第21話 時間の矢
コロッセオ。武舞台上。
「……悪ぃな。僕の勝ちだ」
握り拳を天に掲げるのは、ラウラ。
対戦相手の龍鳳は倒れ、地に伏している。
『敵のスリーダウンを確認。よって、マスターの勝利です』
そこにアイのアナウンスが流れ、歓声が沸き上がる。
その後、二番手のジルダは負け、ジェノは勝ち。二勝一敗。
チームとして勝ち越す結果になり、二回戦は勝利を収める形となった。
◇◇◇
コロッセオ地下。選手控室。
『激戦を制し、勝利を掴み取ったのは、チームラウラっ!!!』
赤い内装の室内には、二回戦第一試合の実況が高々に響く。
その一部始終をモニター越しに眺めていたのは、バーテン服を着た男。
「……やはり、そうでなくては」
マランツァーノは立ったまま、ぽつりと感想をつぶやく。
モニターに向けられる視線は熱く、拳を軽く握り込んでいた。
「超不可解。セバスが未来人なら、こうなるって分かってたんじゃないの?」
そこに、赤いソファに座るセレーナは、素に近い状態で尋ねる。
その膝上には、白髪の少女――ミザリーがちょこんと座っており。
「ミザミザっ!」
訳するなら「そうだそうだ」と言わんばかりに、反応を示していた。
「未来人である私が、この世界に存在できている時点で、未来は不安定な状態であり不確定。私の知る世界とは異なる分岐をたどっています。詳細な未来を知りたいのであれば、『シビュラの書』で、今より先の事象を観測する他ないでしょうね」
マランツァーノは、淡々と聞かれた質問にだけ答える。
もし、未来が同じだったなら、目的はとっくに達せられている。
不確定要素があるのは間違いなかった。その原因は、自分か、あるいは――。
「小難しいこと言ってるけど、何も知らないってことでしょ。ほんと使えない」
セレーナは、執事として従事していた頃と同じように、上から目線で語る。
その態度は、未来人だと知りながら、ある意味で対等に接してくれている証。
今となってはそれが心地よく感じられた。数少ない味方の一人に思えたからだ。
「それより、よろしかったのですか。私につくということはリーチェ様を――」
ただ、気にかかるのはリーチェを殺すという目的に巻き込んだこと。
彼女は元々、リーチェと深い親交があり、本来は敵として想定していた。
それなのに、なぜ味方になったのか。その理由を今まで確認していなかった。
「……誰かに殺されるぐらいなら、あたしが殺したい。それだけよ」
対しセレーナは、声のトーンを落としながら、曇った表情で答える。
愛情と憎悪は表裏一体。愛しているからこそ、他人に壊されたくない。
そう考えれば、彼女の言っていることに、筋は通っているように思える。
ただ、真意は不明。今は味方とはいえ、慎重に見定める必要があるだろう。
「それならよいのですが、もし、意にそぐわぬようなことがあれば」
その不安の裏返しなのか、裏切られる前提で話を進めてしまう。
他人に期待しなければ心に傷を負うことはない。嫌な大人の悪知恵だった。
「あたしは何があっても裏切らないから。そっちが切り捨てない限りはね」
しかし、セレーナはこちらの意に反して、心強い発言をしてくれる。
心当たりがないことはない。短くない間、寝食の世話をしたことがある。
それが影響して、一方的に信用してくれている可能性は、十分に考えられた。
(本心なのか、あるいは……)
だが、一蓮托生の関係を築けた覚えは、正直言ってなかった。
今だけ信用させて、後で裏切るための布石のようにすら感じられる。
「であれば、心置きなく付き合ってもらいますよ。地獄の底の底まで」
それでも、今だけは頼りにさせてもらおう。心が折れない限りは。
◇◇◇
アメリカ。マンハッタン地下にあるダンジョン。コキュートス。
地獄と呼ばれた場所の底。第八樹層。深窟の間を攻略する者たちがいた。
「ま、まっくらで何も見えないっす……」
「イテッ! 何か頭に当たったアルよ!」
「ここで行き止まりか? いや、動くぞ」
攻略したのは、たったの三人。
黒いバニースーツを着た、短めの紫髪の女性――メリッサ。
赤いチャイナドレスを着たお団子ヘアーの黒髪の女性――
紺色の和服を着た、長い白髭に、坊主頭の初老の男性――
それぞれが最上位冒険者の証。黒いハチマキを首に髪に額に、身につけている。
「……押すしかなさそうっすね」
そこでメリッサは、突き当たった場所をゆっくりと押していく。
岩がガリガリと引きずられるような音が響くと、急に光が差し込んだ。
「な、なんっすか!? ここは!!」
その光の先。メリッサが目にしたものは、予想すらしなかった場所だった。
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