第7話

「モンスターを殺して……レベルを上げる……かぁ」


 昨日も考えたが、やはり抵抗はある。元人間だ。当然だろう。しかし中には人間じゃないモンスターも存在している。狙うならそっちが良いが、判別がつくだろうか。


「……判別……そういうカードを使えばできるかもな」


 しかしモンスターに会う度、いちいちそんなことをするのか? いくらあってもそれじゃキリがない。

 なら覚悟を決めて、元人間だろうが関係なく殺す?

 言い訳はできる。こっちも生きるためだ。だから仕方がない、と。


 でも……やっぱり躊躇してしまう。


「ちくしょぉ……あんな場面を見てなかったら良かった」


 せめて人間がモンスターに変貌する瞬間を見ていなかったら、こんなにも悩まなかったかもしれない。

 だが運悪く、俺は大勢の人がモンスターと化し暴れる姿を目撃してしまっていた。


 あの光景が目に焼き付いている。当然あの人たちは好きでモンスターになったわけじゃない。

 すべては〝イセカイウィルス〟――アーザのせいだ。

 だからこそ理不尽に晒された人たちの命を奪うという行為に正当性を持てない。


「……もしかしたら観察すれば判別つくかもしれないしな。まずは様子見して――」


 その時だった。


 ――パリィィィィンッ!


 リビングの方からガラスが割れたような音が聞こえ、


「グギャギャギャギャギャァァァァッ!」


 明らかに人間のものではない咆哮がこっちまで届いてきた。


「ひ、ひまるっ!?」


 リビングで遊んでいるはずのひまるのもとへ急ぐ。


「にぃやぁぁぁぁぁんっ!」


 ひまるの泣き叫びながら俺を呼ぶ声が聞こえた。

 そしてキッチンからリビングへと到着して、俺は言葉を失う。

 庭に通じる窓ガラスが割られ、そこから異形な存在が室内へと入ってきていたのだ。


 ――ゴブリン!?


 昨日見た緑色の肌の不気味なモンスターだ。

 手にはこん棒のようなものを持っていて、その獰猛な赤い瞳があろうことかひまるへと向けられている。


「にぃやん! にぃやぁぁぁんっ!」


 ひまるが俺へと駆け寄ってくる。しかしゴブリンは、ひまるの後を追うように走り、そのこん棒を振り被った。


「やらせるかよぉぉぉっ!」


 俺はひまるに気を取られているゴブリンの横っ面に、全力で右拳を叩き込んでやった。

 すると汚い涎を撒き散らしながら、ゴブリンはそのまま先にある壁へと転がっていく。


「ざまあみやがれっ!」


 手応えは抜群。クリーンヒットってやつだ。

 しかしそれだけで死んでくれるような相手でもないだろう。

 ゴブリンはフラつきながらも立ってきた。


「ひまる、俺の後ろにいろよ!」

「う、うん!」


 俺は周囲を見回し、ゴブリンが吹き飛ぶ時に落としたらしいこん棒を手に取る。


「グ……ギャ?」


 ゴブリンはゴブリンで、自分の武器を探している。そして俺が持っているこん棒を見ると、凶悪な形相で突進してきた。

 奴から感じ取れるのは明確な殺意だけ。こちらがどれだけ譲歩しようが、言葉も届かないし和解することなんで絶対にできない。


 本能で感じる。コイツは――人間の天敵だと。

 俺はこん棒を握る力をギュッと込める。


 殺らなければ――殺やれる!


 もし俺がコイツに倒されてしまえば、そのあとは間違いなくひまるが餌食になってしまう。

 なら俺ができることはただ一つ。

 俺からひまるを奪おうとする敵を排除するのみ。


「うおらぁぁぁぁぁぁっ!」


 向かってきたゴブリンの頭上に向けて、カウンター気味にこん棒を振り下ろす。


 ――バキィィィッ!


