第15話 本選一回戦


 イタリア。ローマ。コロッセオ。武舞台。


 時刻は19時過ぎ。吹き抜けの天井には夕焼け雲が見える。


『とうとうこの時がやってきた。厳しい予選を勝ち抜いた強豪チーム12組による異種格闘技トーナメント――ストリートキング本選! 一体、どのチームが栄光を掴むことができるのか。一時も目が離せない戦い。その開幕戦。一回戦、第一試合。チームラウラ対ジルダ・マランツァーノ様万歳との試合開始ィィィィ!!!』


 響くのは暑苦しい実況の声。


(うっせぇな。どんだけ気合入ってんだよ)


 その声に従い、武舞台へ上がるのは、黒服を着たラウラ。


 両耳に人差し指を突っ込みながら、片目をつぶりつつ前に進む。


 そして、武舞台中央まで歩くと、一回戦、第一試合の相手が立っていた。


「……あわ。あわわ。あわわわ」


 対するは、白い修道服に、黒縁眼鏡をかけた茶髪ボブヘアの女。


 本選は、予選と違って、同時に戦わずに一対一を三回繰り返すらしい。


(なんだ、こいつ……)


 ただ、何があったか知らねぇが、どうも相手の様子がおかしい。


 相手は右手の指先を口でくわえ、きょろきょろと視線を動かしている。


(……クスリやってんじゃねぇだろうな)


 その様子からして、明らかに健常者には見えねぇ。


 こんなやべぇやつと、ハッキリ言って戦いたくはなかった。


 この手の輩は総じて、卑怯なやり方で勝ちにくる可能性が高いからな。


「お前さ、クスリやってんだったらやめとけよ。どうせ勝てねぇぞ」


 ラウラは自身の願望も込めて、相手にそう忠告する。


 すると、相手はジルダに視線を向けた瞬間、声を張り上げた。


「……降参っ! 降参します!! 降参させてくださいお願いします!!!」


 内容はまさかの降参。アホの三段活用だ。


 予想外の展開だったが、行動の意味は理解できた。


(ジルダが推しで、こいつはオタク、か……)


 目線とチーム名から状況を察し、ラウラは舞台を降りる。


 そうして、続く二人も降参を宣言し、一回戦は不戦勝で幕を閉じた。


 ◇◇◇


 イタリア。ローマ。コロッセオ地下。選手控室。


 そこに、コンコンコンと小気味のいいノック音が響く。


「……なんだ」


 凄むように反応するのはラウラ。


 扉を半開きにして、来客者を見据えていた。


「あのあのぅ、つかぬことを伺いますが、ジルダ様のサインっていただけます?」


 廊下に立っていたのは、さっき棄権した茶髪の修道女。


 震える手には三枚のサイン色紙と、黒のサインペンが握られている。


(オタクが限界化してやがる……。残り二人は顔も見に来れないってか)


 一瞬で状況を察し、ラウラは冷めた目を向けながら思考する。


(……サインなら頼めばいくらでも書いてくれるだろうが、さて、どうっすか)


 今この場で出来る対応は、そう多くねぇ。


 ジルダにサインを頼むか。断るか。もしくは。


 短い時間の中で考えを巡らせていき、選んだ行動は。


「うぜぇな。こっちは大会控えてんだぞ」


 塩対応。目に前にいるオタクを冷たくあしらうことだった。


「あひぃっ!? で、ででです、よね……身の程をわきまえます」


 女は声を張り上げ、視線を落とし、背を向けて帰ろうとしている。


 分かりやすい反応をしやがる。これでこそ圧をかけた意味があったってもんだ。


「……待てよ。サインを頼んでやらねーとは言ってねぇだろ」


 突き放したと見せかけて、救いの手を差し伸べる。


 これで大抵のオタクは落ちる。少し脅すだけのちょろい作業よ。


「――ふぁっ!? 神。GOD。救世主メシア様!!!」


 すると、案の定、女は振り返り、両手を組み、黒い瞳を輝かせていた。


 ほらな。これで主導権はこっちのもんだ。この後にやることといえば一つ。


「ただし、条件がある。それを呑んでくれたら、頼んでやってもいいぜ」


 ◇◇◇ 


 コロッセオ地下。選手控室が並ぶ赤い廊下の奥。待合室。


 四角いスペースに赤いソファが、コの字にはめ込まれている。


 他に人通りはなく、ラウラはさっきの女をここまで呼び寄せていた。


「ジルダ・マランツァーノについて知ってること全部、教えろ」


 そして、開口一番に問い詰めるのは、ジルダのこと。


 身内なのに底が知れねぇ過去をはっきりさせるためだった。


「ほっひひっ。それならそれなら、一晩かかりますけど、いいですか?」


 すると、女は気持ち悪い笑い声を漏らし、そう確認を取ってくる。


 そんなに語ることあるのかよ。まぁ、事前に言ってきただけまだましか。


「あー、できるだけ手短に頼む。その代わり、きっちり要点は抑えてくれ」 


 とにかく今は情報収集だ。


 ここまで釘を刺しておけば大丈夫だろう。


 まぁ、どうせ、アイドルとかいうオチなんだろうけどよ。


「ジルダ様はですね。我々、白教の内部分裂を止めた英雄なのですよ!」


 しかし、返ってきたのは予想外の反応。


 思ったよりも根が深そうな問題みてぇだった。


 ◇◇◇

 

