黒い馬

 パタンっ!

 ドアが閉まる音がする...ルアはその音の方を見た。不意だったので首の筋がピリッと微かな悲鳴をあげた。

「んぐ...あ?」

 ローブの人物がそのドアから入っていた...が、フードはしていない。

「ピシー......さん?」

 華奢な少年のルアはそう呟いた。無愛想なローブの人物もとい彼女...ピシーは膨らんだその大きい手提げバッグを、ルアの目の前にドスッ...と置くと

「ごはんたべろ」

 と一言、だが固まっている小柄な少年を見て再び

「ごはんたべろ」

「あ、はい...。」

 どうやら今度はルアが困惑する番のようだ、取り敢えず訳も分からぬまま中に入っているサンドウィッチ(ちょっと潰れている)をひとつ口へと運んだ。足りなかったが、手を止めてそばに居たもう1人の少女のキャディに問う。

「なんで彼女が?」

「ん? 知り合いじゃないの?」

「知り合いと言えば知り合いなんですがぁ...。えと、襲ってきた彼女がここにいる理由ですよ。」

「あー...聞きたいか? 理由...?」

「そりゃあ...。」

 少し間を開けてキャディは答えを言った。

「これ、彼女...ピシーくんが持っていた手紙なんだけどね...」

 渡された小包こづつみから手紙を取り出す...折られた手紙が何か挟んでいる。広げると...

「...これは。」

 手紙にはこの人をこの国で待て...と地図付きで書かれ、挟まれていたのは...

「僕の...写真。」

 映っているのは自分がファネに構ってやっている...いつ撮られたのか分からない程ありふれたかつての日常の風景。この写真の画素数の感じは間違いなく使っているあのカメラそのもの、つまりこの何気ない絵を切り取ったのは...

「......。」

「いいっすかね、続けますよ~」

 少し自分の世界に入りそうになったのをキャディが引き留める。

「で、手紙しっかり読んでくださいませ」

 書かれた字の雰囲気は全く知らないものだった...

「このヒトをこの国で待て、出会ったときは古代異装を彼に渡して、その彼についていきなさい...。ですね。」

「ついて...ですね?」

「ついて...ついて、ん?!」

「そゆことでやんす」

 ルアはローブを羽織ったままのその目の前の少女を見る。視線を受けた瞬間、ピシーは視線をずらす。

いくをいくと勘違いしたってこと...。えぇ...。」

「...ごはんたべろ」

「...あ、はい。」

「よし、拙者もいただこう」

「だめ」

「すみません」


 賑やかな朝食を終えたあと、手紙の通りに古代異装のある場所に案内してもらう事になった。

「......」

「......。」

「〜♪」

 1人を除いて静かにその目的地に進んでいく。だが、そうも簡単に事は進まなかった。

『オラァ! この街には変革が必要じゃァ!!!』

 と叫び声、キエエエエッ...といった奇声も聞こえる。その声の主はすぐ前方に居た...

「.......」

「...回り道をした方がいいかもしれません。」

「〜♪ ......へ?」

 そこに居たのは銃火器で武装したとんでもないおばあちゃんだった。84mmの無反動砲に5.56mmの自動小銃。そして9mm機関銃2挺。体を護るチョッキ等の装備もしっかりと身につけ、とんでもなく酷い重武装である。骨が余程丈夫なのだろう。

 さて、迂回すると言っても目的地が分からない上に、その先導者は

「ころしてくる」

 そう言ってゆっくりと歩き出した

「ダメです。」

 彼女の手を引いて止める...。おそらく彼女本来の怪力なら容易に引き摺って行けそうなものだが、意外と止まってくれた。

「どうして」

「えと...構わない方が目立たずに過ごせます。」

「まわりはあぶない」

「そうだけど〜...んん。」

「いい考えがあるっ!」

「いいかんがえ?」

「戦うけど上手く武装を解除するのです! しゅたたっ! って!」

「じゃあ...、ギルドとかに勘づかれない程度に......。優しくね。」

「りょうかい」

 手を離すとピシーは歩みを再開した。

 かすかすかす...履いているローファーの乾いた接地音を立てながらその重武装おばぁに近づく。

『なんじゃお前はッ! 異を唱える者か! さすれば殺す!』

「ころす...」

 送り出したはいいものの、果たしてあの少女バーサーカーが殺気を滾らせた相手に手加減をしてくれるのだろうかと...そう思っていたが

「だめよ、ころしちゃ」

『何を言っておるかっ! この国の偉い馬鹿共は税金でぬくぬくと過ごしておるのじゃ! わしらのような非力な民は死ぬまで働かせてなぁァ!』

「ころしたらぬくぬくすごせるの?」

『なっ!?』

「ころしたらおかねもらえるの? しゅじんはだれ?」

『そんなもの...、主人は、主人は...』

 老婆の威圧が減った...気がした。だが、ピシーにとってはその"気がした"は確信だった。

 強く大地を蹴りあげた!

 ごぉっ!!!!

 老婆はその神速に反応なぞできない。一瞬下げていた自動小銃は、引き金を引く時には既に銃身がぐちゃぐちゃに曲げられていた。放たれた銃弾は勢いよく潰された銃身の内壁にぶち当たり、炸裂、吹っ飛んだ。

『ひぃい!?』

 頭が可笑しい程の重武装に耐えていたその腰はこの一瞬に感じた恐怖によって抜けてしまった。

「だめよ」

 そう言ってローブを羽織った少女は膝を付いて横から老婆を優しく抱いた...。わけが分からなくなった老婆は抱き返すとそれ以降何も起こさなかった。


「行きますよ。」

「うん...」

「めでたしかなぁ! ナイスさくせんっ!」

 一行は去った。

 自警隊が来たが、そこには老婆がペタンと座っているだけだ。


 とるるっ!


 るるるるかっかっかるるるる....


「「いい音だ」。」

 心地よく刻む一定のリズムの中で、不定期に石と石がぶつかったかのような音が響く。それがどれほどいい音なのか、この空間ではこの二人しか通じえないだろう。

 ばさっ!

 震えるそれが被った幌をキャディは派手に投げ捨てる。...後で拾う。

 2ストロークの熱い心臓エンジンを持つ、頑丈でどこか小奇麗こぎれいな鋼鉄の黒い馬。

「いきますよっ!!」

「よーそろー!」

「うん」

 このときを待っていたかのようにその四駆の古代異装は一層強いいななきを立てて駆けだした。


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