第13話

 今、俺は何を目にしているのだろうか。

 そこには神々しいまでの純白な翼を纏った者が、フワフワと宙に浮いている。


「……天使だ」


 思わずそう呟いてしまうのも無理ないことだろう。


「も、もう! 天使だなんて恥ずかしいよぉ! それに僕は男だからね!」


 その照れた顔も良い。ていうか見た目だけでも天使なのに、その上、白い翼なんか生やしたらそれはもう本物じゃね?

 あとは天使の輪っかがあれば完璧だ。


「わぁ~、ミーちゃんキレイ~!」

「もう……ひまるちゃんまで。……ふふ、でもありがと」


 ストンと床に降りる阿川。


「凄いな。空を飛べるスキルなんて超強力じゃないか」

「そ、そうなのかな?」

「しかもその羽で攻撃も防御もできるんだろ?」

「うん、こうして翼を大きくして――」


 まるで親鳥が雛を守るように、優し気で温かい翼が俺たちの周囲を覆う。

 これでしばらくはモンスターの攻撃を守ってくれるらしい。


「あとは羽を飛ばして攻撃、かな」


 一枚一枚をダーツのように放って突き刺す攻撃のようだ。あまり威力こそないが、空を飛びながら遠距離で攻撃できるのが、このスキルの強みだろう。


「それに空へ逃げれば、大抵のモンスターは追ってこれないしな」


 それこそ同じ飛行能力を持っている奴らしか無理だろう。


「これなら最悪、お前にひまるを託して逃げてもらうことだってできるな」

「むぅ……僕はツキオを見捨てて逃げるなんて嫌だよ?」

「わーってるよ。あくまでも最悪な状況だけの時だ。それに俺のスキルは使い様によっちゃ結構強力でな。下手すりゃ味方まで巻き込むことだってあるかもしれないし」

「そんなに凄いの?」


 俺は自分のスキルを《フォルダー》を出しながら説明してやった。


「――凄い! 凄いよツキオ! さすがはツキオだよ!」

「さすがってのは分からんが、まあ……ひまるを守るためには便利な能力だって思ってる」

「あはは、ツキオは本当にひまるちゃんのこと大好きだよねー」

「ひまるもね、にぃやんのことね、すきなのー! ミーちゃんはー?」

「僕もツキオのこと大好きだよー」


 ……ここに幸せがある。


「あ、あれ? 何でツキオ、泣いてるの?」

「いや、これは感動の涙だから気にするな」

「そ、そう? どこか痛いところとかあったら言ってね?」


 何でコイツが男なんだ! 神様ってもんがいるなら、もう少し考えて誕生させろよ!


「でも便利な反面制限も大きいから、使いどころを謝ると困っちゃうかもね」

「さすが阿川。多分だと思うけど、レベルが上がったら、そういう制限も緩和してくれるんじゃないかって思ってる。だから……」

「優先的にモンスターを倒していかないといけないってわけだね」


 阿川は察しが良いから本当に助かる。余計な説明が不要だからだ。


「それにここだっていつまでも安全ってわけじゃない。いつ下からモンスターが迫ってくるか分からんし。それにこのフロアでも、他の部屋にはモンスターがいるかもしれない」

「なるほど。トイレとかにいたら困る、よね。あとできれば、一階にあるシャワー室とかも確保できたら最高なんだけど」

「理想はこの建物全部からモンスターがいなくなってくれれば、だけどな。だから……正直いって阿川が来てくれたのは本当に助かるんだ」

「……どういうこと?」

「お前がいてくれれば、ひまるを預けて俺がモンスターを狩りにいけるだろ?」

「! それは危険だよ! 一人で行くなんて! 僕だって……怖いけど、生きるためには戦わないといけないことくらい分かってるし!」

「ああ、お前の気持ちは十分伝わってる。だから順番なんだ」

「順番……?」


 さすがにこれだけじゃ伝わらないか。


「まずは俺が先にレベルアップを上げる。その間に、お前はひまるを守ることだけに集中してほしいんだ。そして十分にレベルアップができたら、今度はその逆。俺がひまるを守るからお前がモンスターを倒していく」

「……つまりは交互にレベルアップを図っていくってこと?」


 俺は「そういうことだ」と首肯する。すると阿川はしばらく考え込む素振りを見せた。

 しばらくして阿川は「分かったよ」と了承してくれたのでホッとする。


「正直モンスターをどうやって倒していくか悩んでたんだよ。ひまるを常に守りながらだと、どうしても対処に間に合わない場合があったりするからな。そんな危険は犯したくなかった。けど、お前が来てくれたお蔭で、一方は守り、一方は攻撃に集中することができる」

「僕、ツキオの役に立てるんだね?」

「ああ、マジで助かったよ」

「うん、分かった。じゃあツキオの言う方法でレベルアップしよう」

「けど阿川、分かってるか? 俺たちが倒そうと……いや、殺そうとする相手は元人間なんだってこと」

「それは…………うん、分かってる。正直僕自身、本当にモンスターが倒せるかって言ったら分からない。実際に目の前にして戦えるのかな……? ツキオはどうなの?」

「俺は一度ゴブリンを倒してる。ほとんど強制イベントみたいな感じだったし、戦っている間は、相手が元人間だとかそんなの考える余裕はほとんどなかったけど。でも……覚悟はある」


 そうしなければひまるを守れないなら、たとえ後ろ指を差されたってこなしてみせる。


「……お前は覚悟が決まってから動いてくれればいい。まあ俺がめちゃ強くなって、お前らを守るってこともできるけどな」

「ううん……僕だって頑張りたい。だから一緒に……しよ?」


 だ、だからお前、その潤んだ瞳でそんなこと言うのは止めろっての!


「お、おう! じゃあさっそく三階フロアの探索をしようと思うんだが」

「……うん! ひまるちゃんは僕が守るよ!」


 防御性能に特化していることもあって、彼ならひまるを任せることができるだろう。

 それに彼の能力を考えると、前線で戦うよりは援護に重きを置いた方が良い。羽ダーツで遠距離攻撃もできるし。


 一応予備のサバイバルナイフを阿川にも持たせた。そして阿川は、ひまるを抱きかかえ、俺の後ろからついてくるという陣形だ。そこそこの距離を保ってもらう。

 モンスターが餌であるひまるの気配に気づいてしまうと、すぐにこちらに向かってくるかもしれないからだ。

 そうして俺たちは、部室から静かに廊下へと出る。




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