第17話 敵情視察
コロッセオ地下。選手控室。
廊下と室内を繋ぐ扉が、ゆっくりと開かれる。
入ってきたのは、重たい足取りをした、短い青髪に黒服を着る女性。
「はぁ……しんどぉ……」
試合前の洗礼を受けた後のラウラだった。
その表情は、残業続きの会社員のように疲弊しきっていた。
(さて、どこまでこいつらに話そうか)
目の前には、ソファに座るジェノとジルダが見える。
ジルダはモニターを見ていたが、ジェノは振り返っている。
当然、目が合った。よく分からねぇが、深刻そうにしている顔とな。
(……よく見りゃあ、似てんな、あいつと)
今はこいつの事情なんてどうだっていい。
どうせ些細な悩みだ。それよりも気になるのは、顔。
褐色の肌に、左頬の傷。偶然とは思えないほどやつと似通っていた。
(いや、待てよ……。こいつって、もしかして……)
ふと湧き上がる疑問。ふと浮かび上がる天啓。
「おい、ジェノ。お前って兄弟いるのか?」
「あのさ、ラウラ。俺って兄弟いるのかな?」
ふと思ったことをそのまま呟くと、声が重なった。
それも、事前に打ち合わせてしたかのようなタイミング。
加えて、前もって示し合わせていたかのように、同じ内容だった。
「あ?」
「え?」
夫婦漫才みてぇに、またもや声が重なる。
こいつもこいつで、裏でなんかあったみてぇだ。
ひとまず、今は情報をすり合わせるしかねぇだろうな。
◇◇◇
裏で一回戦が進行する中、数十分が経過する。
「ジルダの父親の名前がジェノ・マランツァーノだと……」
「俺と同じ名前の人が参加者で、さっき廊下で会った……」
コロッセオ地下にある控室に響くのは、お通夜みてぇな声。
情報をすり合わせると、互いに顔が青ざめるという結果となった。
これも、全部、『シビュラの書』に書かれた筋書き通りの展開なのかよ。
「お父様……」
そして、その事柄に反応するのはもう一人いた。
ソファにちょこんと座る当事者。ジルダ・マランツァーノだ。
「……そうだ。お前の父親ってどういうやつなんだ」
思いついたようにラウラは尋ね、二人の視線はジルダに向いていく。
ジェノの話では、ジルダの父親は、ジェノ・マランツァーノらしい。
つまり、さっきのやつだ。父親なら、何か知っててもおかしくねぇ。
「幼き頃に白教の施設に預けられて、それっきり……です」
しかし、返ってきたのは後ろ暗い反応。
ここで嘘をつく必要なんかねぇし、事実だろうな。
あの性悪男が子育てを放棄したってのも、正直、納得がいく話だ。
「はぁ……答えは闇の中ってか。つーか、考えること多すぎだろ」
眼鏡職人の保護。大会の黒幕。ジルダの父親。
『八咫鏡』の回収。『白き神』完全復活の儀式を阻止。
ざっと考えてもこれぐらいは課題がある。どうにかなんのか、これ。
「大会で優勝する。それだけ考えよ。きっとそれで何とかなる気がするんだ」
そこで、ジェノは目的を再び一つに定めていく。
元々は、こいつに殺しをさせないための選択なんだがな。
まぁ、目的は単純な方がいいし、あながち間違いってわけでもねぇか。
「だったら、ひとまず敵の分析をすっぞ。次はジルダの父親の試合っぽいからな」
そうして、場はジェノの一言でまとまり、仮想敵の観察をすることになった。
◇◇◇
コロッセオ。武舞台。四角形状のバトルフィールド。
立つのは二人。バーテン服を着たジェノ・マランツァーノ。
そして、対するは、黒い胴着を着た、ガタイのいい黒髪短髪の男。
「センスに多少の覚えがあるようだな」
「ええ。あなたを軽くひねり倒せるぐらいには」
男が問い、マランツァーノは答える。
「面白い。だが、センスの多寡が勝敗に直結しないことを我が拳で証明しよう」
突き出されるのは、清く正しい拳。
己の強さを微塵も疑わない、芯のある心。
血の滲む努力と鍛錬を経て、培われた頑強な体。
どれを取っても一流。今の短いやり取りで十二分に伝わる。
「存分に発揮してください。それでも、あなたは完膚なきまでに叩き潰されます」
ただし、それは礼節を何よりも重んずる武道での話。
その幻想を砕くための拳を、マランツァーノは前に突き出した。
『一回戦。第二試合。匿名希望対虎心館との試合を始めます』
裏で実況の声が響く中、ゴーグルから、機械の声が鳴り、勝負は始まった。
名前:【ジェノ・マランツァーノ】
体力:【1000/1000】
勝率:【0勝0敗0%】
階級:【銅】
実力:【1500】
意思:【未測定】
名前:【近藤虎徹】
体力:【1000/1000】
勝率:【4勝0敗100%】
階級:【金】
実力:【1768】
意思:【733】
表示されるのは互いの戦績。
4勝で階級が金。格上に勝ち続けた証。
「最初から全力でいかせてもらう!」
近藤の体から溢れ出すのは、黄色のセンス。
洗練されるほど光の量は増し、濃く、鋭くなる。
相手は量も濃さも鋭さも全て申し分ない。平均以上。
――しかし。
(……あまりにも整い過ぎている。突出した『何か』が感じられない)
武道のお手本のような存在。裏を返せば個性に乏しい。
攻めにも守りにも特化していない。バランス型の秀才タイプ。
この手のタイプには、総じて陥りがちな問題がある。それは――。
「虎我破爪拳」
近藤は両手を前に突き出し、現れたのは一匹の黄色い虎。
センスを虎に変化させたもの。ただ、襲ってくる気配はない。
代わりに、近藤はこちらの後ろに回り込み、隙をうかがっていた。
「前門の虎、後門の狼。攻防一体の必殺技、といったところでしょうか」
「この技を見せて、敗北したことはない。悪いが、一発で退場してもらう!」
そう前置きを挟み、虎と近藤が、前方と後方から襲ってくる。
同時に対処はできず、回避するのも困難。受けざるを得ない状況。
しかも、片方に意識を割けば、もう片方が攻めてくる。二撃必殺の構造。
一見、デメリットがないように見える。ただこの技は、ある欠陥を抱えていた。
「……終わりです」
狙いは本体。相手と同等程度の意思を右拳に込め、背後に放つ。
「――――っ!!!」
捉えたのは鳩尾。近藤は白眼を剥いて、意識を失いかけている。
一方で、前方にいた虎は、飼い主から供給された力を失い、蒸発していた。
「器用貧乏ですね。虎にセンスを使ったせいで、本体の防御が疎かですよ」
問題も欠陥も、その一言に集約される。
近藤は、そのまま意識を失い、一発ノックアウト。
相手チームは降参し、残り二人の出番はなく、決着がついた。
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