第24話 答え合わせ


 コロッセオ地下。チームモンゴル選手控室。


 赤い内装で、壁際にはモニター、赤い長テーブルと、ソファが見える。


「まずは、三回戦進出おめっとさん」


 そんな代わり映えのない部屋に訪れたのは、ラウラだった。


「ふむ。褒め言葉と受け取っておこう。中々、骨のある相手だったからな」


 扉を開き、招き入れるのは、ボルド。


 試合終わりのくせに、至って涼しい顔をしていた。


「……」


 辺りを見渡すと、ザーンは地面、オユンはソファでぐったりしている。


 やはりというべきか、この男はこいつら二人に比べて、出来が違うらしい。


「それで、本題があるのであろう? 美辞麗句を並べに来ただけではあるまい」


 すると、ボルドは外の廊下を一瞥しながら、話を振ってくる。


 さすがだな。この優秀さが、今となっては末恐ろしく感じちまう。


「あぁ、バレてたか。仕方ねぇ。早速だが、単刀直入に聞かせてもらう」


 ラウラは言われるがまま、話を切り込もうとする。


 聞けば、全て分かる。敵か味方か、はっきりするはずだ。


 そのためにここに来た。このまま手ぶらで帰るわけにもいかねぇ。


(いいのか、本当に今、聞いちまって……)


 それなのに、今さら覚悟が揺らいでくる。


 事と次第によっちゃ、これまでの関係が終わる。


 そんなもんは当然、分かった上で来たつもりなんだがな。


「……どうかしたか?」


 その妙な間を気遣ったのか、ボルドは振り返り、そう尋ねた。


 今ならまだ間に合う。適当に茶を濁せば、どうにか切り抜けられる。 


「お前らだろ。ベネチアのアパートで眼鏡職人を拉致した、あの三人衆は」

 

 そんな甘い考えを振り払い、ラウラは本題を切り出した。


 これで、もう引き返せねぇ。扉の前には二人を待機させてある。


 最悪、ここでバチバチの戦闘だ。殺し合いにすら発展するかもしれねぇ。


「そうだが? 何か問題でもあるのか?」


 すると、ボルドは開き直ったように、事実を認める。


 同時にバタンと扉が閉じ、オートロックの鍵がガチャリとかかった。


「……なっ!?」


 まさかの回答に体がぎょっと硬直し、致命的な隙を晒してしまう。


 しかも、ボルドはこちらに向かい、気付けば手の届く距離にまで迫っていた。


(やら、れる……っ)


 頭によぎるのは、手刀で胸をえぐられ、殺される未来。


 ボルドほどの使い手なら、いとも簡単にやってのけるはずだ。

 

 今からセンスで体を覆っても、とてもじゃねぇけど、間に合わねぇ。


「何を青ざめた顔をしている。拙者らは味方だぞ」


 そんな死線を、ボルドは悠然と横切った。


 味方。という何の根拠もねぇ言葉を口にしながら。


「……そんな信憑性のねぇ言葉に、騙されるとでも思ってんのか?」


 横切るボルドを目で追いつつ、ラウラは問う。


 本人が認めた以上、眼鏡職人を拉致ったのは確実だ。


 どんな理由があろうと、味方に結び付くビジョンが見えねぇ。


 当然ながら、そんな相手の発言を、うかつに信用できるわけがなかった。


「大会で優勝する未来を実現するための小細工、と言えば信じるか?」


 ボルドは長テーブルに置かれた、黒い蓋がついた半透明の水筒。


 プロテインシェイカーを手に取り、中身の赤い液体を揺すりながら尋ねてくる。


(未来……。オユンの占いか……)


 警戒心を保ちながらも、冷静に思考を回す。


 オユンの占いは抽象的だ。一度受けたから分かる。


 望んだ結果に近づくための行為。そう考えれば辻褄が合う。


「……まぁ、あの眼鏡職人が無事なら考えてやってもいいぜ」

 

 真偽はおいといて、ここはひとまず見だ。

 

 荒事を起こしたところで不利なのは、こっちだからな。


「賢明な判断だ。……実は、我らが拉致した御方は依頼主でな。当然、無事だ」


 そのボルドの発言に、頭の中のパズルがはまったような音がした。


「……そうか。あの眼鏡職人の目的は、大会で優勝すること。それで、占いの結果『共闘の果てに、栄光を掴む』だったから、お前らは僕たちに声をかけて来た。つまり、お前らを優勝させるためのマッチポンプにされたってわけか」


 考えるよりも先に、口が勝手に動く。


 右脳に従った割には、納得のいく内容だった。


 だってよ、拉致が演技だったなら、誰も悪くねぇからな。


「おおまかにはそうなる。大会の辞退を引き留めたのも、それが理由だ」


 次にボルドの口から明かされたのは、主張を補強する説明。


 一度、大会を辞退しそうになったが、止めてきたのはこいつらだ。


 優勝する未来を実現する。そのための行動だったら、全部納得がいっちまう。


「ちっ、なんだそれ。僕たちは占いの筋書き通りに踊ってただけなのかよ……」


 修羅場を回避できて、ほっとする反面、正直、かなりむかついた。


 気付かれない程度で、いい具合の操り人形にされてたってことなんだからよ。


「そうとも限らんぞ。案外、踊らされているのは……」


 それに思うところでもあったのか、ボルドは何かを口にしようとする。


 内容が少し気になったが、どうせ、ご機嫌取りか、慰めの言葉かなんかだろう。


「あー、変な気ぃ遣わなくていいっての。それより、職人は今どこにいる」


 早々に見切りをつけ、ラウラは建設的な話を促した。


 よく考えりゃあ、手間が一つ省けたみてぇなもんだからな。


 今はイライラするよりも、素直に喜んどいた方がいいのかもしれねぇ。


「あの御方なら――」


 ボルドはそのまま口を滑らそうとするが、


「駄目……。情報の秘匿は必須……っ!」


 ソファに寝転がるオユンがこちらを向き、言葉で止めてくる。


 その顔はグロッキー状態で、腕はだらんと垂れ、説得力は皆無だった。


「種を明かすのは、お前らが優勝してからってか?」


 ただ、重要なのは発言の中身だ。無視して追及するわけにはいかねぇわな。


「……うむ。もし、そうなれば、確実に話せるであろうな」


 独特な言い回しだったが、まぁ納得した。


 こいつらの動機は、『大会に優勝する』の一点。


 今まで起こした行動の全てが、それで説明がついちまう。


(疑問は、もうねぇな。狙いも思惑も、ほとんど把握したが……)


 ただ、喉元に骨がつっかかったような違和感があった。


 このまま帰ってやってもよかったが、どうも引っかかる。


「お前らのやりたいことは理解した。……ただ、一個だけ言わせてくれ」


 少し考えを巡らせると、すぐに違和感の正体は分かった。


 後は思い切って伝えてやるだけだ。胸中を隠す仲じゃねぇしな。


「聞かせてもらおうか」


 すると、ボルドは真面目な表情を作っている。


 手に持っていた、プロテインシェイカーも机に置いていた。


 礼儀正しくて、生真面目で、憎めねぇやつ。相手したくねぇタイプの筆頭だ。


 ――でも。だからこそ。


「優勝するのは僕たちだ。お前らは味方じゃなくて敵、だからな」


 ぶっ飛ばし甲斐があるってもんだよなぁ。

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