道端に

 るるるるるるる...かっかっか、るるるるる...ととん!

 黒い馬が延々と続く道の途中でした。ガス欠でもエンジントラブルでも無い。止まるべくして...いや、泊まるべくして止まったのだ。

「テントとしても十分使えそうですね...。」

 そう言ってカンカンと鋼鉄の黒馬を、軽く叩く様に撫でたのは華奢な少年。生憎あいにく比較対象が無いが、それはもう華奢な黒い髪にターコイズブルーの瞳を持つ少年だ。名はルア、旅人だ。

「キャディさーん。僕はテントで寝ますのでー。寝返りうてないと身体痛めますし、運転席で寝てくださいね。」

「うーむ...了解」

「明日は運転していいですよー。」

「まじでござるか?」

「まじです。」

「っしゃオラァ! てやんでい任せろォ!」

 渋々が乗り気になった帽子とメガネの少女キャディは鼻歌を歌いながら作業を始める。

「あらっピシーさんそっちじゃないどすよ」

「...こっち?」

「そそそそ! おけおけそっちでありんす!」

 ピシーと呼ばれたのは一見どこを見ているのか分からない...意識がぼーっとした様な少女。だが中身と言えば...

 さて、彼らは何をしているのか...四輪車の古代異装を取り囲むように敷いているのは長いロープだ。それを四つの予備のペグに通すと巨大な正方形ができた。次にロープに鈴をぶら下げる。何となく心細いから独りになってからこんな大層なトラップを仕掛けないとねてられない。今は違うのだが...。

「ビビりだなぁ。」

「ん?なんか言いましたかっ!?」

「なんにもです。」

 パタパタと飛ぶファネを追いかけるローブの少女を眺めていると、その日は直ぐに夜になった。


「ようし...。」

 おもむろに携帯ガスコンロの実用レプリカを取り出し、かっ! と手際良く一瞬で組み立てると

「晩御飯にしましょう。」


 GUILDギルド統制品の携帯ガスコンロと同じくGUILDが開発して売っているボンベで火が発生する。魔法が使えれば───何度も思った事だ...魔法の杖に頼っても、1回使うだけで水を上から被せられた様な疲労が来る。

 さて、そのコンロの上に食パンと具材を多々挟んだホットサンドメーカーを載せる。中身と言えばキャベツ...の様な野菜と卵とベーコンにマヨネーズ、胡椒をかけて挟んだだけだが。そのうち焼き上がった。

「最初は誰が貰います?」

「...」「...」

 ちょっとした譲り合いの末に、

 ぐー...。

 とお腹を鳴らしたピシーが受け取った。あと2つ作るとファネ以外の全員にその特製ホットサンドは行き渡った。

「頂きます!」

 ルアが食べ始める頃にはピシーとキャディは半分近く食べ切っていた。

 どれも火を入れすぎて焦げが多かったが、特に何も苦言は無く、オイシイの一言だけがランプと星に照らされた黒い海に響いた。


 そしてそろそろ寝ようか...という時の事

「ひゃあっ!!」

「でっ、どしたんすかッ!」

「テントにデカい虫が引っ付いてました...えーと、これはガガンボかな。」

「ガガンボ...、え!? カトンボじゃないんですかい!?」

「んんん...?」

「んんん??」

 その細長い6本脚...いや、右の前脚欠損して今や5本脚となったその昆虫生物を眺めて2人は唸った。直ぐにぶっ叩いて潰さなかったのは、優しさか...それともこの広い世界で偶に出会うデカ過ぎる虫とのビジュアルの脅威度の差か...。

「何考えてるんでしょうね...この子。」

「どうっすかねぇ...」

 ただ、どれだけデカい虫がいようとも...このガガンボ乃至ないしカトンボはカと呼ばれる害虫をまま拡大したような余り良いイメージが思い浮かばないその見た目から、今日も何処かで悲鳴が上げられているのだろう。

 しかし、ヒトへの害はほぼ皆無で動物を刺す、噛む、喰う等の事はしない...では普段何を糧に生きているのかと言うと成虫──つまりこの状態だと意外にも花の蜜だと言う。可愛らしい側面もあるにはある。

「弱いですし、気持ち悪いですし...でも気にしないで生きてるんですかね。必死に。」

「ですかねェ...」

 暫くの間、死んだかの様に動かなかったその生物はふと思い出したかのように、その二度と、再び生えてこない前脚を気にも留めずに、その虫はせわしなく羽ばたいて何処かへと消えた。

 成虫での寿命は10日ほど...後どれだけ残っているのかは知りもしないが、彼若しくは彼女はどう生きていくのだろうか。


「...何か食べれる物ないっすかね、小腹が」

「では...朝ごはん抜きですね。」

「ぬぁ...トホホ」

「今度こそ寝ましょうか。」

「ほいさ! おやすみでござる!」

「おやすみなさい。」


 そして安らかなこの星に静寂は戻る。





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