第15話

「ツキオ、大丈夫?」

「……ああ、まあな。けど……もう全身血塗れだわ」

「にぃやん……くしゃい」


 うぐっ……愛しの妹の正直な声が辛い。確かにゴブリンやらオークやの血液は結構ニオイが強い。早く綺麗に洗い流したものだ。


「もう、ダメだよそんなこと言っちゃ、ひまるちゃん。ツキオは僕たちのために頑張ってこわ~い怪物をやっつけてくれてるんだから」

「……にぃやん、ごめんなしゃい」

「ああ、気にすんな、ひまる。けど血がついたら汚れるから、あまり俺に近づかないようにな。それと阿川、さっきの助かった。マジでお前がいてくれて良かったわ」

「ううん、僕だって役に立てるってところを見せられて嬉しかったよ!」

「よし、この調子でさっさとモンスターどもを一掃していこう」


 一階にはオークが多く、先程みたいに一撃で仕留めにくい相手だ。体内にある核を狙ってもいいのだが、分厚い脂肪のせいでナイフが届かない恐れがある。だから首の切断を狙ったのだが、こちらもなかなかに上手くいかなかった。


「もう少し長い刃物があればな……」


 さすがに家に本物の日本刀とかはなかったので、仕方ないといえば仕方ないだろうが。

 《スペルカード》を使えばできないことはないが、ちょっと勿体無い気がする。


「……ねえツキオ、だったらさっき使ってた斧はどうかな? 攻撃力は確実に上だと思うけど」

「ああ、そういやそうだな。咄嗟に使ったけど、そんなに重いって感じなかったしな」

「そうなの? ……うっ、ちゃんと重いよぉ、ツキオ~!」

「え? そっか?」


 床に落ちている斧を持ち上げようとした阿川だが、その細腕では結構キツイようだ。

 しかし俺が手にしてみると、先程と同様、それほどでもなかった。


「あ、それってもしかしてパラメーターが上がってるからじゃない?」


 ……それだ。


 確かめて見ると、阿川の言っていた通り、パラメーターがかなり向上していた。これまで多くのモンスターを狩ったことによって成長してくれたようだ。

 俺は新しい武器を手にし、次なるターゲットに向かって進み出した。


 二階もそうだったが、ここも部屋の扉が破壊されている。中で生まれたモンスターが外に出るために壊したのだろう。あるいは中に入るために壊したか。

 だから簡単に部室の中へと侵入することができるので、そこで身を隠し、近くを通りかかったところを背後から斧で頭を割る。


 それを何度も何度も繰り返していく。このスニーキングミッションも大分慣れてきた。今ならスパイとして仕事ができそうだ。


「……よし、透視で見るに、この建物内にいるモンスターはあと一体だな」

「凄いや、ツキオ!」

「透視の効果ももう切れる。何とかもってくれて良かったよ」

「じゃああとはもう残りの一体を倒すだけだね! それで部活棟を制圧できるんだ!」

「喜ぶのはまだ早いぞ」

「え?」

「残り一体ってのが面倒そうな相手だしな」

「そう、なの?」

「ああ。見た目からして、結構強さそうな奴なんだよ。そいつがあろうことかシャワー室の前で寝てやがる」


 シャワー室は、阿川が確保したいと言っていた場所だ。まだ水道が生きているなら、俺もそこは手に入れておきたい。

 衛生的にも身体を洗える場所は欲しいからな。


 俺たちはとりあえず、件のモンスターの姿を確認するためにシャワー室へと向かった。

 ちょうど外階段がある場所の近くの部屋がシャワー室となっている。


 シャワー室は二室あるが、それぞれ男子と女子用とに分かれているのだ。当然離れているといっても、同じ廊下の延長線上にモンスターがいるので、やはり倒しておくべき相手である。


