだろう。

 今はまだ、そこまでの実力がないから手を出せないだけだ。


 これならあと数日……は定期的に利用できそうだな。


 そうと分かれば、今日はある程度の品を手に入れて、早々に退出させてもらおう。

 俺たちは互いに手を離さないようにして、リュックやカバンに食料品を詰めていく。


 そうしてある程度ゲットできたので、そのままおさらばしようと、商品棚に沿って、できるだけモンスターに近づかずに歩く。大型のモンスターなので、できれば透明になっていても近づきたくないのだ。しかしその時だ。


 モンスターが何の気なしに振り返った拍子に、手に持っていたこん棒が商品棚に当たってしまった。

 すると商品棚がぐらつき、ちょうどひまるの頭上にあった商品が落下してきて、それが運の悪いことにひまるの手に当たってしまったのである。


「いたっ」


 ひまるが声を上げると同時に、阿川から手を離してしまった。


「……! グラ?」


 マズイ――ッ!?


 当然今のひまるは透明化が消えており、近くにいたモンスターにも気づかれた。


「阿川!」

「了解! 全速力で離脱するよ!」


 阿川も俺から手を離し翼を広げると、ひまるを抱えて出口に向かって飛翔し始めた。

 当然モンスターたちは、そんな阿川たちの姿に気づき追いかけようとするが、俺は追いかけようとするモンスターに攻撃を加えて制止をかける。


 この『INVISIBLE』だが、一度攻撃をしてしまえばその時点で効果が切れるというリスクがあるのだ。

 俺は、周囲にいるモンスターたちの視線を一身に浴びる。


「やれやれ。すんなりといかせちゃくれなかったな。けど……一応想定済みだ」


 俺は《フォルダー》ではなく、ポケットから一枚のカードを取り出す。

 こうなった時のためにポケットに忍ばせておいたのだ。


「悪いが馬鹿正直にお前らの相手なんてしてられないんでね。――スペル!」


 俺が右手で掲げたカードは――『TELEPORT』。

 テレポート、つまりは転移である。

 カードの効果により、俺の姿がその場から掻き消えた。


 そして一瞬にして俺が出現した場所は、俺たちが入ってきた入口である。

 そこにいると、すぐに後ろからひまるを抱えた阿川が飛んできた。


「よし、そのまま反対側の歩道まで急げ!」


 俺もまた全速力で道路を横切って、反対側にある歩道へと辿り着く。

 どうやらあの場にいたモンスターたちも、何が起きたのか分からず追ってきていない様子である。何とか切り抜けられたみたいだ。


「ひぐっ……ぐす……」


 しかし何故か阿川に抱えられながらひまるが泣いている。阿川がそっと地上に降り立ちひまるを下ろすと、そのまま俺の腰に飛びついてきた。


「ふぇぇぇぇんっ、こわがっだよぉぉ!」


 どうやら直接モンスターの殺意をその身に受けたようで、その恐怖から泣いてしまったらしい。

 俺は苦笑を浮かべながら、ひまるを抱き上げ頭を撫でてやる。


「もう大丈夫だ。怖かったなぁ」


 正直ひまるを連れているということで、こういうトラブルがあると想定していて良かった。だからパニックにならずに冷静に対処することができたから。


「ほらほら、もう泣かない泣かない。そんなんだと、せっかく手に入れたお菓子はお預けかなぁ?」

「やっ! たべうもん! わぁぁぁんっ!」


 あちゃあ……火に油を注いじまった……。


「もう、ツキオ!」

「うっ……悪い悪い」


 いつもなら今ので泣き止むのだが、余程怖かったようだ。まあ相手がアレだし、仕方ないか。俺だってあんなバケモノに睨まれるとビビるしな。

 何はともあれ十分な収穫はあった。


 俺たちは泣きじゃくるひまるをあやしながら、我が拠点である部室へと戻っていくのだった。



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