第19話 うごめくのは光と闇
コロッセオ。二階。特別観覧席。
ガラス張りの個室。武舞台を一望できる場所。
座席は赤いソファが二つ。適度な距離に並べられている。
片側の赤いソファのひじ掛けには、空のワイングラスが置かれていた。
「今の試合、どうご覧になられますか? ラウロ様」
そこにボトルが傾けられ、空のグラスに赤い液体が注がれていく。
ソファには座らず、脇に立つのは、紫色のスカートスーツを着る女性。
盛り上げられた金色の髪に、赤縁の眼鏡をかけ、手にはボトルを持っている。
「……やはりと言うべきか、『あのチーム』は思った以上に、厄介そうだ」
答えるのは、汚い紺の作業服を着た茶髪の男。ラウロ。
右目には、試合を観戦するためのモノクルがつけられている。
「裏でご対処なさいますか?」
金髪の女性は持ったボトルを、氷が詰まったアルミ製のバケツに入れ、尋ねる。
「いいや。手は出さない。あくまで正攻法でいく」
ラウロはワイングラスを口につけ、答える。
その表情に曇りはなく、自信に満ち溢れていた。
「……しかし」
一方で、金髪の女性の声色はどことなく暗い。
その表情には陰りが見え、不安だと言わんばかりの様子。
「不安かい?」
その違和感にいち早く気付き、ラウロは優しく問うた。
すると、金髪の女性は険しい表情を作り、弱々しい声で語り出す。
「率直に申しますと『アレ』に勝てる人間は、表には……」
「勝つよ。うちの娘は。ラウラ・ルチアーノならやってみせる」
ネガティブな言葉を打ち消すように、ラウロは断言する。
娘への過信か、それとも、正当な評価か。それは、神のみぞ知る。
◇◇◇
コロッセオ地下。選手控室が並ぶ廊下の最奥。主催者室。
30畳ほどある赤い内装の室内には、執務机に赤い社長椅子。
そこに座るのは大会主催者。ピエトロ・ファルネーゼだった。
「用とは、なんでアールか? これでも忙しいのでアールが」
その背後には巨大なモニターがあり、大会が実況中継されている。
「裏トーナメントについて教えろ。教えられねぇなら、大会をぶっ潰す」
そこに乗り込んだのは、ラウラは脅しを始める。
ジェノを追いかけた途中でこいつを見かけ、声をかけた形だ。
あいつなら問題ねぇだろうし、主催者を詰めるのは優先度高めだったからな。
「……ふむ。先ほども申したと思うが、イオは何も知らないでアールな」
すると、ピエトロは当然のようにシラを切る。
少し脅したぐらいじゃあ、知らぬ存ぜぬってところか。
実力行使に出るのも一つの手だが、さて、どうするのが、利口か。
「……じゃあ、質問を変えるが、お前はどこまで大会運営に関わっていやがる」
わずかな沈黙の末、ラウラが選んだのは、回りくどく問い詰めること。
嘘を完璧につくのは難しい。いつかボロが出る。そう踏んだ上での詮索だ。
「本大会の計画。予算の調達。スタッフの管理。会場設備の手配。プロモーションと広報。スケジュールとプログラムの策定。スポンサーシップの提携。リスク管理と保険の手続きなど。他にもまだまだアールが、より詳しく聞きたいか?」
ピエトロは一切の淀みなく、主催者としての役割を語る。
一見、なんの矛盾もないように思える。ただ、一つ気になることがあった。
「……待て。参加者の募集と登録は、お前の仕事じゃねぇのか?」
ただの言い忘れかもしれねぇ。
だけど、もし、こいつが関わってないとしたら。
「あぁ、その部分に関しては委託でアールな。イオは関与してないでアール」
まばたき一つせず、ピエトロは答える。
とても嘘をついているようには見えねぇ。
(おいおいおい、これってまさか……)
そこで思い当たるのは、受付にいたある人物。
「委託先はどこの企業の、なんて名前のやつだ!」
バンと手で執務机を叩きつけ、ラウラは問いただしていく。
「……こちらにも守秘義務というものが」
「教えねぇなら、後ろのモニターをぶっ潰す!」
これが、脅しになってるのかは分からねぇ。
ただ、とにかく知りてぇ、って思いだけが先行していた。
「はぁ、仕方ないでアールな。他言無用でお願いするでアールよ」
呆れたようにして、ピエトロは前置きを挟む。
恐らく、これではっきりする。次に明かされるのが黒幕の正体だ。
「委託先は白教。交渉した相手はシスターイザベラ。白教の教皇代理でアールな」
◇◇◇
イタリア。ローマ北西にある世界最小の国。バチカン市国。
その中心。サンピエトロ大聖堂の地下には、闘技場が備わっていた。
そこは、広大な白い内装の部屋。観客席も、武舞台もない、ただの白い空間。
「あぁ、今から何を説明するんだったかね……」
その中央には、黒いローブ服を着た老婆。シスターイザベラ。
周囲には、ここまで勝ち抜いた猛者たちが血走った目を向けていた。
「おいおい、婆さん。ふざけるのはよしてくれ。人が何人も死んでるんだぞ」
そんな中、黒いシルクハットに、黒スーツを着た男。ジャコモが声を上げる。
その声色は冷たく、スーツには、うっすらと返り血がかかった痕跡があった。
「あぁ、そうそう。今から、残り一チームになるまで殺し合いをしてもらうよぉ」
そこで宣言されたのは、さらなる殺し合いの合図。
道徳も礼儀作法もない、死の闘技大会の始まりだった。
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