第20話 本選二回戦


 コロッセオ。武舞台上。


 見えるのは、雲一つない夜空と星。


「ラウラ! 起きて!!」


 聞こえてくるのは、鬼気迫るジェノの声。


(…………あ? なんだ、これ。どうなってんだ)


 頭がズキンと痛み、遅れてバカでけぇ歓声が響いてくる。


『ヒットとダウンを確認。マスターに100のダメージ。10カウント以内に起きなれば敗北となります』


 そこに、ちょうどよくアイが状況を説明してくれる。


(そうだ。二回戦が始まって、ぼーっとしてたら先制攻撃を……)


 考えを整理し、ようやく理解する。


 このまま起き上がらなきゃ負けだってな。


 だけど、体はくそだりぃし、頭は死ぬほどおもてぇ。


『10、9、8』


 その間にも、アイのカウントは進んでいく。


 さっさと起きなきゃいけねぇのは、分かってる。


 ――でもよ。


(なんで、こんなしんどいことばっかなんだよ。もっと楽して生きてぇよ……)


 起きようとする体を蝕むのは、女々しい弱音。


 親父が死んでから、これまでろくなことがなかった。


 努力して、必死で強くなってもいいことなんて一つもねぇ。


 上には上がいるし、親父が生き返るわけでもねぇし、不安だらけだ。


『7、6、5』


 思考は負の連鎖に入り、敗北へのカウントは止まらない。


 そのせいか、体はぴくりとも動かねぇし、眠たくなってきやがった。


(弱音吐いて、現実から目を背けて、苦しいことから逃げて、それで……)


 だってよ、どれだけ頑張っても辛いことだらけだ。

 

 だったら、何もしなけりゃあいい。何も頑張らなきゃいい。


 そうすりゃあ、きっと幸せになれる。嫌なことは、ずっと忘れられる。


『4、3、2』


 忘れて、諦めて、楽をして、その上でやりたいことは一つ。


(お嫁さんになりてぇ。結婚して、子供産んで、幸せな家庭を築きてぇ)


 それは平凡な夢。マフィアも組織も白教も関係ねぇ、ただの普通が欲しかった。


『――1』


 馬鹿なフリして、敗北を素直に受け入れりゃあいい。


 それだけだ。たったそれだけで、手に入る。普通に手が届く。


「……」


 ラウラは縋るような思いで、手を伸ばす。


 その先に見えたのは、闇の中で輝き続ける一番星。


 届かないと知っていながら、馬鹿なフリして手を伸ばし続ける。


(……あと少し、もう少しで)


 一秒に足るか、足らないかのほんのわずかな間。


 ひたすらに、がむしゃらにラウラは愚行を続ける。


 だけど、止まった。ぴたりと、手は動かなくなった。


(……僕の欲しいもんは、こんなくだらねぇ結末バッドエンドなのか?)


 星に手が届かないことなんて分かってる。


 このままじゃ、夢は掴めないなんて分かってる。


 負ければ一生後悔することなんか、最初ハナから分かってる。


 だとすればなんだ。やりたいことはなんだ。手にしたいものはなんだ。


 逃げることか。諦めることか。自堕落な生活をして、余生を終えることなのか。


(……ちげぇだろ!!! 僕が欲しいのは、こんな不確かなもんじゃねぇ!!!)


 間に合うかは分からねぇ。もう手遅れかもしれねぇ。


 それでも体に鞭打って、背中を蹴ったように立ち上がった。


「……」


 視界は揺らぐ。どよめくような歓声が聞こえる。


『――ゼ。ファイティングポーズをとって、前を向いてください』


 そこにアイの声が聞こえてくる。


(……間に、あったか)


 指示通り、前に焦点を合わせ、構える。


 そこにいたのは、青色の武道服を着た、緑髪の男。

 

 前髪は長めで、後ろ髪は短く、目つきは飢えた狼みてぇに鋭い。


 高めの身長に、引き締まった肉体。右腕をナイフのように尖らせて構えてる。


名前:【龍鳳】

体力:【1000/1000】

勝率:【7勝0敗100%】

階級:【白金】

実力:【1888】

意思:【2001】


 そして、嫌でも目に入るのが、この数値。


 明らかに格上。こっちの限界フルパワーを軽く超えてやがる。 


「何か掴めでもしたか?」


 すると、緑髪の男――龍鳳は冷めた目を向け、尋ねてくる。


 馬鹿にしているような感じはしねぇ。ただ、どうも、鼻につく。


 格上だと自覚した余裕からくる、格下を哀れんだ言葉ってところか。


「……いいや、これから掴み取ることにした」


 まぁ、なんだって構わねぇ。


 起きた以上、やることは決まってる。


『続行可能だと判断しました。試合を再開してください』


 アイのアナウンスが流れ、闘技場はどっと沸く。


「僕を格下だと見下すお前を、完膚なきまでにぶっ倒してなぁ!」


 その太い歓声に紛れて、ラウラは吠えた。


 敗北の狭間に見たものを、この手で掴み取るために。

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