第18話 正逆のカルマ
コロッセオ地下。チームラウラの選手控室。
赤を基調とした部屋で、広さは12畳ほどのスペース。
中央の赤いソファには、ジェノ、ラウラ、ジルダの順に座る。
その正面の壁には赤いモニターがはまり、二試合目が中継されていた。
「加減して、これかよ……」
「お父様、すごいです……」
流れた映像を見て、ほぼ真逆の反応するのは二人。
ラウラはがっくりと肩を落とし、ジルダは目を輝かせている。
(お父様、か……。初めて見る父親の活躍に興奮したってところか)
横目でジルダを見ながら、ラウラは反応の差を分析する。
こいつの家庭の事情は、さっき、ジェノからそれとなく聞いた。
だから、気持ちは分からんでもないが、今はそんな状況じゃねぇんだよな。
「ったく、どっちの味方なんだよ。あいつは敵なんだぞ。……なぁ、ジェノ」
半分愚痴のように、隣にいる人物に話を振る。
こいつなら、どっちが正しいか分かってくれるはずだ。
「……」
ただ、ジェノはだんまりしていて、その顔色はすこぶる暗かった。
あの強さを目の当たりにして、面を食らっちまってるのかもしれねぇ。
「おい、聞いてんのか?」
「――ごめん、ラウラ。ちょっと確かめてくる」
すぐに聞き返そうとするも、ジェノはすでに駆け出していた。
◇◇◇
コロッセオ。武舞台から少し離れた隅には階段があった。
そこが、選手の入場口であり、地下の選手控室に繋がっている。
「……」
階段には不安げな顔をするジェノがいた。
外からは会場の歓声が地鳴りのように聞こえる。
それと同じくらい、心臓が激しく脈打ってるのを感じた。
(……大丈夫。きっと、人違いに決まってる)
そんな胸に手を添えて、ジェノは自分に言い聞かせる。
すると、歓声と共に、こちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。
(……来た。ちゃんと確かめるんだ。そうすれば)
そこまで考えると、ジェノは思い切って、前に足を踏み出し、声を出した。
「あの――」
見えるのは、武舞台から退場する三人。
灰色髪をオールバックにしたバーテン服の男。
その背後には、白いワンピースを着た長い白髪の少女。
それと、赤髪ツインテールにメイド服姿の見覚えのある女性がいた。
(あれって、セレーナさん……?)
視線はメイド服の女性。セレーナと思わしき人物に向く。
その人は、なぜか気まずそうに、こちらから目を背けている。
(いや、間違いない。どうして気付かなかったんだ……)
目を背けてきた時点で、本人であることは濃厚だった。
彼女は、アメリカでは、味方。適性試験では、敵だった人だ。
奇遇にもほどがある。出会いが仕組まれていたようにしか思えない。
(だったら、あの人の正体は――)
そこから、導き出される情報は一つ。
先頭にいるあの男の人は、きっと無関係じゃない。
「おや? 見知った顔がいるようですね。何か用ですか、ジェノ・アンダーソン」
すると、その男は、何の気なしに声をかけてくる。
やっぱり、思った通りだ。目の前にいるのは、因縁の相手。
適性試験で、妹と、一部住人達の記憶を消した、忘却事件の犯人だ。
「……ギリウス、さん」
彼は、元々、適性試験を共に挑んだ仲間だったらしい。
ただ、試験中の記憶を消されたせいで、ほとんど覚えてない。
それでも、試験が終わった後の『初の出会い』は、よく覚えていた。
「ギリウスでも、セバスでも、ジェノでもお好きな呼び名をどうぞ」
男は記憶がないことをいいことに、混乱させることを言ってくる。
まるで、記憶を司る神が、高みから人間を見下ろすような発言だった。
(からかってるのか……? それとも……)
嘘か、本当か。記憶がないから分からない。
ただ、彼が今言った名前は、どれも無関係じゃない。
ギリウスは元仲間。セバスは知り合い。ジェノは自分自身だ。
(いや、言ってることが全て本当、だとしたら……)
考えを巡らせるごとに、背筋が冷えていくの肌で感じる。
言われたことを全て踏まえた上で、頭に浮かんだことがあった。
これしかないと思える、一つの答えだ。でも、それを確認したくない。
――だって、相手は恐らく。
「あなたは……未来から来た俺、なんですか」
理性を無視して、本能でジェノは尋ねる。
試験後に会った『あの時』は、考えもしなかった。
でも、今は違う。同じ名前。同じ顔。同じ肌。同じ左頬の傷。
状況証拠があまりにも揃い過ぎている。そうとしか考えられないんだ。
「……ええ。ようやく気付いていただけたようですね」
男はなんでもないように、それを認める。
むしろ、気付くのが遅い、と言わんばかりだった。
(……やっぱり)
驚きはなかった。どちらかというと、納得感の方が勝っている。
わざといくつもヒントを出して、気付かせた。そんな意図を感じたからだ。
「じゃあ、あなたの目的は俺と同じ、リーチェさんを復活――」
問題はこの人の目的。
同じ人間なら、目的も同じはず。
そう考えたジェノは、話を掘り下げようとする。
「リーチェを殺すのは、この私です」
男は、それを途中で遮って、言い放つ。
声は冷たく、その黒い瞳はひどく濁り切っていた。
未来で、想像もつかないような酷い目に遭ったのかもしれない。
(殺すか、殺さないか……)
思い出すのは、リーチェが持つ能力のこと。
彼女は願ったものを反転させる能力を持っている。
例えば、一緒にいたいと願えば、その相手は死んでしまう。
周りの人間を必ず不幸にする呪いだ。その対処法は、彼女を殺すこと。
(未来の俺は、そっちを選んだんだな……)
未来の自分なら、全て知っているはず。
全部、分かった上で選んだ。救うことを諦めたんだ。
それなら、やることは決まってる。言ってやることはたったの一つ。
「……止めてやる。あなたの計画は俺が止めてやる!」
間違った道を選んだのなら、例え、未来の自分であっても止める。
かつて、大統領兼大司教レオナルドに言ったものと同じ台詞を言い放った。
「馬鹿の一つ覚えですね。止めてみなさい。止められるものならね」
男は呆れながらそう言うと、こちらの横を通り過ぎていく。
「ミザ……?」
そのすぐ後、白髪の女の子が首を傾げながら、すたすたと横切る。
次に歩いてくるのは、リーチェと関係が深かった赤髪ツインテールの女性。
「わたくしがこちら側についた意味。それをよくお考えください。ジェノ様」
セレーナは、すれ違いざま、耳元で意味深なことを囁き、去っていった。
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