第25話 本選準決勝①


 コロッセオ地下。選手控室前の廊下。


 扉を閉め、部屋から出てくるのは、ラウラだった。


『優勝するのは僕たちだ。お前らは味方じゃなくて敵、だからな』


 そんな大言壮語を、あのモンゴルチームに宣言した後のことだ。


「……はぁ」


 言っちまったもんは仕方ねぇが、自然とため息が漏れちまう。


 目の前には、不安そうにこちらを見つめるジェノとジルダの姿があった。


「あの、ラウラ。もしかして中で何かあった?」


「声を出すまで絶対に突入するな、ですよね?」


 そして、こちらの顔色をうかがうように、そう尋ねてきた。


 中で起きたことを事細かに伝えてやってもいいが、さて、どうっすか。


「別に何もねぇよ。生理がきただけだ、気にすんな……」


 少し考えた上で、ラウラは体のいい嘘をつく。


 今、話したところで、士気を下げるだけだろうからな。


 それに、女の日の話と言っとけば、こいつらも深くは聞いてこねぇだろ。


「あ……」


 予想通り、ジェノは気まずそうに言葉を濁らせている。


 これでいい。話すのは、全部終わってからでも遅くはねぇ。


「分かったなら、さっさと武舞台に上がるぞ。次の出番は僕たちだ」


 そんなジェノに背中を向けながら、ラウラは語る。


 今は準決勝で待ち受ける強敵のことを考えねぇとな。


「ちょ、待ってよ」


 すると、後ろから戸惑う声と、足音が聞こえてくる。


 ただ、聞こえてくる足音は一つ。その意味は見なくても分かる。


 勘が良いのか、悪いのか、今の嘘じゃ誤魔化せなかったのかもしれねぇな。


(バレたか。面倒だが、もうちょい嘘をひねった方がいいか……)


 頭を手で軽く搔きながら、ラウラは後ろを振り返る。


 その間に、ひねった嘘を考え、足を止めたやつの反応を待った。


「……生理って、なんです?」


 すると、返ってきたのは、斜め上からの回答。


 頭を抱えちまうような、見当違いな疑問を口にしていた。


 ◇◇◇


 コロッセオ。武舞台。吹き抜けの天井からは夜空と三日月が見える。


 月の光に照らされるように、舞台上にはスポットライトが当たっている。


 しかし、そこに立つ者はいない。どことなく侘しさを感じられる空間だった。


『さぁ、栄えある準決勝の舞台に揃ったのは、ダークホースとダークホース。予選戦績ワースト一位とワースト二位。下馬評なんかは紙切れ同然。大番狂わせの両者は果たしてどちらが生き残るのか。匿名希望とチームラウラの入場だぁ!!!』


 そんな空虚な場所を彩っていくのは、熱のこもった実況の声。


 同時に入場口から白い煙が上がり、盛大な歓声が会場を震わせた。


 その煙を突き抜けるように出てきたのは、三人と三人。別々のチーム。


 ランウェイを歩くようにして、悠々と、雄々しく、可愛らしく、闊歩する。


「……次の試合、私は三番で出ます」


 その先頭を切り、隣を歩く男。


 マランツァーノは小声で語りかけてくる。


「心理戦のつもりか? もう順番は決まってんだ、意味ねぇぞ」


 対してラウラは、気だるそうに話を切り返す。


 実際、対戦の順番は事前申告制だ。嘘でも本当でも変わらねぇ。


「果たして、そうでしょうか?」

 

 すると、マランツァーノは不穏な言葉を言い残し、武舞台付近に到着する。


 足並みは分かれ、相手チームは右。こっちのチームは左に集まる形となった。


「……けっ。ミステリアス風味なキャラ気取りやがって」


 去り行くマランツァーノの背中に向かい、愚痴をこぼす。


 あの手の輩はまじで嫌いだ。思惑があるなら、はっきり言えっての。


「どうかした? ラウラ」


 すると、ジェノが心配そうに尋ねてくる。


 今の独り言が聞こえちまったのかもしれねぇな。


(……同じ名前なのに、中身は大違いだな。こいつのが百倍好みだ)


 隣にいるジェノは、基本、隠し事はしねぇ。


 自分の意見があればはっきり言う、分かりやすい男だ。


 そっちのが人として好きだった。あいつと見比べたら余計にそう思う。


「いや、なんでもねぇよ。お前は黙って試合に集中しとけ」


 面と向かって伝えてはやらねぇけどな。


 曲がりなりにも異性だ。勘違いされたらだるいからな。


「……うん」


 すると、ジェノは複雑そうな顔をしていた。


 恐らく、勝手に深読みして、勝手に傷ついてるんだろうな。


 仕方ねぇ。この試合に勝てたら伝えてやるか。別に告白するわけでもねぇしな。


「浮かねぇ顔すんな。後で何考えてたか教えてやるから、今は気合入れてろ」


 それに、チームメイトのメンタルケアもリーダーの務めだ。


「……うん!」


 軽くフォローを入れてやると、ジェノの顔色は太陽みたいに明るくなっていた。


(単純で分かりやすいやつ。やっぱ、和むわ。こいつが身内にいたら)


 絶対にこの試合は勝たねぇと。そんな強張りなんか軽く吹っ飛んじまう。


 こいつの隣はやっぱ居心地がいいや。あげまんならぬ、あげちん。なのかもな。


(さて、ここが天王山だ。力まねぇよう、ウォームアップしとかねぇとな)


 ラウラは、そう考えつつ、腕と足の軽いストレッチをしていく。


 一回戦目と二回戦目と変わらず、一番手だからな。こけるわけにはいかねぇ。


「……ん? なんだあいつ」


 そう意気込んでると、気になる人物が目に入る。


 赤いTシャツに赤い帽子を被った細身の男が迫ってくる。


 胸には、白い字で『ストリートキングスタッフ』と書かれてあった。


「すごい汗。なんだか慌ててるみたい、です」


 ジルダの言う通り、顔には冷や汗を浮かべている。


 選手は互いに揃ってる。運営側がトラブったっぽいな。


「……はぁ、はぁ、はぁ。……チームラウラの皆さん、ですよね?」


 すると、スタッフは目の前で足を止め、肩を上下させながら尋ねてくる。


 状況から見て、問題があったのはうちのチームみてぇだな。めんどくせぇ。


「そうだけどよ、なんかあったのか?」


 ただ、無視するわけにもいかず、ラウラは聞き返す。


 しょーもないことだったらいいが、そうじゃねぇだろうな。


「もーしわけありません! 私の不手際で対戦順の用紙を失くしてしまい、チームラウラの皆様の順番が白紙の状態になってしまいました。……それで、お手数ですが、もう一度、そちらの対戦順をこちらの用紙にご記入できないでしょーか」


 スタッフは、説明しつつ、黒のジーンズの後ろポケットを探る。


 そこから折りたたまれた白い紙と、ボールペンを取り出し、渡してきた。


「……」


 その情報が目と耳から入ってくるが、脳がそれを受け止めきれねぇ。


「ん? ラウラ? 今の話聞いてた?」


 すると、すぐに違和感に気付いたジェノは、様子をうかがってくる。


 今、どんな顔をしてんだろうな。驚く顔か、呆れる顔か、強張った顔か。


 ――ともかく。


「そういう、ことかよ」


 繋がった。あいつが三番手と言い放った、その意味が。

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