第23話 黒い拳士
コロッセオ。武舞台。
会場が盛り上がりを見せる中、舞台に立つのは二人。
「見える。未来が見える。健闘むなしく敗れ去る、そなたの未来が……っ!」
その一人。オユンは両手を前に突き出し、手のひらを内側に向け、語る。
名前:【オユン・ボルジギン】
体力:【1000/1000】
勝率:【10勝2敗83%】
階級:【金剛】
実力:【1994】
意思:【50】
視界の端には、数字が表記される。
眼前には、立ち塞がってくる対戦相手。
「……未来視ってところか。俺は、結果しか信じねえ性質でな」
短い黒髪を逆立てた、大柄の男が立っている。
服装は、黒いレザージャケットに、紺のジーンズ。
顔は険しく、目つきは鋭く、拳をどっしりと構えている。
名前:【ヴォルフ・シュトラウス】
体力:【1000/1000】
勝率:【8勝0敗100%】
階級:【金剛】
実力:【1989】
意思:【2021】
その名はヴォルフ。鍛え抜かれた肉体を誇る、勇猛な拳士。
身長は2メートル近くあり、一回りも二回りも体格に差があった。
拳を一発でも受ければひとたまりもない。圧倒的に不利なマッチアップ。
「――悪いが、押し通らせてもらうぜ」
それを知ってか知らずか、ヴォルフは意気揚々と戦いの先端を開いていった。
◇◇◇
コロッセオ二階。一般観客席。
『なんだなんだ、一体我々は、何を目にしているんだぁ!?』
響いてくるのは、明らかに困惑している実況の声。
「……何が、どうなって」
ぽつりと感想をこぼすのは、ジェノ。
目に入ってきたものが、信じられないといった様子。
「弱いのに、強い、です……」
一方、ジルダも似たような反応を示している。
それもそのはず、試合は異様な展開が繰り広げられていた。
『おーっと、また決まったぁ! ヴォルフ選手の拳が自らの頬を貫いた!!』
大柄の男――ヴォルフが振るう、渾身のストレート。
それがことごとく振るった本人に返ってくるという怪奇現象。
普通なら驚いて終わりだ。だけど、そんな単純な反応じゃ済ませられねぇ。
「赤いセンスに、合気道……。あいつ、まさか……」
身に覚えがあったんだ。あの技にはよぉ。
◇◇◇
コロッセオ。武舞台上。
名前:【ヴォルフ・シュトラウス】
体力:【50/1000】
意思:【1939】
名前:【オユン・ボルジギン】
体力:【1000/1000】
意思:【50】
簡易的な体力バーには、そう表記されている。
(オレの力を利用した合気道ってところか。相性が悪すぎるな……)
追い込まれた状況の中、ヴォルフは思考する。
初めは手心を加えて、軽く勝ってやるつもりだった。
その蓋を開けば、これだ。体格差の有利は不利に変えられた。
(ただ、相手は二敗してる。無敵ってわけじゃねえ。攻略法があるはずだ)
それでも思考は止めず、模索し続けるのは逆転の手立て。
追い込まれたから諦める。などという、ぬるい考えは毛頭ない。
失礼だからだ。勝ってきた相手にも、勝ち抜いてきた自分に対しても。
だからこそ、抗う。どれだけ追い込まれようと心が折れなければ負けではない。
「オレの未来は、健闘むなしく敗れ去る、だったか」
確認するのは、試合前に言われた一言。
意思の力による占いか、未来視の能力のはず。
その精度は、思い入れの強さに依存するが、果たして。
「的中率は99.999%……。占われた未来が覆ることは万に一つない……っ!」
この口振りから察するに、嘘をついてはいねえだろう。
(常軌を逸したこだわりの賜物か。そこに至った過程に興味はねえが……)
真に受けるなら、絶望的な数値。
頭を抱えながら、合気と向き合わないといけねえ。
「へえ、なるほどな。占いは十万回に一回程度なら外れるわけか」
ただ、そこに付け入る隙があるように感じた。
確率通りなら確かに、万に一回も外れない計算になる。
だが、分母を増やせば話は別だ。十万に一回は外れることになる。
「十万に一つは出ない……。そう簡単には……っ!」
痛いところを突かれたのか、むきになったように、相手は語る。
武術も能力も桁違いに優秀だが、おつむの鍛錬はサボっていたらしい。
「だったら、てめえに勝った二人は、十万分の一を引いたってことでいいのか?」
占いで精度の高い先読みが可能なら、勝てる相手にだけ挑めるはず。
敵が十万分の一を引いたってなら納得だが、問題は二敗してるって点だ。
つまり、十何試合の予選の間に、二人も豪運の持ち主がいたってことになる。
――あり得ねえんだよ。そんな天文学的数字は。
「占いは抽象的……。個人で負けても、チームが勝てばいい……っ!」
すると、今のが地雷だったのか、オユンは必死で弁明していく。
ガキの言い訳にしか聞こえねえが、曲がりなりにも筋は通っていた。
この大会はチームゲームだ。個人の成績よりチームの勝利が優先される。
そう考えればズレがあっても納得だ。本人が必ずしも勝つ必要はねえからな。
「よーく分かった。てめえの占いは認めてやるよ」
「余の占いは最強……。ようやく、その身に刻んだか……っ!」
「ただな、健闘むなしく敗れ去る。ってのは、てめえの可能性もあるんだよな」
しかし、その占いのズレはかなり致命的だ。
チームで勝つ未来が見えたとしても、個人の勝敗は別。
つまり、敗れ去るのは誰か。本人も見えてねえってことになるわけだ。
「それは……。否定、できない……っ!」
オユンは一瞬、言い淀んだが、正直に話していた。
決まりだ。ここまで占いに誇りを持ったやつが嘘をつくわけがねえ。
「なら、勝たせてもらうぜ。運試しより、力試しの方が好みなんでな」
まずは、目の前の一勝を自分の力でもぎとる。
その後どうなるかは、チームメイトと運次第だ。
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