「あ、ほんとだ。寝てるっぽいね」

「だろ、暢気なもんだぜ」


 オークに似ているが、オークよりも明らかに体格が良く、鎧らしきものまで着込んでいる。

 もしかしたらRPGにも存在する弱小モンスターの上位互換的な存在なのかもしれない。


 ゴブリンには、ゴブリンキングとかゴブリンロードなどといったように、上位存在がいる。

 そしてオークもまた同様なのだ。恐らくはそういったタイプだとは思う。


「どうする? どこかに誘き出す?」

「あんなの一撃で仕留められそうにないしな……」


 逆に返り討ちに遭いそうだ。

 寝ているからといって、あの威圧感……近づくのも怖過ぎる。


 普通に戦っても勝てそうにない。かといって遠距離から阿川が羽ダーツで攻撃しても、左程のダメージを与えられるとも思えないのだ。 

 それこそこの斧で頭部を叩き割るくらいのことをしなければならない。だが今の俺じゃ、気づかれた時点で斧による攻撃は無理そうだ。


「…………なあ阿川。試してみたいことがあるんだが」

「うん、いいよ。何でも言って」

「……正直お前には危険なことだぞ?」

「今までずっと危険なことをツキオがしてたんだもん。僕だってやるよ!」

「…………分かった。でも直接お前が殺すとかじゃないから安心してくれ」


 俺は《フォルダー》を出して、そこから四枚のカードを取り出す。


 P、R、T、そして最後の一枚は白紙カードだ。


「白紙カードは勿体無いけど、しょうがないよな」


 そうしなければ足りない文字を補えないのだ。

 俺はそれらを融合させ、ある英単語のカードを作り上げてから、阿川に手渡す。


「それを持って、空を飛びながら奴に近づいて、足元に置いてほしいんだ」

「足元に? それだけでいいの?」

「それともう一つ、置いたら奴の身体に羽を飛ばして起こしてもらいたい。奴が起きたらすぐにこっちに戻ってくれていい」

「……なるほど。ツキオの考えてることが分かったよ」


 カードに刻まれた英単語を見ながら、俺が何をしたいか理解してくれたようだ。

 これは別に阿川に頼らなくてもできることだが、あることを確認したいので、彼には協力してもらいたいのである。


「任せて! じゃあ行ってくるから、ひまるちゃんをお願い」

「おう、気をつけてな。途中で気づかれたら、作戦は中断し逃げてくれ」


 コクリと頷いた阿川は、背中から白い翼を生やしてフワリと宙に浮き、ゆっくりと寝ているモンスターのもとへと向かっていった。

 幸い阿川の接近にはまったく気づいていないようで、阿川も何事もなく奴の足元まで辿り着き、そこにカードを置くことに成功する。


 そして一定の距離を離してから、モンスターに向かって羽ダーツを繰り出す。


「グヒ!?」


 仰向けに寝ていたモンスターの腹に突き刺さった羽。その衝撃でモンスターは、ビックリしたように起き上がった。

 すると阿川を視界に入れたモンスターが凶悪な顔つきを浮かべ、すぐさま立ち上がり阿川に敵意を漲らせ捕まえようと一歩踏み出す。


「今だ――スペル!」


 直後、俺がカードの効果を発動させると、モンスターが足場が一気に崩れ落ち、そのまま何の抵抗もできないまま落下していく。


「グヒィィィィィィィィイイイイイッ!?」


 叫びながら落下したモンスターが、しばらくすると断末魔のような咆哮を地下深くの場所から上げる。

 どうやら上手くいったようだ。

 俺は突然廊下にできた穴へと静かに近づいていく。


「ツキオ! 作戦通りみたいだよ!」

「おう、あんがとな阿川。ひまるを頼むよ」

「うん、おいでひまるちゃん!」


 あとはモンスターがどうなったのか確認するだけ。さすがにひまるには見せられない。

 ギリギリまで穴のところまで近づき下を覗き込む。


 そこには無数の針山に身体を貫かれてピクリとも動かなくなったモンスターがいた。


「ふぅ、いいね、こいつは使えるぞ――『TRAP』カード」


 トラップ――つまりは罠である。

 今回は落とし穴をイメージして生み出した。穴――『HOLE』だけでも良かったかもしれないが、それじゃあトラップじゃないし、穴の下に針山を設置させられないような気がしたのだ。


 それでも穴の深さを変えればもしかしたら、とも思うが、同じ四文字ならば『TRAP』の方が確実だと思ったし、殺傷能力が高いから選択したというわけである。

 それは見事な結果を見せ、強力であろうモンスターを無傷で仕留めることができた。

 ちなみに空白カードは、Aの代役として使用さえてもらったのである。


「うし、これで部活棟にモンスターはいなくなったな。あとは出口を封鎖すれば完璧なんだが……」


 それは二人だけでこなすのは結構手間がかかるだろう。今はとりあえずモンスターを一掃できたことを喜んでおこう。その次のことはまたあとで考えればいい。

 それでも一応俺たちは、出口すべてに対し、内側から鍵をかけるくらいはした。


 少し休んでから、カーテンか何かで一階の窓など、外が見える場所を覆って目隠しをすることを決めた。そうすれば、この近くをモンスターが通りかかっても、向こうからこっちの姿は見られることがないだろうから。


 あとはひまるの存在を嗅ぎ取られないようにするだけである。

 せっかく取り戻したシャワー室で、俺たちは汗を流すことにした。

 特に俺は血塗れということもあって、早く綺麗にしたい。だってそうじゃなかったらひまるとスキンシップが取れないから。


 一応使用するのは男子用のシャワー室で、湯は出ないもののボディシャンプーや石鹸などは室内に常備されているので、それを使って身体を洗うことにした。

 もうすぐ夏なので時期的にも助かる。これが冬だったら、何とかして湯を沸かすか、カードを使うしかなかったところだ。


 シャワー室の前で阿川に門番をしてもらいつつ、俺とひまるはシャワーを浴びることにした。ひまるも浴びたいといったからだ。

 水道がまだ生きててマジで助かるわぁ。う~冷たいけど気持ち良い。

 ひまるも洗面器に水を溜めて、キャッキャッと水遊びをしている。


 そうしてサッパリし、血塗れになった服は捨てて、パンツ一枚で外に出た。無論ひまるは、着ていた服をもう一度着させたが。


「ふぅ~、見張りあんがとな、阿川」

「うん、別に良い……って何で下着一枚なの!?」

「へ? ダメか?」

「い、いや……別にダメってことはないけど……恥ずかしくないの?」

「だってここにいるのはお前とひまるだけだぞ? 女子がいるならともかくよ」

「それでも……まあ、ツキオが良いなら別にいいけど」


 だったら何でそんな恥ずかしそうに、こっちをチラチラ見てくるんですかね。脈あり? 脈ありなのかその反応は!? 


 とまあ一瞬ムラってしそうになったが、すぐに阿川は男だと自分に言い聞かせ本能を抑えつけた。

 阿川は、夕方にシャワーを使わせてもらうということで、その時には俺が見張りとして立つことにし、三人で部室へと戻っていく。

 



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