 骨を砕くような乾いた音が響き、ゴブリンが昏倒する。

 そのまま何度も何度も頭部を集中的に殴打していく。こん棒を振り抜く度に、周囲にはゴブリンから出ている緑色の液体……恐らくは血液だろうが、それが飛び散る。


 だが俺は手を止めない。隙を見せたら噛みつかれてしまうかもしれないからだ。

 気づけばゴブリンは床に仰向けに倒れていて、俺はなおもこん棒をその顔面に振り下ろしていた。


「このっ、このっ、このっ、このぉぉぉっ!」


 最後に全身全霊を込めた一撃を叩き落とす。

 もう大分前に動かなくなっていたようだが、俺は激しく肩で息をしながら、こん棒から手を放してゆっくりと後ずさりをする。


 コロン……と床に転げるこん棒。そしてその近くでは血塗れになったゴブリンが横たわっている。顔は原型を留めておらず、ハッキリいってグチャグチャだ。


「うぷっ……!?」


 思わず吐き気を催し口元を押さえてしまう。

 ゴブリンとはいえ、人型生物を殺した実感を覚えたのだ。


 それに……。 


 ――殺した。……殺しちまった……んだよな?


 コイツは元人間がモンスター化した存在だとしたら、俺は人間を殺したことにも繋がる。

 そう思うと恐怖で身体が震えてきた。とんでもないことをしてしまったと、心を絞めつけてくる。


 だがそこへ……キュッと俺の振るえる右手を握ってきた存在があった。


 ――ひまるの温かい両手だ。


「……ひ、ひまる……?」

「にぃやん……だいじょぶ?」


 ……そうだ。俺はこの子を守った。バケモノから……この子を守れたんだ。


「……ああ、兄ちゃんは大丈夫だ。お前は怪我とかないか?」

「うん。にぃやんがまもってくえたもん。ありがと」


 !? ……ああ、その言葉だけで救われるよ、ひまる。


 だがこれからどうしたものか。ゴブリンが襲撃してきたということは、やはりこの家も安全ではないということだ。

 どこか安全な拠点を探した方が良いかもしれない。

 そのためには人がたくさんいるところが良いとは思うが……。


「ひまる、すぐにここから出掛けるぞ」

「え? おでかけ? どこいくの?」

「ここにいたら、またいつこんなバケモノに襲われるか分からないんだ。ひまる、この家にはしばらく戻ってこれないかもしれないけど、我慢できるか?」

「にぃやんはいっしょ?」

「当たり前だ。俺がひまるを置いてどっか行くわけがないだろ?」

「じゃあいい! にぃやんがいるならどこでもいい!」


 本当にこの子は良い子だ。そして賢い子だ。無意識にでもここが危険な場所だということを理解したのだろう。

 俺はすぐさま大きめのリュックと、ひまる用のカバンを用意し、それぞれに必要なものを詰め込んでいく。


 最悪食料が尽きても、俺には《スペルカード》があるので何とかなる。問題は遭遇するモンスターの対処くらいだろう。

 しかしそれでもカードの温存のために、食料や飲み水の確保などは外で行っていこうと思う。


「用意はできたか、ひまる?」

「うん、バッチリ!」

「……いや、あのなひまる、気持ちは分かるけど、さすがにその玩具のピアノは持って行けないぞ?」

「えぇー……ダメなの?」

「うぐっ……」


 その甘えるような眼差しは止めてくれ。ついOKしてしまいそうになる。しかし明らかに邪魔になるし、ここは心を鬼にするべきだ。


「そ、そうだな。安全な場所が見つかってから、また兄ちゃんがここにピアノを取りにきてやる。だからそれはひまるの部屋に大事に隠しておけ」

「…………ほんとにまたこれであそべう?」

「ああ、約束してやる」

「わかった! じゃあ置いてくー!」


 そう言いながら、ひまるが二階へと上がっていく。

 しばらくすると手ぶらで降りてきたので、ちゃんと置いてきたようだ。


「それじゃ、行こうか」

「うん!」


 俺はひまると手を繋いで玄関から外へと出る。

 これが俺とひまるの、〝イセカイウィルス〟に支配された世界の真実を知る第一歩となるのであった。




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