 コロッセオ地下。選手控室。


 室内には、ジェノとジルダの二人だけ。


 互いにソファーに腰かけ、試合が流れるモニターを見つめている。


「ジルダさんって、どうして飲食店で働いてたんですか?」


 そこで、ジェノは、ふと気になっていたことを問いかける。


 聞きたかったのもあるけど、この気まずい空気を少し変えたかった。


「えっと、お告げを受けたから、です」


 すると、ジルダは言葉に詰まりながらも素直に答えてくれる。


 お告げ。それは、オカルトやスピリチュアルな匂いがするワード。


 分からなくはないけど、まだ掘り下げが足りない。そんな感じがする。


「いわゆる神様からのお告げってやつですか?」


 少し興味が湧いてきて、ジェノは質問を重ねていく。


 なんとなくだけど、他人事で済まないような感じがした。


「いいえ、違うです。ボクの父の口から聞いた、お告げです」


 その予想は、ある意味で当たっていた。


 ジルダの父親の名前は、カモラ・マランツァーノ。


 マランツァーノファミリーというニューヨークマフィアの元ボス。


(あの人、か……)


 ジェノにとっては、敵だったり味方だったりした人。


 『血の千年祭』や適性試験で、お世話になった因縁深い人物だ。


「カモラ・マランツァーノさん、ですよね。そんな能力隠し持ってたんですね」


 思ってたのと違うけど、正直、納得できる話ではあった。


 彼の目には、異能の力を宿す黄金色の瞳。『魔眼』が備わっている。


 能力は『沈黙』。相手に禁則事項を作り、破った相手を罰する呪いの類。


 聞いてた能力とは違うけど、『予言』に近い何かを使える可能性は十分あった。


「……え? 誰です? それ」


 しかし、ジルダはきょとんとした表情で首を傾げている。


 その瞬間、強烈な違和感に襲われ、頭が急速に回転していくのを感じた。


(あれ? この子が自分の口でカモラさんが父親って言ったよな)


 真っ先に浮かぶのは、当然の疑問だった。


 過去にそう言っていたなら、矛盾してることになる。


(いや、待てよ……。あの時って確か……)


 ジェノは恐る恐る、巡りのよくなった頭で当時の会話を思い返す。


『ジルダ・マランツァーノ。父はアメリカでマフィアをやってたです』


『マランツァーノって、まさか、あの人の……』


『いや、そこは確定だろ。それより、なんでルチアーノの再興なんだ』


 ジルダが名乗り、ジェノが反応し、ラウラが話を勝手に進める。


 その光景が鮮明に脳裏に浮かび、同時に一つの答えにたどり着いた。


(言ってない……。カモラ・マランツァーノが父親なんて一言も……っ!)


 全身の毛が、ぶわっと逆立つような感じがした。


 何かとんでもない事実に繋がる。そんな予感がしたからだ。


(じゃあ、この子の父親って一体……)


 聞けば分かる。それは、間違いない。


 だけど、安易に名前を聞いちゃいけない気がした。


 災いが詰まったパンドラの箱。それを自ら開けにいくような感じだ。


「……あの、ジルダさんの父親の名前、教えてもらってもいいですか!」


 でも、耐えられない。聞かずにはいられない。


 知的好奇心が抑えられず、ジェノは矢継ぎ早に尋ねた。


(マランツァーノ関係者、だったら、知ってる人がいるかもしれない)

 

 マランツァーノファミリーは故郷を支配していたマフィアだ。


 関係値は薄いけど、知っている人である可能性は十分考えられる。


 空振りに終わるかもしれないけど、到底スルーできる話題じゃなかった。


「……言っても分からないと思うですよ?」


 ジルダは少し引いた様子で答えている。

 

 食い気味に反応したのがよくなかったのかもしれない。


「分からなくてもいいので、教えてくれませんか?」

 

 今度は丁寧に対応し、ジルダは「じゃあ……」と渋々、了承する。


 ――そして。


「ジェノ・マランツァーノ。それがボクの父の名です」


 ようやく語られたのは、同じ名前を持つ人物。


 聞き覚えはない。身内にはいないのは確かだった。


(ジェノ……っ!? ジェノってまさか……いや、もしかしてっ!)


 だけど、頭の中では、因縁深い、ある人物に繋がっていった。

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